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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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13.混乱

 病室の白い天井を見つめながら、苅部那美は内心の焦りを隠せなかった。

 どうして自分は、こんなことになったのだろう。どうして、こんなところにいるのだろう……

 ただの検査入院のはずが、MRIを撮っている最中に突然痙攣を起こして検査が中止となり、そのまま意識不明に陥って、緊急事態に病院内が大騒ぎになった。

様々な対症療法が試みられ、丸一日経った頃、ようやく何とか意識は取り戻したものの、目覚めたときには彼女は自力では体を起こすことも出来ない寝たきり状態となっていた。

結局、検査のため数日入院するだけのはずが、一週間たった今も、退院の目処などまったく立たない有様になっていた。

 それどころか、今まで全く気づかなかったが、自分の周囲に様々な姿をしたいわゆる“お化け”がいることに気づいてしまうようになった。

 様々な色の肌をした、小鬼のようなモノたち。動物と人が混ざったようなモノたち。古道具に目や手足がついているようなモノたち。皆、人間の大人の半分くらいの大きさでしかないが、それがいくつも蠢いている。

 さらには、不思議に熱くはないが、人の顔のようなものが浮かび上がったバレーボール大の火の玉や、宙に浮かぶ腐れかかって緑色に変色した生首のようなものなど。

 自分が寝ているベッドの周囲を、そういった有象無象のモノたちが、うろうろと歩き回り、宙を漂っている。

 さすがに明るいうちはほとんど見えないが、消灯時間を過ぎて暗くなると、はっきりと目に映るようになったのだ。

 彼らは特に悪さをするわけではないのだが、寝たきりで動けない彼女のほうを見て、気味悪くにやにや笑ったり、舌なめずりをしてみせたりするモノもいるので、気持ち悪くて仕方がなかった。

 必死に虚影を呼ぶのだが、彼は眠っているのか、はっきりと返事を返してくれない。

 おかしい。

 自分は、神の力を分け与えられた、いわば“眷属”のはずだ。それなのに、どうしてこんなことになるのか。

 周囲に敵を作りまくっていた人物を、虚影のための贄にしたり、会社の中でうまく立ち回って敵を作らないようにするのに使ったり、自分がしたのはその程度だ。

 神の力を持つものだと気づかれないように、目立たないように、気を遣っていたつもりだ。

 そのくらいしかしていないのに、どうして自分は倒れたのだろう。

 思い出すのは、白狐の姿をした男の言葉と、空恐ろしいほど整った容貌をした、同一人物だと思われる男の冷たい無表情の顔。

自分はこのまま、本当に破滅してしまうのか?

 そんなのは嫌だ。何のために、虚影の封印を解いて、彼を解き放ったのだ。

 今夜もまた、“お化け”たちが自分の寝ているベッドの周囲を、うろうろと歩き回っている。

 那美は、何とか追い払おうと思った。神の力を有する自分なら、その力を使えば追い払えるはずだ。

こんな気味の悪い状況で、入院などしていたくない。

 那美は必死に、自分の中の力を呼び覚まそうと試みた。

 目を閉じて、精神を集中する。自分の中の力が、外に湧き出してくるようなイメージを、何度も繰り返し思い描いた。

それでも、なかなか思うとおりに力が湧き上がってこなかった。セクハラ上司を虚影の糧にしてやった時に感じた、ある種の高揚感のようなものも感じられない。

 どうして使えない?

