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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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09.虚影

 そこは古い板張りの壁や天井を持ち、床が土間となっている部屋は、出入り口らしいところが見当たらなかった。

 禍神が本拠と定め、主だったものを集めるときに使う館の一室。

 そこに禍神と、その配下である三体の鬼、黒猿と呼ばれた妖、それぞれの主な配下の妖などが一堂に会し、部屋の中を埋めていた。

 その数、およそ三十体余り。

 その前に立った禍神は、いつになく厳しい顔をしていた。

 「皆も知るとおり、例の霊能者が、儂がうぬらのために創っておいた隠れ家(異界)二ヶ所を潰した」

 禍神の言葉にも、すでに周知の事実だったためか、微かなざわめき程度の声しか漏れてはこない。

 「しかも、あ奴の真の姿がわかったのじゃ」

 それには、戸惑ったような声がそこここから上がる。

 「あ奴は、人間ではない。『生ける死者』じゃ。体こそ人間じゃが、その魂は死霊と混ざり合い、半ば物の怪と化していると言っても過言ではない存在じゃった」

 禍神は、さらに顔をしかめる。

 「しかもじゃ。あ奴は“魂喰らい”を使っておったのじゃ」

 これには、驚きの声がうねりのように部屋に広がっていく。

 「これではっきりした。厳鬼も、濫鬼も、“魂喰らい”の力で奴に喰われたに相違ない。今まで、“贄の巫女”の側にべったりくっついておったゆえ、わからなかったのじゃが、儂の目の届くところまで出張(でば)ってきおって。のちのために配下として集めておいたモノどもを、消し去る真似をしてくれたわ。忌々しい奴じゃ」

 今回は、禍神の側が不意を突かれた形になった。

 今まで、いわば“専守防衛”に徹していた存在が、いきなり先制攻撃をしてきたようなものだ。

 そして虚影自身が、式神を通してではあったが、相手の実力をこの目で確かめた。

 いくらそう強力な存在ばかりではなかったとはいえ、一撃で相当数の妖を浄化の力で消し飛ばされ、さらには“魂喰らい”でその場の(おさ)に当たるモノが喰い尽くされ、消滅するさまをも確認してしまったのだ。

 あれはすでに、人ではない。

 死霊と魂が混ざりあっている存在など、長くこの世に居た虚影でさえも、見たことなどなかった。

 そういう存在が生まれる可能性があることは、知っていた。だが、実際に生まれるとは到底思えなかった。

 その実物を実際に確認して、しかもそいつが敵であるという事実に、虚影は苛立ちが増していくのを抑えられなかった。

 下手に配下を送り込めば、“魂喰らい”によって喰い尽くされて虚無となる。

 あの力で消滅したのなら、こののちいかなる方法を持ちいても、その魂さえ救い出すことは不可能。

 自らが、似たような力を持つだけに、その危険性は相当に高いと言わざるを得なかった。

 「さて、今日集まってもらったのは他でもない。その『生ける死者』である霊能者から、うぬらの身の安全を図るため、異界を創り出しておる結界の強化が喫緊の課題となったのじゃ」

