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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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22.皆の覚悟

 空の食器が載ったトレイを手にしながら、雅人が晃のすぐそばを通る。その時、晃の耳元に、雅人の声がした。

 「……おれは、約束は守る」

 「えっ!?」

 思わず振り向くと、雅人はまだすぐそばに立っており、周囲に聞こえないような小声でさらに続けた。

 「……いつか言っただろ。お前がどんなことになっても、隣に立つと」

 それだけ言うと、雅人は素早く返却口へと歩き出した。

 晃はしばらく、棒立ちのままそれを見送った。

 そういえば、彼は本性を現した時の自分の姿を見ている。すでに、異形に変わりつつあるあの姿を。

 それで、あの言葉を発するということは、彼自身の覚悟を示しているに違いない。

 あの姿を知ったうえで、それでも隣に立つと、彼は言ったのだ。

 (……たいしたやつだな。さすが“親友”ポジションに収まっただけのことはある)

 (……遼さん、信じていいのかな。“隣に立つ”って言葉を……)

 (俺は信じていいと思うぞ。あいつは今までだって、生半可な覚悟の奴ならビビッて当然の場面でも、逃げずにお前の隣にいた。あいつなら、掌を返すような真似はしないさ)

 信じようとする思いと、そんなことがあるはずがないと否定する思いが、晃の中で交錯する。遼に言われてさえ、雅人の言葉を信じきれなかった。

 “その時”が来たなら、逃げるに決まっているという思いが、どうしても否定出来ない。

 本当に信じていいのか。信じてもいいのか……

 (仮に、いざ“その時”に逃げ出したとしても、お前はそれで裏切られたと怒るか? 逆に、『当然だ、仕方がない』と考えるんじゃないか? それに、お前が恐れる事態となった時、さっさと逃げだしてくれた方が、お前にとっては安心材料だろう?)

 そうだ。

 自分が化け物に堕ちるとしたら、川本家よりも神社めぐりの出先でそうなる可能性のほうが高い。

 そうなった時、自分の隣にいるのは雅人か万結花だ。

 万結花なら、喰い殺してしまう心配はない。彼女の霊力は、神の神格を上げることが出来るほど強力で無尽蔵に近いのだ。

 そうなると、手にかけてしまう恐れがあるのは雅人のほうだ。

 その彼が、さっさと逃げだしてくれるなら、確かに安心だ。遼が咄嗟に判断出来る時間さえ稼げれば、遼が引導を渡してくれるのだから。

 雅人の姿が完全に視界から消えてから、晃はのろのろと歩き出した。

 ゴミ箱にごみを捨てると、早めにカフェテリアを出る。

 昼休みの残り時間を、人通りがほとんどない校舎裏にあるベンチで過ごすと、午後の授業のために移動した。

 二コマの授業を受けると、帰宅の途に就く。

 最寄り駅へと向かう途中、背後にうっすらと気配を感じた。

 また、相手が性懲りもなく式神を送り込んできたらしい。

 わざと人通りのない路地に入り込み、一気に祓う。右手の二本の指を揃え、短い気合の声とともに振り上げると、気配は跡形もなく吹き飛んだ。

 そして、さらに高空に感じる気配に向かって、さらに念を込めて振り上げた腕を振り下ろす。

 高空に感じていた気配もまた、消え去った。

 「……馬鹿にするな。気づかないと思うのか」

 近くにいたのは、自分の注意を引き付けるための囮。高空にいたのが、本命の偵察用の式神だったのだろう。

 だが、それでどうして、気づかれないと考えるのだろうか。

 しかし、今更自分のことを追いかけてどうしようというのだろうか。

 相手の隠れ家とも言うべき異界に乗り込んで、それを潰したのだ。その時に、自分の本性も相手に知られたに違いない。

 なら、何故今更自分のことを偵察しようというのか。それが理解出来ない。

 もういちど周囲の気配を探り、不自然な気配が感じられないのを確認し、晃は再び駅へと足を向けた。

 (……敵にとっては、お前はやっぱり警戒対象なんだよ。自分たちの拠点を立て続けに潰されたら、誰だって警戒するさ)

 (そういうものかな。僕の本性なんて、すでにバレてるはずだ。なら、今更探りを入れる必要なんてないだろう?)

 (そういうもんでもないんだがなあ……)

 遼はまだ何か言いたそうだったが、ちょうど駅前の交差点に来たので、信号を確認するために、意識をそちらに移す。

 青信号になったのを確認して道路を渡り、駅前ロータリーを回り込んで駅に入ると、いつものように改札を通り、ホームに上がった。

 出来る限り、いつも通りを心がけて電車に乗り、探偵事務所に帰りつくと、玄関から中に入った。

 「お帰りなさい、晃くん」

 事務所に使っている元応接間から、和海が声をかけてくる。

 「ただいま帰りました。落ち着いたら、また事務の手伝いをしますから」

 そう答えて二階に上がると、背負っていたワンショルダーを床に置き、アウターのパーカーを脱いでシャツの上に薄手のセーターを着た姿になると、パーカーをハンガーにかけてハンガーラックに吊るす。

