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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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25.霊刃

 すでに春休みに入ったある日の朝、一通り着替えて朝食を済ませた後、自室の真ん中で晃はずっと考えこんでいた。

 雅人ばかりではなく、結城や和海も最後まで自分の隣に立つと決めているとわかってしまったからだ。

 何故、わざわざ危険を冒そうというのだろうか。この件に関しては、遼も自分の味方ではない。

 誰にも言うつもりがなかった『最後には禍神の元に乗り込んで手駒を潰す』という決意を、遼によって結城や和海にばらされてしまったからだ。

 遼は、自分に乗り込んで欲しくないと思っている。前からそれは感じていたが、こうはっきりとそれを出してくるとは思わなかった。

 そういうことならば、近い将来自分が本当に乗り込もうとしたときに、こぞって止めに入ってくるのではないか。

 おそらくは、法引にも事の次第を知らせるだろうから、全員で止めようとしてくるのではないかと思う。

 その時、理性が残っていればいいが、到底残るとは思えない。そして理性を失ってただ暴れまわる化け物に堕ちたなら、被害甚大になってしまう。

 誰も、無事でいて欲しい。親しい人を、喰い殺したくなどない。

 ならば……

 晃は思いたち、下のキッチンへ降りると、そこの食器棚の引き出しから、割りばしを取り出した。

 結城、和海、法引、雅人、それぞれの分を。

 それを持って部屋に戻ると、割りばし一膳一膳を丁寧に念を込めて浄化し、さらに力を徐々に込めていく。

 これならば、たとえ誰か第三者に見られても、凶器だとは思われないだろう。

 しかし自分はこれから、自分を殺せるものを作り、渡そうとしている。

 肉体的には、せいぜい痣が出来るくらいのはずだ。だから、()()には当たらない。

 それは、肉体ではなく、幽体に傷を入れる物だから。

 誰か一人でも、直撃すれば魂が致命傷を負うような、そんな威力になるように、真剣に念を込めていく。

 それはやがて、“視える”者が見れば、内側からかすかに光を帯びているようにさえ“視える”ほど、力の込められたものとなった。

 これだけの力が、自分の体に押し当てられたときに一気に幽体へと解放される。

 そうすれば、魂の半分は吹き飛ぶだろう。遼を巻き込むかもしれないが、特に文句を言ってこないところを見ると、受け入れてくれているようだ。

 (……えらいもの、作ったな。まあ、それでお前の気が済むなら、俺は構わない。地獄の果てまで付き合ってやるだけだ。それがたとえ消滅だったとしても、お前となら、俺は悔いなんかないぞ)

(……遼さん、本当にいいの?)

 (今更だな。俺は、自分が幽霊になったと気づいたときに、お前を見守ると決めたんだ。それこそ、最後まで。ただ、自分から破滅の道を歩んで欲しくないから、止めていただけだ。お前が暴走しかかって、俺の判断が間に合わなかったときのために、これ作ったんだろ? なら、俺としては文句なんかないさ)

