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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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06.那美

 “贄の巫女”の周辺に張り付いている式神が読み取ってくる向こうの様子が、急にぼやけるようになった。

 まるで、四六時中結界の中にいるかのようだった。今までは、家の外ならよく“視えた”のに。

 巫女本人だけではない。周囲にいるはずの家族の様子も、ぼやけてしまって“視えない”。

 (……これは、例の霊能者が何かやらかしたか?)

 虚影は、那美の中で半ば眠りながら、苛立ちの気持ちを抑えきれずにいた。

 那美はと言うと、ここ数日寝たり起きたりを繰り返していて、自室を出られない状態が続いていた。

 明日にも、精密検査を受けるために入院することが決まり、知らせを受けて、実家から母親の楓子(ふうこ)が、昼過ぎに部屋を訪れていた。

 「あんた、こんなになるまで無理する必要なんてなかったのに」

 「……別に、無理なんかしてなかったわ。急におかしくなったのよ……」

 那美としては、特に何をしたわけでもないのに、急に動けなくなったとしか言いようがなかった。

 母親が来るまでに、何とか虚影のための祭壇は片づけたが、母親が変なところをいじらないか、那美は内心動揺していた。

 「……ねえ、那美。あんたが仕事命になっちゃったのは、やっぱりあれだよねえ……」

 楓子が何かを言いかけたとき、那美が苛立ちを隠さない口調でそれを遮った。

 「言わないでよ! ママには関係ないじゃない!!」

 「関係なくはないでしょう……。それにしても、あれから四年も経つのよねえ……」

 「うるさい!! そんなことここで言うなら、今すぐ帰って!!」

 怒鳴ってから息が切れ、苦しげに顔を歪めながら肩で息をする那美の姿に、楓子は戸惑いの表情を浮かべる。

 「……わかったわよ。もう何も言わない」

 楓子は溜め息を吐くと、気を取り直したように改めて那美に向き直った。

 「明日には入院するんでしょ。必要な物は全部あるの?」

 「一応、あると思うけど……」

 言いながら、ベッドの近くにあるテーブルの冊子を指さす。それは、病院から渡された、入院の手引き書で、入院時に必要な物や、準備しておいた方がいい事柄などが一通り書かれていた。

 楓子はそれを手にすると、必要な物がリストになっているページを開き、一つ一つ那美に場所を確認しながら載っている物を集めていく。

 それを、持参した大きめのバッグに詰め込むと、ベッドの傍らに置き、(那美)に声をかけた。

 「必要な物で、部屋にあったものは全部ここに入れたわよ。でも、まだ足りないものがあるから、ドラッグストアで買ってくるから」

 そう言うと、楓子は部屋を出て行った。

 (……虚影様。私はいったいどうしてしまったんですか? 大丈夫だとは言われますけど、ちっとも体調がよくならない。どうしたら、また前のように動けるようになりますか?)

 (今までの無理が、祟ったのであろうて。案ずるでない。儂が力を与えた者じゃぞ? そんな弱気でどうするのじゃ? 望みがあるのであろう?)

 (あります! 望みを叶えたいです!)

 (ならば、余計なことを考えずともよいのじゃ。悪いようにはせん)

