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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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26.雅人の動揺

 その日は、春休みも終わりに近づき、就活も休みにした一日のはずだった。

 朝からのんびりと自室で羽を伸ばしていたところで、雅人は晃からのショートメールを受け取った。

 『今日、何時でもいいから会えないか?』というもので、雅人は突然のショートメールに首をひねりながらも、昼食後の一時半頃に会おうと返事をしておいた。

 場所は、とりあえず雅人側の最寄りの駅前の大手チェーンのカフェの前、ということにして返信すると、了解の返事が返ってきた。

 しかし、急に会いたいとは、何かあったのだろうか。

 こちらは特に、異常事態は起こっていないはずだが。

 取りあえず下に降りると、ちょうど下にいた万結花に声をかけてみる。

 「なあ、万結花。なんか、変ったこととか、なかったか?」

 「急にどうしたの? 特に何もないわよ」

 「……だよな」

 軽く首をひねる雅人に、万結花が怪訝な顔になる。

 「……いや、早見がな、『今日、会えないか?』って連絡してきて、昼過ぎに駅前で会おうってことに急遽決まったんだが……。何かあったかな、と思って」

 雅人の言葉に、今度は万結花が首をひねった。

 「……よくわからないけど、何か用が出来たんじゃないの?」

 すると、今まで万結花の足元にひっそりと寄り添っていたアカネが、急に存在感を増して下から見上げてくる。

 晃から、万結花を護るように言われて、ずっと付き添ってきたアカネとしては、あるじである晃の名前が出てきたので、気になったのだろう。

 「……アカネちゃん、やっぱり、気になる?」

 万結花が足元に向かって問いかけると、アカネは雅人にも聞こえる声で『にゃぁん』と鳴いた。

 「そう、やっぱり気になるのね。……会いたい?」

 万結花が話しかけると、まるでそれに応えるかのように鳴くアカネに、雅人は思わず微妙な表情になった。

 「……おれは何言ってるのかわからないけど、万結花はわかるんだよな」

 「ええ。何を言っているかはわかるわ。あたしからは、こうやって口で話しかけないとだめだけど」

 万結花が言うには、やはりアカネは、あるじである晃に会いたいらしい。

 本当は(あるじ)の側にいたいのに、(あるじ)に言われて万結花の側に付き添っているのだから。

 会うのは昼間だし、少し離れていても大丈夫なのではないか。いつぞやもらった、お守りの勾玉も手元にあるのだ。あれからしばらく経ったが、今だに強い力を感じる。

 それを考えると、昼間の一時(いっとき)アカネが万結花の元を離れても、短い時間なら大丈夫ではないだろうか。

 そう考えた雅人は、アカネに声をかけた。

 「なあ、アカネ。お前の主である早見に会いに行くか?」

 雅人の言葉に、アカネが目を輝かせながらうなずく。

 それを見て、雅人はアカネを連れて行こうと思った。

 そういえば、笹丸はどうしているのだろう

 「アカネ、笹丸さんはどうしてるか、聞いたことあるか?」

 すると、アカネが何か口をもごもごさせるようにすると、万結花がうなずく。

 「……笹丸さんは、知り合いの神使の狐さんのところに行って、邪神を封じる方法がないか、聞いて回ってるらしいわ」

 「へえぇ……」

 笹丸もまた、晃のために動いているのだろう。

晃に会うまで、まだ充分な時間がある。

 それまでに、こっちもそれなりに聞きたいことや、確認したいことがある。

 雅人は、なんとなく引っかかるものを感じながらも、深く考えずにそれとなく準備を始めた。

 アカネを隠しておける、ショルダーバッグを用意し、アカネに確認してもらって持っていくバッグに決めた。

 そうして準備を整え、昼食を食べたあと、雅人はショルダーバッグにアカネを入れ、出来るだけ気配を消すように頼むと、家を出た。

 駅前までの道は、特に変わったところもない。

 禍神の配下らしい連中の、気配も感じられないように思えた。

 自分の霊感がどれだけ高いかはわからないが、晃によるとかなり高い方で、きちんと修行してより感覚を磨けば、霊能者になれるかもしれないとは言われたことがある。

 ただ、霊能者としてはどう考えても下位の力しか持たないのは確実なので、無理になろうとする必要はない、とも言われた。

 自分でも、なりたいとは思わない。霊的に危ない場所などに気づければ、それでいいと思っている。

 予定時間にほぼぴったりで、集合場所である駅前のチェーンのカフェの前にやってくると、そこにはすでに晃が待っていた。

 フードのついたパーカーを着て、そのフードをすっぽりかぶって顔がよく見えない状態だったが、いつも背負って歩いているワンショルダーで、すぐに晃だとわかった。

 「よお、早見。遅れないように来たつもりだったんだが、お前のほうが早かったんだな」

 「……そうだね。でも、自分で早めに来ただけで、お前が遅れたわけじゃないから」

 そう言うと、立ち話もなんだからと、晃はカフェの中に入った。雅人も続く。

 カウンターで注文し、それぞれ抹茶ラテとエスプレッソを頼むと、品物を受け取って奥の空いている席へ向かい、腰を下ろした。

  すでにランチの時間は終わりかけ、席もだいぶ空いてきたので、少しくらい話をしても声が通りづらく、目立たない席が空いていたのだ。

ひとまず落ち着いたところで、雅人のほうから口を開いた。

 「……早見、ここは割と目立たないし、だから……」

 言いながら、ショルダーバッグのファスナーを開ける。

 すると、中からアカネがそっと顔を出した。

 しかし、晃は驚く様子も見せず、静かに言った。

 「……アカネ、いつもごめんね。ありがとう、万結花さんを護ってくれて」

 雅人は、その様子に微妙な違和感を覚えた。

 こちらが怪訝な顔をしていたのだろう、晃のほうから、説明をしてくれた。

 「アカネはもう、僕の識神なんだ。精神的に完全につながっていて、やろうと思えばどれだけ離れていても意思の疎通が出来る。だから、アカネがお前のバッグの中に入って、会いに来ることはわかっていたんだ」

 「……ああ、なるほど……」

 そういうことなら納得出来る。

 アカネはと言うと、バッグから抜け出して晃の膝の上に乗り、甘えるように体を摺り寄せているのが“視える”。

 この角度なら、周りにいるほかの客がアカネに気づくことはまずないだろう。

 アカネは、しばらくこのまま甘えさせておこう。ずっと、寂しいのを我慢していただろうから。

 雅人は気持ちを切り替えると、改めて晃の顔を見た。

 「……で、今日こうやって呼び出したのは、どんな理由だ?」

 雅人の問いかけに、晃もまた真顔でこちらを見つめる。

 「……お前に、渡しておきたいものがあって。何も言わずに受け取ってほしい」

 そう言って晃が、ワンショルダーの中から取り出したのは、割りばしだった。

 まだ割っていない、新品の割りばしだったが、それを見た途端、雅人は息を飲んだ。

 なんだこれは。

 その割りばしは、まるで内側から光を放っているように“視え”た。恐ろしいほどの力が、内に込められているのを感じる。

 「……おい、こりゃなんだ!?」

 「……これは、魂を切りつけられる霊具だ。これを使えば、僕を()()()

 「おい!!」

 思わず声が大きくなり、周囲の目がこちらに向いた。

 雅人は作り笑いを浮かべながら、ぺこぺこと頭を下げ、いかにも何でもないというように、あたりの人に愛想を振りまいてみせる。

 ほどなく、周囲の人の目が自分たちから離れたところで、雅人は改めて晃の顔を見た。

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