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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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16.追いすがる闇

 駅前は、ロータリーばかりが大きくて立派な、商店も見当たらないがらんとした印象だった。

 しかも、そのロータリーが妙に新しい。どうやら、区画整理で最近こうなったらしい。

 そのロータリーの端のほうに、バス停があった。二つバス停があったが、晃はそのうちの一つに迷うことなく並んだ。晃の前に、二人ほど並んでいる。

 そのあとに続いて、雅人と万結花が並ぶ。

 「一応、バスの時間に合わせたんだけど。あと十分ほどでバスが来るはずだ。一時間に、そう本数がないからね」

 時刻表を見ると、一番本数が多い時間帯でも、四本ほどしかない。まったく来ない時間帯もある。

 「帰りは、バスの時刻表を確認しておかないと、待ち時間ばかり増えることになりそうだな」

 思わず雅人がつぶやくと、晃がうなずく。

 「そうだね。向こうに着いたら、改めて時刻表を確認しておくよ。時刻表を写真に撮っておけば、面倒がないと思う」

 晃によれば、目的地の神社は、バスで三十分ほど行ったところで、山の麓に前宮、中腹に本宮、山頂近くに奥宮がある、かなり本格的な神社なのだという。

 「でも、神の気配を確かめるだけなら、麓の前宮で大丈夫だと思う。山道になっている参道を、上っていく必要はないと思うよ」

 確かに、全盲の万結花にとって、きちんと整備されていない山道を登るのは大変だ。第一、足元がおぼつかない靴なのだ。

 晃と自分はいつものスニーカーだが、万結花の足元はローファーだ。

 もちろん、歩きやすい服装で、といわれてはいたので、ヒールはほとんどなく、何度も履いて割と履き慣れている靴を選んでいた。

 それでも、その靴で山道に入ったらきつい。

 だから、麓で済むなら、それに越したことはなかった。

 やがてバスがやってくると、後部ドアから乗車し、IC乗車券を読み取り機にかざす。これで、降りるときに運転席の脇にある読み取り機にもう一度かざせば、必要な金額が引き落とされる。

 バスの乗客は、自分たちも含めて十人もいない。

 皆が思い思いの場所に座る。晃、雅人、万結花の三人は、最後部の座席に並んで座った。無論、万結花が一番窓際で、次が雅人、晃の順だ。

 バスは、定刻通りに発車した。

 「目的地の神社は、バス停からさらに十五分ほど歩くんだけど、そこへ行く前に休める場所を探してお昼を食べたほうがいいと思う。向こうへ行って、また何かあったら、ゆっくり食べている暇はないからね」

 晃の言葉に、雅人はなんとなく不安を覚えた。

 「……なあ、もしかして、例の“嫌な予感”ってやつ、また感じてるのか?」

 「……正直に言えば。今回も、すんなり終わらせてはくれないらしい」

 それを聞き、雅人は溜め息を吐いた。

 「……しつこすぎるだろ……」

 「それは仕方ないんだ。それだけ、万結花さんが持つ力に、相手が価値を感じてるってことだよ」

 晃に言われ、雅人は妹のほうを見る。万結花もまた、今の話を聞いていたのだろう、溜め息を吐いていた。

 「……自分では、どうしようもない力なのに……」

 万結花の霊力は強大で、ほとんど無尽蔵に近い。ただ、万結花本人は全く操れない。

 少しでも自分の意のままに操れる部分があったなら、万結花自身が霊能者の仲間入りをしていただろう。

 「それにしても……おれも万結花も、ちゃんと例の水晶玉持ってきているんだが、それでも尾行してるってことか?」

 雅人の問いに、晃は言った。

 「連中が追いかけているのは、僕だろう。僕が誰と行動するのかを確認して、尾行したりしなかったりしてるんだろうと思う。まあ、最近は少しうるさくなってきて、何度も祓っているんだけどね」

