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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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19.電網

 「これをこうすると、ネットに接続したことになるわ」

 黒猿の目の前で、ある印を指先で軽く弾くようにすると、途端に画面が全く違うものに変化する。

 女は、平べったい板状の物(スマートフォン)を寝台脇の物入れの上に置いた。

 『では、()()()()()()()

 黒猿は、ゆっくりと精神統一すると、画面を覗き込む。

 黒猿の中に混ざり込んでいる“現代人の霊”が、かつて自分がそうしたように画面を通してネットの情報の海の中に飛び込んでいく。

 経験者の意識が混ざり込んでいなければ、それこそ混乱して何も出来なかったかもしれない。

そこは、情報(データ)という名の光の道が無数に交錯し、光の道の上を別な色の光が目にもとまらぬほどの速さで飛び交っている。

 その中を泳ぐように渡ることしばし、渡っていく光が、鮮やかな色の物から鈍い濁ったような色の物に変わっていったところの奥に、目的とした場所はあった。

 黒猿は、そこに文字の連なりを見た。

 現代の活字で綴られた文章は、黒猿自身は読むことが出来なかったが、その中の“現代人”は読むことが出来た。

 そこは、現代人の知識で“自殺サイト”と呼ばれているところであり、そこに文章を書きこんでいる者たちは、ある程度自殺願望がある者たちであるという。

 自らの死を望む者たちだ。この中の誰か一人を連れ出したところで、特に問題はないはずだ。

 黒猿はそう考えた。

 あの女(那美)は、既にボロボロになり過ぎて、人柱としての用をなさないほどになっていた。それでも、どこかに利用価値はあるらしい。

 利用出来るところは利用し、虚影様を守るための礎となってもらえばいい。

 どう利用するかは、虚影様がお決めになることだ。

 黒猿は、自分の中の知識に導かれるまま、いわゆる“書き込み”というのを行ってみた。

 いかにも、偶然たどり着いた自殺志願者のような内容の文章を、ネット空間からこじ入れたのだ。

 当然、画面を通してそれを見た者たちから、反応があった。

 健康上の問題で仕事をやめ、精神的に追い詰められて死ぬことを考えている者のふりをして、反応のあった者たちの書き込みに答えてみる。

 同情しているような文章と、楽に死ぬための方法や、静かに死ねそうな場所の情報交換などが、思った以上に次々と書き込まれる。

 黒猿は、しばらく調子を合わせて書き込みをしていたが、やがて『疲れたからまた明日』と書き残して一旦この場を離れた。

 小さく、だがひときわ明るく光る四角い窓のようなところに飛び込むと、そこは“ネット”に入る前の部屋の中だった。戻ってきたのだ。

 『今日のところの用事は済んだ。また、明日来る』

 黒猿は女にそう告げると、彼女がうなずくのを横目に再び壁を抜け、建物の外に出た。

 取りあえず、これでいい。

 女は、自分が来ることで、虚影様が気にかけていると思い込む。

 そうすれば、これ以降もネットに入るための道具を用意してくれるだろう。

今回は、この結果を虚影様の元へ届ける方が先だ。

 上手くだませれば、“自殺サイト”に集まってくるような連中だ。人柱に喜んでなってくれるだろう。

 黒猿は素早く現世から姿を隠すと、現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の狭間をすり抜け、虚影の元へと向かった。

