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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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15.出発

 その日雅人は、久しぶりの神社めぐりに少し緊張をしていた。

 空はぼんやりとした薄曇りで、朝はまだ寒く感じるが、日中は穏やかだという予報が出ていた。

 自宅の最寄り駅で待ち合わせということで、駅の改札のすぐ前で待っていた。

 隣の万結花も、やはり少し緊張した表情になっている。

 雅人はちょっと出かけるときに着るデニムジャケットとトレーナー、チノパンにスニーカーという格好だ。一応、背中にリュックを背負い、その中には途中のコンビニで買った今日の昼食が二人分入っている。

 万結花は、晃に会うのだからと、ローズピンクのカーディガンに白のブラウス、ベビーピンクのカラーデニムに、足元はブラウンのローファーを履いてきている。さらに、ちょっとした身の回りのものを入れられるように、ワインレッドのポシェットを斜め掛けしていた。

 待ち合わせは朝の九時で、あと十五分ほどでその時間となる。念のため早めに家を出てきたのだが、少し早かったか。

 そう考えていると、改札の向こうから声がかかった。

 「おはよう。これでも早めに来たつもりだったんだけど、待たせたかな?」

 声のほうを向くと、いつの間にか晃が立っていた。スポーツブランドのロゴが前面に描かれたキャップを、目深にかぶっているせいで顔がよく見えないが、着ている服の感じや背中のワンショルダーは、間違いなく晃だ。

 顔を見なくても本人かどうかわかるくらい、付き合いが深まっているということか。

 「おう。そんなに待ってはいないさ。元々、ちょっと早く来すぎたんだ。すぐそっちに行くから」

 雅人が万結花を導きながら、二人ともIC乗車券で改札をくぐると、晃の前に立った。

 晃は、服のセンスははっきり言ってダサい方だ。いわゆるかっこいい着方などしていない。今日だって、どう見ても低価格ブランドで有名なチェーン店のものを、適当に組み合わせている。それでも、あの飛び抜けた容姿が加わると、一周回ってダサかっこいいになるから不思議だ。

 内心苦笑しながらも、本人が一番思うところがあるだろうと考えるので、雅人はいつも特に何も言わなかった。

 「今日は、一ヶ所だけだよ。車で行くようには身軽に動けないしね」

 晃はそう言うと、(きびす)を返してホームへと向かう。

 雅人も万結花も、そのあとに続いた。

 ホームに立ったところで、晃が話しかけてくる。

 「……ところで、就活のほうは大丈夫?」

 「ああ、それな……」

 知り合いの中には、すでに内定をもらった者もいるのだが、自分は最初に絞り切れていなかったせいで、もうすぐ年度が替わるというのにまだまだこれから状態である。

 「とにかく、卒業に必要な単位は取れる目処が立ってるし、卒論もどうにかまとまるだろうと思うし、新年度になったら本格的に頑張るさ。これから四年生になるんだからな」

 実際、いくら内定を取れたとしても、単位を取り損ねて留年になってしまっては、元も子もない。

 そこはきっちり目処をつけておきたかった。

 別な知り合いは『就職せずに起業するんだ』といって、仲間を集めて起業の準備をしているらしいが、自分は普通にサラリーマンになりたいと思う。

 そして、改めて隣の晃のほうを見る。

 確か弁護士志望で、一応法科大学院進学予定だそうだが、もしかしたらこいつのことだ、予備試験かなんかを受けて、現役のまま司法試験に受かったりするかもしれない。

 それだけの頭はあると、雅人は感じていた。

 自分の家のことに巻き込まなければ、こいつはもっと余裕をもっていろいろ出来たはずなんだが……男気がありすぎるだろう。

 ふとそんな考えが頭をよぎる。

 申し訳ないという気持ちが湧いてくるが、今のこいつは止めても止まりそうにない。

 先日万結花が会って話をしたときでも、『晃さんを止められなかった』と帰って来てから落ち込んでいた。一応、晃本人がちゃんと家まで送ってきたので、その意味では誠意は見せたかな、とは思うが。

