表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
274/345

17.狂気と決意

 次の瞬間、何者かが万結花に飛びかかってきたかと思うと、その体に触れる前に弾き飛ばされるのが“視え”た。

 刹那、自分に向かってもなんだかよくわからないモノが突っ込んできて、弾き飛ばされたとわかった。

 「……うるさい奴らだ……」

晃の声から、感情が消えていく。

 顔は見えないが、明らかに本性を現したのだとわかる気配に変わっている。

 「……邪魔するな」

 晃が発した平坦で感情のこもらぬ声に、雅人は妙な違和感を抱いた。

 あんな感じでしゃべる奴だったっけ? あいつ……

 雅人ではよく見えない暗闇の中で、襲い掛かるモノたちと、晃の攻防が始まっているようだ。

 何度も感じた、晃の圧倒的な浄化の力が、すぐ目の前で振るわれている。

 そして、“左腕”が動く時、何者かの声にならない断末魔の叫びが響く。

 雅人は、違和感が次第に大きくなるのを感じていた。

以前にも、晃の戦う姿は見たことがある。だがそれは、万結花を護るために、自分自身を護るために、その力を振るっていた。

 今回は、少し違うような気がする。

実際、自分も万結花も、動こうと思えば動けるのだ。しかも、晃が渡してくれた各種のお守りで、自分たちへの相手の直接の攻撃は防がれている。

 以前の晃なら、無理せず殿を守りながら脱出する方を優先していたのではないか。

 行先を突き止めて先回りし、罠を張るなどということが出来ていない今回の襲撃は、おそらく神社の鳥居をくぐってしまえば、神社の神域によって守られるような気がしてならない。

 だのに、晃はこの場を動こうとせず、襲い掛かるモノたちと戦い、滅ぼしていってるように見える。

 徐々に暗さが薄れてくる。

 飛びかかってくるモノたちがいつの間にかいなくなり、気が付くと元通りの薄曇りの空のもと、道端に立ち尽くしている自分たちに気がつくという状況になっていた。

 その時、いつの間にか帽子がずれていたために、はっきりと晃の顔が見え、雅人は背筋に何とも言えない冷たいものが走るのを感じた。

 感情が感じられない無表情。ガラス玉のようにさえ見える、人形のような眼。しかも、日本人によくある『遠目には黒く見えるほど色の濃い褐色の目』ではない。微かに(あか)みを帯びて見える。

 “左眼”はもっと顕著で、青白いはずの“死霊の眼”には、明らかな(あか)みがあった。

 そして何より、“左手”の爪が、長く伸びている。まるで、妖か何かのように。

 指先から五センチはありそうなほど伸びた爪の鋭さに、雅人はぞっとした。

 「……お、お前……その爪……」

 やっとのことでそれだけ言った雅人に、今だ無表情のまま晃が口を開く。

「……お前は気にしなくていい。わかっていたことだ」

 冷徹にも聞こえる、感情の動きが感じられない声に、雅人は次の言葉を発することが出来なかった。

 今、自分の目の前にいるこいつは誰だ。本当にこいつは、早見晃なのか?

 思わず、そんな疑問が脳裏をよぎる。

 今日、駅で顔を合わせてからここまで、相手が晃ではないと疑ったことなどなかった。本当に、自分の知っている晃だと、そう感じていた。

 だが、今現在目の前にいるのは、そっくりの顔立ちの別人にしか見えなかった。

もちろん、朝から今まで行動を共にしてきたのだし、途中でそっくりの別人に入れ替わるなど到底考えられない。

そもそも、晃そっくりの人間がもう一人いるとはとても思えないのだが、自分に向けられた無表情のガラス玉のような眼が、雅人の心に混乱を引き起こしていた。

 そして、理解した。晃は、変わってしまったのだと。

 あの事件のせいで、自分が知る晃はいなくなってしまったのだと。

 それは、晃の次の言葉で確信に変わった。

 「……それより、神社に行って確かめてこよう。どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 今までの晃なら、いくらこちらに襲い掛かってきた悪霊や妖であろうと、“ゴミ”呼ばわりなどしなかった。