 こうして狭間を抜ければ、そこへはたちまちのうちにたどり着く。

 黒猿は、門番のごとく入り口に鎮座する劉鬼に向かって頭を下げた。

 「黒猿にございます。どうか、虚影様にお目通りをいたしたく……」

 「お前が自分から来るとは、珍しいな。すぐにお目通りが叶うかはわからんが、取り次いでおこう」

 劉鬼は、指を使って高い音を鳴らした。

 すると、大きさが一メートルにも満たない人と獣が入り混じったような、二足歩行で歩く犬の出来損ないのようなものが、奥から素早くやってきて、劉鬼の前に跪く。

 「虚影様へ取次ぎを。黒猿がお目通りを願っていると」

 劉鬼がそう告げると、跪いたままうなずいたモノは、立ち上がるなりまた素早く奥へと駆け去った。

 しばらくすると、先程のモノがやってきて、黒猿の前に跪き、うなずく。

 「……お目通りが叶ったようだな。奥へ進むがいい」

 劉鬼にそう言われ、黒猿は劉鬼の前を通り過ぎ、奥へと向かった。

 入り口など見当たらない漆喰のような壁の建物の前に立つと、そっと右手を伸ばして壁に触れる。すると、吸い込まれるように壁を抜け、中に入った。

 そこは、何度か入ったことのある、大きめの土間の空間。

 そこからさらに奥へは、膝の高さほど上がった床の上に上がることになる。黒猿は床に上がると、さらに奥へと進んだ。

 左右に(ふすま)が並ぶ板張りの廊下を進み、突き当りの襖を開けると、そこには漸鬼を脇に従えた虚影が立っていた。

 その前に跪くと、黒猿は口を開く。

 「早速のお目通り、お許しくださりありがとうございます」

 「うむ。して、何用でここに参ったのじゃ」

 虚影の問いかけに、黒猿は“ネット”での出来事を語った。

 「……故に、そこに集う者たちであれば、人柱となるものも見つかるのではと愚考いたしました次第です」

 「なるほどな」

 虚影は、思いもかけないほど知恵が回るようになった黒猿に、感心したような顔を見せる。

 虚影自身も含め、現代技術に関しては全く追いつけていないものばかりである中で、現代人の記憶を持った霊を取り込んだ黒猿は、別格の知識を持つことになったのだ。

 虚影は早速、人柱として使うことが出来そうな人物の選定を始めるよう、黒猿に命じた。

 「では、出来る限り急いで頼むぞ。あの霊能者(人外)は、儂の守り石で強化されたはずの結界さえも破って、配下のモノどもを滅していきおったからの。もはや、一刻の猶予もならんのじゃ」

 あの守り石ですら効果がなかったとすると、相手の力はやはり、こちらの予測を完全に超えていたということになる。

 そんな存在が敵となり、黒猿にとっても同志であるモノたちを滅していくというのは、悪夢としか言いようがない。

 しかし、何故そいつはこちらを攻撃するようになったのだろう。

 今までは、“贄の巫女”に張り付いて、守りに徹していたはずだったのに。

 黒猿には、まったく見当がつかなかった。まさか、すでに斃された濫鬼が、相手の変容のきっかけになったとは、まったく思い至らなかった。

 もっとも、それは黒猿だけではなく、こちらの陣営の誰もがそうだったのだが。

 とにかく、人柱となる者を選び出さなければならない。

 元々死にたがっていた連中だ。死ぬことを恐れるとは思えない。

 虚影に命じられたことを果たすため、黒猿はその場を辞してひとまず自分の隠れ家に戻った。

 それらしい人物への接触は、やはり“自殺サイト”で行えばいいだろう。

 そこで、より自分の境遇に同情的で、うまくこちらの思い通りに踊ってくれそうな人物を、やり取りの中から選定していけばいいだろう。

 ただ、あまり時間をかけることは出来ないだろうが。

 相手を誑かすためのもろもろも、用意しておかなくてはならない。

 黒猿は、自分の配下にモノたちの中から、人間を幻惑する(化かす)能力を持つモノを探した。

 見た目は獣の姿をした妖数体が、黒猿によって選抜される。

 所謂(いわゆる)狐や狸、(むじな)と呼ばれているモノたちだ。

 人間の伝承にある『人に化けて人を誑かす』妖で、現代では単なる昔話であり、そのような存在などありえないと言われていたモノたちだった。

 人間からその存在を否定されても、すでにこの世に現れているモノが消えてなくなるはずはない。人々に忘れ去られようと、妖はそこに居続ける。

 だからこそ、現代人ならかえってうまく誑かすことが出来るのではないか、と黒猿は考えたのだ。

 まさか、自分の目の前に現れた人物が、人に化けたナニカだとは、誰も思うまい。

 もちろん、霊感が鋭かったりすれば、見破られる可能性はあったが、霊感がない者もいる。そういう連中を上手く探し出し、幻惑してやれば、人柱として使えるのではないか。

 黒猿は、選抜した数体の妖の中から、さらにひときわ幻惑能力が高いモノを選び出した。

 そいつは、ここから人間世界に出て、直接人間を誑かす役目を与える。

 他のモノたちは、やはりここから出て、直接人間と対峙する(サポート)存在を補佐するモノ(メンバー)と、失敗した時に(バックアッ)誤魔化すモノ(プメンバー)に分かれて、それぞれに行動することになる。

 闇がひときわ深くなる、人の世界で言う“深夜”になるのを待って、動き出すこととなった。

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