 当の万結花はと言うと、今でも何となく元気がない。

 これから鍼灸マッサージ師の資格を取るための勉強が、本格化するはずだが、そろそろ気持ちを切り替えて欲しいと思う。

 晃のほうは、見た目そんなに大きく変わったところは見受けられないと思うが、内面のことはわからない。

 それと、タバコに関しては本当に気をつけないといけない。出先で、あの時のようなフラッシュバックの発作を起こされたら、本当に身動きが取れなくなる。

 体を小さく丸めて自分で自分を抱きかかえるようにしながら、うわ言のように何かをつぶやくあの姿は、正直ショックだった。

 しかも、その体は小刻みに震え、結城所長や小田切さんがいくら声をかけても、しばらくは全く反応しなかった。

 その後、少しは我に返ってから、薬を飲んで横になっている姿は、ひどく弱々しく、痛々しく感じた。

 その直後の神社めぐりの話では、さすがにすぐに行こう、ということにはならなかった。

 その後、どうも一人で危ういことをしているらしい、という話を聞いて、万結花と会わせたのだが……

結果はあれだった。

 何とか、『必ず帰ってくる』と約束を取り付けたそうだが、どこまで有効なのだろう、と思う。

 本人が守りたくても、“不測の事態”というのは起こり得る。それを考えれば、やはり()()()()()()()()ということなのだ。

 今回は、春休み期間中ということでまあまあ時間があると、出かけることになったのだが。

 電車を待つ晃の顔は、キャップのつばに隠れて見えづらい。顔を隠すため、わざとそうしているのだろうが。

 どこへ行くのかは、晃に任せている。

 このままついていけば、どこかにたどり着くだろう。

 そんなことを考えていると、電車が到着した。

 学校が休みなのと、ラッシュの終わる時間であることもあって、電車は混んではいなかった。もっとも、空いている座席はなかったが。

 電車で一旦ターミナル駅に出て、そこから改めて目的地へと向かう路線に乗り換える。

 晃は、すでに下調べがついているのだろう、迷うことなく駅の構内を歩き、乗り換えをしていく。もちろん、万結花のペースに合わせながら。

 少しゆっくり目に歩いても、乗り遅れることがないように、時間計算をしているのだろう。

 乗り換えを済ませ、今度は席が空いていて全員座れたため、とりあえず一息ついた。

 万結花を端の座席に、その隣に自分、さらに隣に晃が座る。

 本当は、万結花と隣同士に座らせてやってもいいとは考えていたのだが、以前笹丸が言っていたことを考えると、晃を隣に座らせるわけにいかなかった。

 万結花のことを、特に意識せずにたまたま触れたくらいでは、霊力が降りかかることはない。

 だが、性を意識したものが意図的に触れると、相手を滅ぼすほどの力が降り注ぐことになる。

 だから、痴漢をやらかした男は破滅したのだ。

 そして、万結花を想う晃もまた、意図して触れれば破滅を免れない。想っているからこそ、触れることが許されないのだ。

 内心、どうにもぐるぐるするが、口には出さずに別な話題を振ることにした。

 「……なあ、今度はどこへ行くんだ?」

雅人が一応尋ねると、晃は静かな声で答える。

 「ここでは言わない。おそらく、僕が感知出来ないほどの距離を置いて、つけてきてると思う。相手が目的地に気づくのを遅らせるために、ここで口に出すわけにいかないんだ」

 さすがにそれで逃げ切れる保証はないだろうが、言ってしまうリスクを考えると、このくらい慎重な方がいいはずだ。

 なんとなく間が持たなくなり、雅人はスマホで暇つぶし用に入れてあるゲームを起動し、遊び始める。

万結花は、どうも緊張が取れないらしく、押し黙ったままになっている。

 晃はと言うと、ただ黙って反対側の車窓を見るとはなしに見ているようだ。

 最近買った、ブルートゥースのイヤホンでゲームの効果音を聞きながら、しばしゲームに興じる。

 それでも、どこかで周囲を気にしていたのだろう、今日はいやにミスが多い。

 あまりスコアが伸びないまま、回数だけが積み重なった。

 車窓は、いつの間にか緑が目につくようになっていた。

 「次、降りるから準備して」

 晃から声をかけられ、雅人は慌ててゲームを終わらせる。

 改めて車窓から外を見ると、田園風景に家が点在する、すっかりローカル色強いものとなっていた。ターミナル駅から四十分ほどで、ここまで雰囲気が変わるものなのだと、雅人はぼんやり考えた。

 ほどなくして駅に到着すると、電車が止まる前に、晃が立ち上がる。

 雅人も、万結花に声をかけて立ち上がり、声をかけられた万結花が、それに続いた。

 屋根のない吹き抜けのホームに降り立つと、晃は二人がついてきているか確かめるように軽く振り返ると、ホームに設置された階段へと向かった。

 階段はそのまま跨線橋につながって上下線の線路を越え、反対側のホームに降り立つ。そちら側のホームに改札があり、IC乗車券の読み取り機が設置されている。

 読み取り機にIC乗車券を当てて改札を通ると、駅舎の外へ出た。

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