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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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24.罠

 それは、罠のようなものだった。

 ネット上に書き込まれた、集団自殺への誘い。それがまさか、妖からの誘いであると、誰が考えただろう。

 それに応じる書き込みが、サクラとして妖の仲間から書き込まれ、つられて応じた人間が二人。

 各自の()()()()()()のすり合わせがなされ、数日後に決められた集合場所に集まるということで、それは決まった。

 応じた人間にとっては、同じ自殺志願者とともに、この世に別れを告げる日。

 だがその実態は、妖が文字通りに人を化かし、別な形で彼らの願望を叶える日となる。

 準備は周到になされた。

 集合場所は、予め作り出された異界の入り口。郊外のちょっとした林の入り口にある、細いせせらぎの上に渡された小さな橋のたもと。

 橋とは、土地と土地とを繋ぐものであり、辻と同じく現世(うつしよ)幽世(かくりよ)が重なる場所であった。

 そこに、幾体もの妖が集まり、人の目には一本の道が奥へと続いているように見える幻を創り出す。まるで、普通に奥へと進めるかのように。

 なぜそこが集合場所に選ばれたか知る由もなく、もうすぐ辺りが闇に包まれるだろう時間に、それぞれ別々に姿を現した。

 二十代半ばから三十代と思しき男女一人ずつ。

 それぞれ、普通に街を歩く恰好のまま、そこにやってきた。

 その場所は、(ひな)びたローカル線の駅から、徒歩で十分ほどで到着する。

 交通の便もそう悪くないからこそ、疑いもなくやってきたという面があった。

 二人は顔を合わせ、互いが同じ目的でここを訪れたとわかった。

 「あなたも、あの掲示板で?」

 「ええ、そうです。もう、すべて終わらせたくて」

 「そうですね。私もそうです」

 「そう言えば、()()()は?」

 そこで、一人の男が姿を現した。やはり三十前後に見える凡庸な容姿と服装のその男は、うっすらと微笑みながら二人に話しかけてくる。

 「こんにちは。いや、こんばんは、かな。お二人で最後です。他の方は、もう()()()()()()()()()()

