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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第二話 神隠し
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10.新たな局面

 和海はドアを閉めると、まだ頭を下げたままの春奈を残し、車を発進させる。事務所へと走り出してから、結城が改めて晃に尋ねた。

 「君が襲われた“陰の気の塊”というのは、一体なんだと感じたかな」

 「……正確には、僕じゃなくて深山さんが狙われたんですが……」

 晃はしばらく考えて、あれは人々の負の感情の塊だと言った。

 「……ひとりの意識ではありません。確かに最初は、一体の霊だったと思います。何かに怒り、憤り、絶望した挙句に命を失った人。その人の霊、というより(こご)った思いですかね……。それが“核”。その核が、あるときは死者の、あるときは生者の負の感情を吸い、成長してきたもののように感じました。放っておいては、危険な存在です。あれが、何故深山さんを狙ったのか、僕にはわかりませんが……」

 それを聞き、結城は大きく息を吐くと、あれが関係あるのかも知れんとつぶやいた。

 「私が〈過去透視(サイコメトリー)〉をした直後のことを覚えているかな。あのとき私は、『見てはならんものを見た』と言った。 それがなんだったのか、ここですべて話そう。小田切くんには、もう話してあるんだが」

 結城はあのとき、防空頭巾の少女に腕を引っ張られた若い女性が、突然空間に口を開いた“穴”に引きずり込まれる瞬間を見たと言う。その“穴”の奥に、“見てはならないもの”を見、引き込まれかけたのだ、と。

 「あのときは、早見くんが“気”をくれたおかげで、こちらへ意識を戻せたが、そうでなかったら本当に危ないところだった」

 「……でも、所長の意識を通して、うっすら“見てはならないもの”を垣間見たような気がします。だからこそ、深山さんに付き添ったほうがいいと思いついたのかもしれません……」

 「そうか。それなら、何を話しても大丈夫だな」

 結城は晃の顔を見ながら、改めて口を開いた。

 「私が見たものは、おびただしい数の、体が焼け崩れた人々の群れがこちらに手を伸ばしている光景だった。酸鼻の極みだったな。どこからか、人間の肉が焼けたらこういう臭いだろうという異臭も感じたよ。その人々から湧き出した、どす黒いオーラとも呼ぶべきものが周囲に渦巻いていて、それがまるでロープのように伸びてきていた。あともう少し、意識を引き戻すのが遅れたら、引き込まれただろうな」

 それを聞いた晃が、ふと漏らす。

 「……不思議ですね。普段はすぐに次の場面に変わってしまうような、断片しか見えないはずの所長が、そんなにはっきりとある程度の時間、情景が見えているなんて。滅多にないことでしょう」

 それを聞いた和海も、それもそうだと相槌を打った。

 「確かに、調子の悪いときにはわけのわからない断片しか見えないはずでしたよね。今回は、そんなに調子よかったんですか」

 和海に言われ、結城は首をかしげた。

 「いや……そういうわけではなかったんだが……」

 そのとき晃が、恐ろしいことをつぶやいた。

 「……所長の意識を通しているので、あやふやなんですが、相手は意図的に所長の意識を引き込もうとしていたんじゃないですか。だから、向こうが次の場面に飛ぶことをさせなかったのでは……」

 結城が顔色を失った。思い当たったのだ。

 「……僕は、そのどす黒い“もの”を感じたんです。それで咄嗟に、深山さんに付き添っていこうと思いました。どす黒い“もの”は、明らかに生きている人間の精気を欲していると直感させるものがあったので。本当に襲ってくるとは思いませんでしたが……」

 車内に、しばらくの間沈黙のときが流れる。

 と、突然晃が口を開く。

 「……所長。今度標的にされる可能性があるのは、所長じゃないんですか」

 結城も和海も、何を馬鹿な、とは言わなかった。ただ、黙ってうなずくだけだった。

 「……深山さんが狙われた理由は、まだわかりません。唯一考えられるのは、防空頭巾の女の子を見たこと。それくらいしか、思い当たる接点がありません。ですが、そういう意味では、所長も“視ている”んですよね、その女の子を……」

 そのとき、結城があっと声を上げた。

 「そうだ、あのとき、“穴”に女性を引き込むその瞬間、あの子は私に“気がついた”。過去を“視ていた”私の意識に、あの子は気づいていた。ずっと奇妙な違和感があったんだが、そういうことだったんだ」

 結城が頭を抱えた。

 「あのとき、あの子はわずかに視線をずらしてこちらを“見た”。今思い返してみれば、間違いなくあれは偶然ではない。私を“見た”んだ。なんてことだ……」

 和海も、かける言葉が見つからずに、困惑したまま前方を見据え、ハンドルを握っている。

 「……でも、それは重要なヒントですよ」

 晃の言葉に、結城が動揺を隠せないままに反応した。

 「どういうことだ。ヒントとはなんだ」

 「……それは、その少女が“現世を彷徨う霊ではない”ということですよ。現世の因果律に縛られていないから、“未来からの視線”に気がついた……」

 結城は、晃の言葉の意味がわからず、呆気に取られた表情のまま、晃を見つめた。

 「……これはあくまで僕の推測ですが、その少女は、本来居るべき世界がある。現世とは別の。それが何であるかはわからないですが。そして、何らかの事情があったときのみ、現世にやってくる。ずっと現世を彷徨っているわけではないので、現世の因果律の外にいる。そういうことではないかと思うんです……」

 ここまで話して、晃は少しつらそうに目を閉じ、大きく息を吐いた。

 「すまん、まだ回復していないというのに、いろいろしゃべらせすぎたか」

 結城が、晃を気遣う。けれど晃は、目を開けて首を横に振った。

 「……大丈夫です。ただ、これでもう一度あの陰気の塊に対峙出来るかといったら、それは無理ですが」

 「それはそうだろうな。だがな、この状態で君に頼ろうと考えるほど、状況が読めない男ではないから、その点は安心してくれ」

 結城は晃に、これからの道程はゆっくり休むようにといい、和海にCDでもかけるようにと告げた。和海は、自分の好きなJポップアーティストのベストアルバムをスタートさせた。車内に、軽快なアップテンポの曲が流れる。

 (遼さん、もし今、所長が狙われたら、どうしようか。“本気”になれば、今だって何とかなりはするんだけど)

 (やめとけ。この二人の前で“本気”になったら、俺の存在まで完全にバレる。素性を完全に察知してなお、以前と変わらん態度を貫けるやつは、ほとんどいないぞ。それ以外の選択肢がない状態になるまでは、霊感のあるやつの前では“本気”になるな)

 (周囲が完全な闇なら、まだ使える可能性はあるよね。二人とも、気配は感じても、闇を見通すことは出来ないものね)

 (それはそうだが……。いよいよとなるまで、使うなよ。相手に対しても、手の内明かすことになるんだからな)

 (わかってるよ)

 晃はふっと息をつくと、そのまま車内に流れる音楽に耳を傾けた。

 ただ聞いているだけのつもりだったが、思いのほか疲労がひどかったらしく、そのまままどろみ始める。

 それに気づいた結城は、和海にボリュームを絞るようにいい、自分のジャケットを脱いで晃の体に着せ掛けた。


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