 どうやら、晃の周囲に偵察のための何らかの存在が付きまとうようになったらしい。

 ただ、晃はそれにすぐに気づいて、祓って浄化してしまっているようだ。

 相手のリソースを使わせるという意味ではいいのかもしれないが、よく平然としていられるな、と雅人は思った。

 こういうところは、肝が据わっているというべきか。

 雅人はこの時点では、まだ晃の変容を理解していなかった。だから、ただ肝が据わっているようにしか見えなかったのだ。

 そしてバスは、降りる予定の停留所までやってきた。降車ボタンを押して、運転席脇の読み取り機にIC乗車券をかざして清算すると、三人はバスを降りた。

 そこは、まだろくに植え付けをされていない畑などの間に民家が点在する、のどかな田舎の風景の場所だった。

 遠くに畑仕事をする人の姿も見えるが、道を歩いている人の姿は見えない。

 少し先に、こんもりと盛り上がった緑の小山が見える。聞けば、あの山に目的の神社があるらしい。

 常緑樹におおわれたその山は、芽吹いたばかりのほかの場所と違い、緑がひときわ濃かった。

 幸い道は、バスが通る舗装道路が割と近くまで通じているようだ。

 道路の反対側にあるバス停で、帰りのバスの時刻表の写真を撮り、帰りのバスの時刻を念のため確認してから、神社があるという小山のほうへと足を向けた。

 道沿いに歩きだしながら、五分ほど進むと、道端にかなり大きな木が生えていて、その根元に誰が置いたのか古ぼけたベンチが置かれている場所があった。

 ベンチは、何とか三人座れそうな長さがある。

 「ここで、お昼にしよう。きっと、ここで休む人はいるんだと思う」

 晃の言葉に雅人もうなずき、雅人を真ん中にして、三人でベンチに座った。

 雅人は、背負っていたリュックを下ろすと、中からナイロン製のエコバッグを引っ張り出した。その中には、電車に乗る前に買ったコンビニおにぎりやパン、サンドイッチが入っていた。飲み物として、ペットボトルのお茶や紅茶なども買ってあった。

 万結花のリクエストに応えて、彼女が食べたいというものを選んで手渡し、ペットボトルも膝の上に置いた。

 自分も食べようとして、ふと隣を見ると、晃はブロック状のバランス栄養食を出して、それをかじっていた。

 「……いや、別にいいんだが、お前それで足りる?」

 思わず問いかける雅人に、晃は冷静に答えた。

 「こういうところで食事というなら、僕は大体いつもこれだよ。たとえ真夏の炎天下の中でも、封を切らなければ悪くなることもないし、栄養のバランスはとれてるからね」

 「そりゃそうだけど……」

 相変わらずだと思いながら、そこで休憩がてらニ十分ほどの時間で昼食を済ませる。

 それからまた、三人で歩き出した。

 確実に近づいてくる緑の山を見ながら、なんとなく背中から追い立てられるような、妙な感じがする。

 雅人がそれを晃に伝えると、晃はうなずいた。

 「わかってる。もうすぐ、仕掛けてくるかもね……」

 晃がワンショルダーのポケットから、白く光るものを二つ取り出すと、一旦立ち止まって追い付いてきた雅人にそれを渡した。

 「二人でそれぞれ持って」

 白く光るものは、まるで内側から光を放っているように見える乳白色の勾玉の形の石だった。雅人はそれを受け取り、万結花にも渡した。

 雅人は、万結花を庇うように真後ろに付く。男二人で万結花の前後を固める形になり、周囲を見回しながら慎重に歩みを進めた。

 緑の小山の麓に見えてきた鳥居が、だいぶ近くなってきたと思ったとき、それはきた。

 背後から、はっきりとした気配が迫ってくる。

 薄曇り程度で明るかったはずの空が次第に暗くなり、気温が下がってきた。

 重苦しい気配が、三人を飲み込もうと迫ってくる。男二人だけなら、走って逃げることも出来たかも知れなかったが、そもそも走ることに慣れていない万結花が、慣れない道を全力疾走など出来なかった。

 「だめだ、来る。さっき渡した石をしっかり持っていて」

 晃がそう言ったその直後、空が一層暗くなり、重苦しい気配が三人を包み込む。

 先程まで暖かかったはずが、一気に真冬のように感じる寒さとなった。

 雅人の目には、陽が沈みかけたころの暗さに見えた。すぐ目の前の万結花の姿さえ、見えづらくなった。

 それでも、晃は暗さを一切気にしていないように見えた。

 先程晃から渡された石を、二人は固く握り締める。石からは、明らかなぬくもりが感じられ、それがじわじわと体を包み込んでいくようだ。

 凍てつく寒さが、緩和される。

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