 雅人には、晃の変容がある種の狂気のようにも感じた。寒気が止まらない。

 傍らの万結花も、顔色を失っている。

 「……晃さん……」

 もしかしたら万結花は、ここまで極端ではないにしろ、変わってしまった晃の態度に直面したのかもしれない。

 それで、『止められなかった』と言っていたのだろう。

 そこへ、あのとんでもないセリフだ。今までの晃では、とても考えられないような内容のものを聞いてしまった。

 だから万結花は、晃の名をつぶやいた後、絶句してしまったのだ。

 万結花は、顔がすっかりこわばっている。自分の顔も、引きつるなりしているだろう。

 それでも、その顔を見ているはずの晃の表情は変わらない。

 「さあ、今のうちに行こう。確認しておかないとね」

 晃は普段の姿に戻ると、帽子をかぶり直してそのつばで顔を隠し、二人を促した。

 雅人は、万結花のほうを見た。万結花は、まだどこか顔がこわばり、心ここにあらずという感じに見えた。

 「……万結花、行こう……」

 雅人自身、割り切れてなどいなかった。だが、ここでどうにか出来るようなものではない。逆に、ここで晃を突き放してしまったら、そこで終わると思った。

 万結花の手をそっと取ると、晃のほうにゆっくり近づく。

 晃はそれを見ると、遠くに見えだした鳥居のほうへと歩き出した。

 一応こちらのペースには合わせてくれるようで、晃は早くもなく遅くもないペースで歩き続けている。

 万結花を連れてそれに続きながら、雅人は先ほど見た無表情の顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 あの顔が恐ろしく感じて、声をかけられない。

 それでも、歩いていれば次第に鳥居は近づいてくる。

 鳥居が目の前に見えるところまで来たところで、晃が告げる。

 「ここで、神様の気配を感じてみてください。自分に合うかどうか、ちゃんと確認して」

 雅人が、万結花の手を引いて鳥居の真ん前に立たせると、万結花はしばらくじっと黙って気配を感じていたようだったが、やがてかすかに首を横に振る。

 「……ごめんなさい。やはり、何か違うような気が……」

 申し訳なさそうに告げる万結花に、晃は静かに答える。

 「それならそれでいいんです。無理する必要はない。帰りましょう」

 踵を返して元来た道を戻る晃に、雅人も万結花とともに続いた。

 「……万結花、前に会った時も、あんな感じだったのか?」

 前を歩く晃に聞こえないような小声で、雅人が万結花に尋ねると、万結花は首を横に振る。

 「……あんな感じじゃなかった。でも……自分の言葉が届かないって感じて……」

 「そうか」

 きっと、内に秘めていた狂気が、ここで襲われたことで表面化したのだろう。そう思いたかった。あんな狂気を秘めていたら、届くはずはないのだと。

 しかし、晃に狂気を植え付けたのは、まぎれもなくあの事件だ。

 もう、事件以前には戻れない。

 万結花を想う気持ちは、変わっていないと思う。だが、護る方法が全く違ってしまっている。

 しかも、自分が妖へと変化(へんげ)していく有様が顕著になってきているのに、平然としているように見えるのも、やはりどこか狂気を感じる。

 病院のベッドの上で、『怖い』と言って涙を流した姿を覚えているだけに、感情のこもらぬ声で『わかっていたことだ』と告げた晃の無表情が、にわかには信じられなかった。

 自分が化け物と化していく、それ自体恐ろしいことのはずなのに、恐怖を突き抜けてしまったのか。それとも、未来を諦めたのか。

 それでも、と雅人は思う。

 自分はあの時、どんなことになっても隣に立つと誓い、本人の前でそれを口に出した。

 あの約束を、(たが)えることは出来ない。

 そんなことをすれば、何もかも失いつつあるのに、それでも万結花を護ろうとし続ける晃を、さらに追い詰めることになりかねない。

 (……おれは逃げない。あいつがどういうことになろうと、最後まで見届ける。それが、おれなりの責任の取り方だ……)

 自分たちに関わらなければ、ああならなかったはずの晃に、人生を狂わされてしまったと言ってもいい晃に対して、自分は責任がある。

 いくら、選択したのが晃の意思だったとしても、それを選ばせたのは自分たちのような気がしてならないのだ。

 あいつがいつか人ならぬ身に堕ちるなら、自分は、せめて自分だけは、最後まで隣に立ち続けよう。

 自分たちの前方を歩く晃の後姿を見ながら、雅人は改めて自分自身に誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