 本来、異界の結界は、人間の目を欺くためのもので、普通はそこに異界の入り口があるなどということは、気づくはずのないものだった。

 そのはずだというのに、あの霊能者は入り口を看破して中に突入し、そこに居たモノたちをことごとく殲滅したのだ。

 「繰り返すが、あ奴には手を出すな。今までは、力を削ぐためにそれなりに力のあるモノを送り込んではいたが、もはやそれは、いたずらに戦力を減らすだけと知れた」

 虚影は、この場に集まったモノたちをざっと見渡し、最後に三体の鬼に目線をやって微かにうなずくと、(ふところ)から何本かの黒い石柱を取り出した。

 「ここに、儂が力を込めし守り石がある。これを使い、結界を強化するのじゃ。急げ。次にどこに現れるか、知れたものではないのじゃぞ」

 それを聞き、この場にいたモノは、黒々と光る六角柱の形をした守り石を受け取ると、次々とどこへともなく姿を消した。

 あとには、三体の鬼が残る。三体は、その場で(ひざまず)いた。

 「……さて、漸鬼、劉鬼、蒐鬼。おぬしらに残ってもらったのは他でもない。おぬしらには、()()の強化のための段取りをしてもらいたのじゃ」

 「……ここ、とは……まさにこの場所のことでございますか?」

 漸鬼が、少し戸惑ったような顔で、虚影を見上げる。

 「その通りじゃ。儂の勘じゃが、あ奴はいつか、ここへやってくるであろう。その時、あっさりと突破されるわけにいかんのじゃ」

 いくらここには、虚影にとっても最強の配下がいると言っても、結界を破ることが出来るほどの実力者では、喰い尽くされる危険がある。

 だが、仮に破られたとしても、それで消耗するほど強固なものであるのならどうだろう。

 中に入ってきたときには、疲れてまともに戦えない状態になっているのではないか。

 そして、そういう形に持っていくためにも、この場所の強化は欠かせなかったのだ。

 「他の場所なら守り石で済むが、ここはそういうわけにいかんのじゃ。やはり、人柱が必要じゃろうのう」

 「……人柱、ですか」

 劉鬼が、つぶやくように言葉を返す。

 「そうじゃ。しかも、条件があっての。人柱が封じられる時、心静かにいられる状態であることが条件じゃ。ちと厄介じゃがの」

 人柱が静かにしていなければ、その効果は望めないという。

 つまり、だましたり言いくるめたりして連れてきた者では、いざという時に我に返って騒いだりする可能性が高く、そうなると人柱として意味をなさないのだ。

 何故なら、人柱として封じるときに心乱れていると、それが術と干渉してしまい、術そのものが不発に終わることになるのだという。

 しかも、封じられるその瞬間まで、人柱は意識を保ち続けていなければならない。そうしなければ、これまたうまく術がかからない。

 そこが、命を奪っても構わない生贄との決定的な違いだった。

 生贄を使っての結界の強化も出来るが、それではおそらく強度が足りない。

 式神を通して“視た”霊能者の()()。“魂喰らい”だけではない。『生ける死者』などという存在そのものが、異様で不気味だった。

 相手の浄化も力もまた、並の結界を突き破り、内部への侵入を容易とする。

 あの力を止めるためには、より強固な力を引き出せる人柱でなければ、無理だろう。しかし……

 どうやって、人柱を確保するのか。しかも、心乱れぬまま、最後まで意識を保ったまま、術を受け入れてもらわねば、相手の突破を防げる結界とはならないだろう。

 こればかりは、いかに虚影であろうとも、如何(いかん)ともしがたい。

 人柱が心静かに封じられれば、男だろうと女であろうとある意味問題ないので、かつて濫鬼が使っていたような、人を支配し、操る力で自分の意志をなくしているような状態の者であっても、最悪構わなかったのだが。

 「こういう時に、つくづく思うの。早まってくれたものじゃ、濫鬼よ……」

 虚影が顔をしかめると、三体の鬼は体を縮こませて頭を下げる。

 濫鬼が飛び出す直前、彼女と顔を合わせていたのは間違いないし、何なら止めることが出来たかもしれなかったのだから。

 かつて、禍神が今の“虚影”という呼び名ではなく、別な名で呼ばれていた頃、神に選ばれれば皆、唯々諾々(いいだくだく)と従い、おとなしくその身を捧げたものだった。

 今は、人とは違うモノたちの存在を信じる者も減った。神に選ばれたと言われても、ピンとこないものが大半だろう。

 さすがに、そういう世の中になったということは、この場にいる全員が理解していた。

 そういう世の中に生まれ育った人間が、人柱といわれて素直にそれを拝命するとは、到底思えなかった。

 力づくでさらってくることは、簡単に出来る。その先が問題なのだ。

 「人柱以外の方法はございませんか? 調()()が少々難しいかと……」

 蒐鬼が、困ったような表情を隠さずに、尋ねてくる。

 「生贄という方法もあるにはあるが……。何人もの生贄が必要で、しかも生贄となる者には細かい条件が付くのじゃ。それでいて、一人の人柱によってなされる強化より、効果が落ちる。難しいところじゃの」

 虚影が、神として十全の力を持っていたならば、結界の強化など簡単であった。生贄や人柱など、使う必要もなかった。

 しかし、封印を解かれた直後に比べれば、見違えるほどに力を取り戻したとはいえ、神としては不完全。

 人柱とされた者が持つ、生命力や霊力といったものを、最大限に利用する形でなければ、結界の強化はままならない。

 少し効果が落ちても、無理矢理さらってきても大丈夫な生贄を使う方法は、生贄自体の条件が厳しく、面倒であった。

 虚影によれば、新たなる年を迎えるその瞬間、一月一日午前零時に産まれた、俗に“神の内”と言われる七歳以下の女児が五人必要で、一気に犠牲にしなければならないので、五人集まるまでは儀式が出来ず、その間集めた子供を生かしておかなければならない。

 濫鬼の毒は、こういう時に使えたのだが、喪われた者には頼れない。

 ならば、一人の大人で済む人柱のほうが楽かといえば、先の理由によりこれもまた厳しい。

 虚影自身の力である程度強化は出来るが、結界を破った時に、相手が消耗して戦えなくなっているとは到底思えなかった。

 もちろん、虚影自身が戦えば、いくらでもやりようはあり、例え人外の存在といえど、後れを取るはずなどなかったが、それは最奥まで相手が突入してきたことを意味し、被害甚大となっている可能性が高い。さすがに、それはまずい。

 かといって、迎え撃つために入り口近くに陣取ったなら、その存在を他の神々に知られる可能性が高くなる。

 かつての力を取り戻せていない今、神々に見つかったら、今度は“封印”ではなく“抹殺”となりかねない。

 思うように進まない事態に、虚影は苛立ちを隠せなかった。

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