 遼は、そう言って笑った。巻き込むかもしれないのに、遼はそれ以上何も言わなかった。

 そうして出来上がった、割りばしに見せかけた“魂断ちの霊具”を手にすると、晃は下に降りた。

 そろそろ、事務所を開けるために、結城か和海が来るはずだった。

 玄関ドアの鍵を開けて、事務所として使っている旧応接間のドアに手をかけたところで、玄関ドアのノブがガチャガチャと動いた。

 「あれ? 開いてる?」

 言いながらドアを開けたのは、やはり和海だった。そのすぐ後ろには、結城の姿も見える。

 「あ、晃くん、おはよう」

 「おはようございます」

 ドアを開けた途端、すぐ目の前にいた晃に、少し驚いたような顔をしながら、和海が青札をし、晃がそれに応えた。

 「早見くん、大学は……春休みか」

 一瞬怪訝な顔になったものの、すぐに春休みだと気が付いた結城が、納得したようにうなずいた。

 「……ところで、なんだかすごく強い力を感じるんだけど、また何か作ったの?」

 玄関から上に上がりながら、和海が晃のほうを見る。

 「ええ。ちょっと渡したいものがあります」

 晃は言いながら、事務所のドアを開け、中に入っていく。

 結城も和海も、少し首をひねりながら、後に続いた。

 中に入ったところで、晃は真顔になって二人に向かって、割りばしを差し出した。

 自分で念を込め、霊具にした割りばしを。

 「これを、持っていて欲しいんです」

 割りばしを渡され、二人は戸惑いの表情を見せる。

 もちろん二人には、それがただの割りばしなどではないことが、はっきりとわかっていた。込められている力が、思った以上に大きかったからだ。

 「……早見くん、これは……?」

 結城が思わず訊ねると、晃はこともなげに答えた。

 「これは、()()()()()()()()ですよ」

 聞いた瞬間、結城も和海も驚愕に目を剥き、そのまま絶句した。

 「ずっと僕の側にいるなら、万が一僕が人食いの化け物に堕ちたとき、襲い掛かってしまうかもしれません。その時のために、作ったんです」

 すでに顔色が青ざめている二人を前に、晃は言葉を続けた。

 「これを手に持ったまま念じれば、僕の左腕を牽制出来るだけの力が放出されるはずです。そして、直接体に当てれば、僕の魂は確実に致命傷を負うでしょう。そうすれば、僕の動きは封じられ、誰にも襲い掛からなくて済む。これは、僕自身の為でもあるんです」

 とはいえ、そんなことを言われて、すんなり納得出来るものではなかったようだ。

 「ちょっと待ってよ、晃くん! これ、そんなことが出来るだけの力を、ほんとに込めたの!? ほんとに、そんなことしてほしいの?」

 和海が、いまだ青ざめた顔のまま叫ぶように問いかける。

 「そうですよ。ただ、一度使うと……元が割りばしなので、力を放出し尽くしてしまい、そのまま崩れ去ってしまうと思います。ここぞという時に、使ってください」

 淡々と答える晃に、結城が割りばしを持たないほうの手で両目を覆った。

 「……早見くん、私たちが側に居続けることが、そんなに君にとって負担だったか?」

 苦しげにそういう結城に、晃はほとんど無表情にも見える顔で、ぽつりと言った。

 「……自分で自分が信用出来ないだけです。気にしないでください」

 そう、自分で自分が信用出来ないのだ。人食いの化け物に堕ちたなら、自分でそれを止めることなど無理だとわかるから。

 「……遼さんが、引導を渡してくれるはずですけど、それでも咄嗟(とっさ)の判断が遅れるかもしれない。僕は、もう誰も喰い殺したくないんです……」

 重い沈黙が落ちる。

 しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。

 やがて、沈黙を破ったのは結城だった。

 「……わかった。これは預かろう。これを……実際に使う時が、来ないことを祈るが……」

 そう言うと、結城はティッシュペーパーを取り出し、それを(くる)んで自分の鞄の中に入れた。

 それを見た和海も、黙って同じように鞄の中にしまった。

 それを確認した晃は、やはり黙って自分の席に行き、そこに座るとパソコンを立ち上げる。

 事務仕事を始めた晃の姿に、結城も和海も自分の席につき、やはりパソコンを立ち上げ、仕事を始めた。

 ぎこちない空気はしばらく残っていたが、村上が出勤してきたところでとりあえず気持ちを切り替え、本格的に業務が始まる。

 やがて、朝一番で依頼のメールを確認した和海が、依頼内容のあらましを結城に告げる。

 娘の婚約者の素行調査だという。

 早速、詳細を聞くために直接会える日を尋ねる返信を送り、再び返信が返ってくるのを待つことになった。

 そう言ったやり取りを聞きながら、晃は無言でデータの打ち込みを続けていた。

 たとえ、自分がいなくなったとしても、この事務所は回っていく。何事もなかったように。

 心霊関係で何かあった時には、法引が手助けするはずだ。

 自分がいなくても、誰も困らない。

 (……困る、困らないじゃない。お前がいなくなることで、心に傷を残す人がいるってことだ。それだけは忘れるなよ)

 遼が、いやに真剣に言葉をかけてくる。

 (……わかったよ、遼さん。でも、僕のような化け物は、消えてなくなったほうが、周りの人のためだと思うんだけどね……)

 (……晃……。自分から破滅に向かう必要はないんだぞ)

 遼の言葉を心の中で反芻しながら、晃は淡々と打ち込みを続ける。

 遼はああいったし、他の人もいろいろ言ってはくれるのだが、やはり自分は、この世に存在してはいけない化け物のような気がしてならない。

 そう、自分は()()()()()()()()()()なのだから……

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