 男はそう言うと、二人を先導するかのようにその小さな橋を渡って、その奥へと続く道へと歩き出す。

 砂利を踏みしめる音が、微かに響く。

 二人もまた、疑うことなく後に続いた。

 男は、懐中電灯で先を照らしながら、時々振り返って声をかけてくる。

 「足元が悪いので、注意してくださいね。もう少しです」

 すでに暗くなり始めたところへ、さらに木々の生い茂る場所に踏み込んでいるせいか、振り返る男の顔は、半ば闇に溶け込んだようになり、ほとんど見えない。

 男の手にある懐中電灯だけが、すぐ前の足元と先の空間を合わせて照らすだけの状態から、不意に前方にいくつもの明かりが見えだした。

 懐中電灯が、人の手で揺らされているような灯りだった。

 「ほら、お仲間の方があそこにいますよ。全員が顔を合わせたところで、いよいよ決行となります。すでに、薬の用意はしてありますので」

 男は事前に、『自分は精神科にかかっており、その過程で、大量の睡眠薬を入手している』と告げていた。

 睡眠薬を飲み、薬の大量摂取(オーバードーズ)によって眠ったまま死ぬのだ、と説明を受けていたのだ。

 前方の明かりが徐々に近づき、それが少し開けたところで、薄闇の中にさらにシルエットとなっている人影だとわかるようになってくる。その数は三人ほど。

 近くには、四、五人が寝泊まり出来るほどの大きさのテントが張られ、入り口には光量をやや絞ったLEDランタンがぶら下がっていた。

 テントの側で待っていたのは、やはり比較的若い年代の、男一人、女二人だった。

 「これだけの数の人が一緒なら、死出の旅も寂しくはないですね」

 テントの側にいた男が、出迎えるように腕を広げながら、声をかけてくる。

 その男も、側にいる女二人も、やはり闇に溶け込んだように、顔がよくわからない。

 それでも、後から合流した二人は、特に不信感を持たなかった。

 ()()()の男は、テントの中に上半身を入れると、中からいくつもの白い紙袋を取り出した。

 明らかに、処方箋によって出される薬を入れる紙袋であり、どれも同じ名前と、同じ処方が袋に書かれていた。

 明らかに中身が詰まったその袋は、人数分だけあった。

 「先に薬をお配りします。中身を出して、確認してください」

 皆、手渡された薬を袋から出し、まだシートに封入されたままの白い錠剤を、確認した。

 シートは十枚で、一枚につき、十個の錠剤が封入されていた。

 これを一度に呑めば、百個の錠剤を呑むことになり、明かな過剰摂取ということになる。

 どのような薬にも、“これ以上呑めば害になる”という量がある。それを明らかに逸脱した量を呑むことになるのだ。

 「これだけ一気に呑めば、ちゃんと死ねそうですね」

 あとから合流した女が、ふっと息を吐いた。

 「ええ、それは間違いないでしょう。かなり強めの薬を処方してもらっていたので」

 ()()()の男が、そう言って笑みの形に唇を歪める。

 集まった全員で、シートの薬をすべて元の紙袋の中に落としていく。空になったシートは全て足元に置き、袋に入った錠剤だけを持って、一人、また一人とテントの中に入っていく。

 奥に行った者から腰を下ろし、ひとまず待機する。

 全員がテントに入ると、テントの中はかなり狭く感じられた。本来の定員より多い人数が入っているのだから、当然ではあったが。

 テントの中には、人数分のペットボトル入りの水が用意され、それが各自に配られる。

 あとから合流した二人は、一緒に死ぬことになるはずの()()を見た。

 テントの中は薄暗く、自分たち以外の者たちは、誰もが凡庸で顔の印象が残らない。

 「……さて、皆さん、心の準備は出来ましたか? では、同時に呑みましょう」

 ()()()の男の声掛けで、皆ペットボトルの口を開け、袋の中の錠剤を一気に口の中に流し込み、そのままペットボトルの水を口に含んで錠剤を呑み下す。

 しばらくは誰もが沈黙していたが、そのうち意識が徐々にぼやけ、周囲の様子がわからなくなっていく。

 これで終わるのだ、と後から合流した二人は考え、そのまま姿勢が崩れ、倒れ込んだが、倒れたのは実はその二人だけだった。

 それどころか、二人はただ、何もない草の上に倒れているだけで、テントも、一緒に薬を呑んだ者たちもいなくなっていた。

 そこにいたのは、黒猿と、その配下の妖どもだ。

 「……うまく寝てくれたな。目覚めても、まだ幻惑されたままなのか?」

 「それはもちろん。この二人に飲ませたのは、我が一族に伝わる秘薬。そうそう我に返ることはありません」

 黒猿の問いに答えたのは、どこか河童にも似た姿をした妖。

 倒れた彼らの傍らに転がっていたのは、あまり丸みのない細長い形のひょうたんの器。水だと思い込んで飲んだものが、秘薬だったわけだ。

 「人柱は一人でよいと聞いた。どちらがよりふさわしいか、虚影様に選んでいただこう」

 黒猿がそう言うなり、辺りの景色が変わっていく。

 宵の暗さはそのままに、生い茂る木々が土壁の塀となり、草地が土の地面に点々と四角い石をはめ込んだものとなる。

 二人は、石の上に上半身を横たえる形で横たわっていた。

 「……黒猿か。ご苦労だったな。こいつらは、我々が運んでいこう」

 塀を回り込むようにして姿を現した蒐鬼と劉鬼が、それぞれを一人ずつ担ぎ上げて運んでいく。

 黒猿は、周囲の妖たちにねぎらいの言葉をかけると、しばし待つように言い、男女を担ぎ上げて運ぶ鬼たちの後に続いた。

 塀を回り込んだ先には、すぐに門があり、そこから中に入ると、前庭のところに漸鬼を従えた禍神、虚影が立っていた。

 黒猿は、それを見て素早く跪く。

 「でかしたぞ。ふむ、この二人であるなら……男の方がふさわしいの。女子(おなご)のほうは、すでに生娘ではない。ならば、女子を知らぬ男のほうが、いっそふさわしいというものじゃ」

 「ならば、女子のほうは下げ渡していただけると、此度(こたび)のことで、動いた配下のモノたちを(ねぎら)えるかと……」

 跪いたまま、黒猿が虚影に向かって願い出ると、虚影はうなずいた。

 「よかろう。一人いれば充分なのじゃ。女子のほうは、好きにするとよい。どうせこ奴らは、自分の命を自分で諦めた者たちじゃ。どういう形で命を失おうと、別にどうということもあるまいて」

 「ありがたき幸せにございます」

 黒猿は頭を下げ、改めて立ち上がると、女のほうを運んでいた劉鬼から女の体を受け取ると、元来た道を引き返す。

 待たせていた配下のモノたちに、“土産”を示すと、その場のモノたちから歓声が上がる。

 彼らはそのまま、土壁の傍らの闇に、担いでいる女もろとも姿を消した。

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