 焦りと混乱が湧き上がる。

それでも何とか力を使おうと、必死に気張っていると、不意に全身に鈍い痛みが走った。

 はっとして力を抜いたが、痛みは治まらない。

 それどころか、刃物で突き刺されているような、鋭い痛みに変わっていく。

 危険と恐怖を感じた那美は、何とかナースコールを手にすると、それを押した。

 直後、ひときわ激しい痛みが走り、意識が遠のいていく。

 病室に誰か入ってきたような気がしたが、彼女の意識はそこで途絶えた。

 そして、再び目を開けたとき、そこには主治医と別な医師、看護師たちが取り囲み、自分を見つめていた。自分を見る人々の顔に、安堵の色が浮かぶ。

 始めはなんだかわからなかったが、周囲の関係者の言葉が徐々に耳に入るようになり、どうやら一時的に原因不明の昏睡状態に陥り、また大騒ぎになっていたらしいとわかった。

 意識がなかった時間は、なんと一日半にも及び、病室の外には、家族も呼ばれているらしい。

 主治医と看護師の一人がその場に残り、他は病室の外に出ていく。

 ほとんど入れ替わるように、楓子と弟の(あつし)が病室に入ってきた。

 特に母親の楓子は、今にも泣き出しそうな顔になっている。

 「那美! よかった……。ずっと意識が戻らなくて、その原因もわからないって言われて……。もう、目が覚めないんじゃないかって……」

楓子は、いまだ少し混乱しているらしく、ただ那美の手を握って体を震わせる。

 「……姉さん、ほんとに意識が戻ってよかったよ。母さんまで、倒れるんじゃないかって思った」

 社会人の一年目がもうすぐ終わるという敦は、本当なら年度末に差し掛かり、忙しいところなのだが、姉と母が心配で、会社を休んで病院に来ていたのだという。

 「……姉さん、本当にきっちり体を治してよ。姉さんに何かあったら、オレ、典和(のりかず)さんに叱られるからさ」

弟の口から、その名前が出た途端、那美が金切り声を上げた。

「なんでそんな言い方するのよ!! 何も知らないくせに!!」

 それを聞いた途端、敦がしまったという顔になった。

「……姉さん、ごめん。触れちゃいけなかったね……」

 主治医も、急いで(なだ)めにかかった。

「まだ目覚めたばかりです。落ち着いて」

しかし、那美はますます興奮状態となり、金切り声を上げ続ける。

 「すみません、鎮静剤を打ちます。これは、危険だ」

 主治医が真顔になり、看護師に指示を飛ばす。

 看護師が家族二人を遠ざけ、小走りに部屋を出ると、ほどなく先程外に出ていた医師と別な看護師を連れて戻ってきた。

 新たに入ってきた医師と看護師は、すでに薬剤の用意をしている。

 ベッドに横たわったまま、なおももがくように喚き続けている那美に対し、医師たちは点滴の中に薬剤を注入した。

 元々はただの栄養剤だった点滴に、鎮静剤が入る。

 それは興奮状態だった那美の体に入り、やがて彼女は喚くのをやめ、静かになった。

 意識レベルが低下し、半ば眠ったような状態となった那美に、医師たちは改めて診察を始める。

 楓子と敦は、それを茫然と見ていたが、やがて医師たちに頭を下げ、病室を出て行った。

 「……昏睡した原因もわからないままなのに、こうも精神的に不安定では……」

 主治医のつぶやきに、別な医師もうなずいた。

 「ただ、今回は明らかにきっかけがありましたよね。ちょっと、ご家族の方に訊いてみましょうか?」

 看護師の一人がそう言うと、医師二人もうなずく。

 「お願いします。これからも、何かありそうなので」

 それを聞き、看護師は病室の外に出ると、廊下をのろのろとエレベーターホールに向かって歩いている二人に声をかけた。

 「すみません、苅部さんのご家族の方ですよね。ちょっとお聞きしたいことがありまして」

 二人は立ち止まり、振り返る。

 「はい、何でしょうか?」

 少し憔悴しているような母親に代わり、敦が応えた。

 「先程、いきなり興奮状態になりましたけど、あれ、どなたかの名前を出したから、みたいに見えましたけど、あれは何だったんですか?」

 看護師の問いかけに、敦が答える。

 「……あれ、姉の亡くなった恋人の名前なんです。四年前に、大雨被害が出た地域があったでしょう? その人、実家がそこにあって、ちょうど実家に帰っているときに土石流に巻き込まれて、家ごと流されて……今も見つかっていないんです……」

 「……そうでしたか……」

 そのせいで、トラウマになってしまっているのだろう、と敦は言った。

 「姉は今でも、その人がいつか帰ってくると、心のどこかで信じてるみたいなんです」

 それを聞いた看護師は、大きく溜め息を吐いた。

 「……なるほど、よくわかりました。こちらも、患者さんを刺激しないように、気を付けたいと思います」

 「……どうか、娘をよろしくお願いします」

 楓子が頭を下げ、それに合わせて敦も頭を下げた。

そして看護師もまた、二人に向かって頭を下げた。

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