 ワンショルダーの口を開け、中の教科書や参考書などを、明日の授業に対応したものに入れ替えた。

 午前中の、あまり頭に入っていなかった授業は、ノートを見返してどこまでノートをとっていたかを改めて確かめる。

 ほとんど機械的に取っていたノートだが、支離滅裂なことは書いていなかったので、読み返せば朧げに授業に内容が思い出された。

 もしかしたら、遼が書き写せるだけのことは書き写してくれていたのかもしれないが。

 自分が心ここにあらずという状態の時は、遼がこの体を動かすこともあるのだし。

 無意識にだが、一番後ろの席に座っていて、よかったかもしれない。

 霊感があるものには、そういう状態の自分は異様な存在に“視える”だろうし。

 とにかく、気分転換をする意味でも、探偵事務所の仕事を手伝いたかった。

 一旦ノートを閉じてワンショルダーにしまい直すと、晃は立ち上がって下に降りた。

 さりげなくを装って事務所として使っている部屋に入ると、中にいる人たちに向かって挨拶をする。

()()()()()()()()()。今日もよろしくお願いします」

 中にいた結城や和海、高橋栄美子がいたが、三人とも晃の姿を見ると、表情を和らげてうなずいた。

 いつもの自分の席に座ると、パソコンの電源を入れ、立ち上がるのを待つ。

 その間に、結城が栄美子に声をかけていた。

 「高橋さん、早見くんが来てくれたので、後は報告書を提出してくれれば、今日は上がっていいよ。お疲れ様」

 「はい、ありがとうございます」

 どうやら栄美子は、報告書をパソコンで作成中らしい。

 嬉しそうな表情を浮かべて、パソコンのキーを叩いている。

 それを横目に、晃は和海から回ってきた資料を確認しながら、打ち込み作業を始める。

 しばらく集中して作業をしていると、不意に栄美子の声がした。

 「それじゃ、上がらせていただきますね」

 そちらを見ると、プリントアウト済みの報告書を結城に渡して、確認をしてもあっている栄美子の姿があった。どうやら、OKをもらったようだ。

 いそいそと後片付けをし、帰り支度を始める栄美子は、『さて、今夜のおかず、どうしようかしらねえ』などとつぶやきながら、てきぱきと荷物をまとめる。

 「お先に失礼します。お疲れさまでした!」

 栄美子の威勢のいい声が響き、笑顔の彼女がドアを開けて外に出て行った。さらにもう一度ドアが開閉される音がかすかに聞こえ、後はキーボードを叩く音だけが残った。

 ほどなく、結城が口を開く。

 「……早見くん、また近々神社めぐりをする予定はあるかな?」

 結城の問いかけに、晃は少し考えてから、答えた。

 「……そうですね、今すぐではありませんが、行くことになると思います」

 確かに、行くつもりではあった。

 万結花が将来、仕える神を選ぶためのものであり、はっきり口に出してしまわずとも、ある程度神の加護を受けることが出来るようになるものだから。

 禍神の手を逃れるための手は、いくつあっても構わないはずだ。

 すると結城は、思いがけないことを言った。

 「……今、和尚さんが調べ物をしていてね、もしかしたら、一時的にも禍神を封じる手段が見つかるかもしれない」

 「え?」

 禍神を封じる?

 確かにそれが出来れば、万結花の願いは叶う可能性が高くなる。

 しかし、そんなに都合よく見つかるものだろうか……

 思わずそれを口に出すと、結城が苦笑する気配があった。

 「……まあ、簡単に見つかるかと言ったら……それはノーだな。でも、和尚さんは本気で手掛かりを求めていろいろ調べているんだ。当たらずとも遠からず、といった資料もあったそうだよ」

 それに関しては、笹丸さんも動いているらしいと聞き、晃は軽く驚いた。

 笹丸なら、神使(しんし)の狐などにも伝手があるだろう。

 人が応用出来るかどうかわからないが、何らかの方法を見つけ出してくるかもしれない。

 それでも、禍神が封じられるかどうかはわからない。ならば、いっそ自分が乗り込んでより弱体化させれば……

 そこまで考えが及んだ時、和海の声がした。

 「ねえ、晃くん。ちゃんと弁護士になってね。将来を諦めたりしないでね。わたしたちは、ずっとあなたの側にいるから」

 気づくと、和海も結城も、手を止めて晃のほうを見ていた。

 真顔になって、真剣なまなざしで。

 二人の視線に気圧されるように、晃は何も言えなくなった。

 「……先日、神社めぐりに行ったときに何があったか、雅人くんに聞いたんだ。未来を諦めてはいけない」

 結城の、まるで説得するような、はっきりとした声がする。

 「君のことを案じて、共に居たいと思う人間は、決してひとりじゃない。雅人くんはもう宣言したそうだが、私たちもここで言おう。どんなことがあっても、私たち二人は君の側にいる。投げやりにならないでくれ」

 晃は、言葉もなく二人を見つめた。

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