 虚影にそう言われれば、うなずくしかない。不安がないとは言えないが、自分はこの神を信じると決めたのだから、これからも信じ続けるのだ。

 那美は自分にそう言い聞かせていた。

 今まで、(禍神)の言葉に従い、あちこちの寂れた祠に封じられていた彼の配下のモノたちを解放し、力を取り戻す手伝いをしてきた。

 祠の中には、人でしかその封印を解く、あるいは破壊することが出来ないように、術式を組んであるところもあったというから、自分が行くのは当然だと思っていた。

 だが、考えてみるとここ最近は、封じられていた場所があまりにもいわくつきの場所だったりして、瘴気に当てられて気分が悪くなってしまったことも何度もあった。

 今回のこれは、きっとそれが出てきたのだろう、と那美は思った。

 しかも、一度では封印を破壊出来ず、二度、三度と出かけることもあった。

 それだから余計に、体調も悪くなっているのかもしれない。

 そうに違いない、と那美は考えた。

 ならば、やはり体を休めることが必要なのだろう。入院というのも、いい機会なのかもしれない。

 そこまで考えたとき、楓子が帰宅した。

 「足りないものは、買ってきたよ。明日は朝からバタバタするだろうから、今日、ここに泊まるわよ」

 楓子の言葉に、那美は内心焦った。

 クローゼットに取りあえず押し込んだ、虚影のための祭壇を、見つけられたら面倒なことになる。

 母親はあれでも、実家が、かなり古くからある地域の氏神を祀った神社であり、そこの神主の娘なのだ。

 ある程度神事についての知識がある母親に、祭壇を見られたくなかった。

 「泊まらなくていいわよ。朝、迎えに来てくれれば」

 「何言ってるの。家からこの部屋まで来るのに、電車でたっぷり一時間半はかかるのよ。病院の開く時間に合わせていくとなったら、さらに早くここに着かなくちゃいけないでしょ。それより、ここに泊まったほうが、時間の無駄がないんだから」

 それは確かにその通りなのだが、そもそも人を泊められるような部屋ではない。

 「……寝具の用意がないのよ、ママ。床に寝る気?」

 それを聞いた楓子は、呆れたような顔をする。

 「床になんか直接寝ないわよ。大体、寝具の用意がないだろうってことくらい、わかってた。だから、こっちも用意してあるの」

 そう言って、訪ねてきたときに背負っていたリュックのファスナーを開ける。すると中から、オレンジ色のきんちゃく袋に入った円筒形の物を取り出した。大きさは、長さ三十センチ余りで、直径十数センチ。

 きんちゃく袋から同色のそれを広げると、寝袋(シュラフ)の類だ。

 「いざって時のために買っておいたの。本来は、アウトドアやなんかで使うんだけど、もし何か災害があって、避難所へ行ったときにこれに潜り込めば、寒くないでしょ」

 この寝袋を使えば、室内なら何とかなる、ということらしい。

 そういえば、最近山歩きが趣味になっているという話を以前していた。それの一連の絡みで、アウトドアショップに顔を出しているうちに、これが目に留まったようだ。

 「これに部屋着のまま入り込めば、そうそう寒くないわよ」

 自分の母親の無駄なたくましさに、那美は頭痛がする思いだった。

 「……わかったわよ。でも、余計なところはいじらないでよ。いくら親子でも、プライバシーってもんがあるんだから」

 かなりイライラした口調でそう言うと、楓子は苦笑しながらうなずいた。

 「わかってる。あんたがいじるなってところは、いじらないから」

 取りあえず言質は取った。これで余計なところを無遠慮にいじるようなら、どんなことをしても部屋から追い出してやる、と心に決め、ベッドに横になった。

 正直、母親への対応をしただけで、ひどく疲れを感じる。

 ぼんやりとしていると、眠くなってきた。

 「……ママ、ちょっと眠くなったから、寝るわよ……」

 「ええ、いいわよ。あんたが起きるまでの間に、何か暖かいものでも、作っておいてあげるね」

 楓子の言葉を聞きながら、那美はそのまま眠りに落ちる。

 夢など見ないほど眠っていたはずが、ふいに目の前に情景が広がる。

 それは、つい先日封印を破壊した山の中の光景そのものだった。辺りには、昼間だというのに微かに何かが(うごめ)いている。それも、相当な数が。

 その時、蠢いていた何かが、まるで暴風に吹き飛ばされるかのように消し飛んでいく。なんだと思ったら、斜め後ろから若い男が姿を現した。

 顔がよく見えないし、なんとなくその姿がぼやけているような気がしたが、那美は直感した。こいつが、あの白狐の姿で自分に対峙した霊能者だと。

 そのうち、かなり力があると思われるモノが、男の前に立ちはだかる。人間ほどの大きさの、黒い犬のような姿をした妖だった。

 牙を剥き出しにして吼える犬に、男は全くひるむことなく近づく。すると、力なく垂れさがる左腕とは別な、半透明の左腕が目に入った。

 犬が襲い掛かるその瞬間、半透明の左腕が犬に向かって振るわれる。

 その刹那、犬はその姿があっという間に見えなくなった。直後、今度は右腕を振ると、その場にわずかに残っていた妖どもがまたも消し飛ぶ。

 そして、男がこちらを向いた。

 以前、『女のような顔の男』と聞いていた。その通り、中性的で整いすぎているとさえ思う美しい顔。だが、その顔を見た途端、那美は背筋に寒気が走った。

 その美しい顔には、一切の表情がなかった。まるで、人形のように見えた。その目さえも、ガラス玉のようで、生きている人間には到底見えない。

 それが、逆に例えようもなく恐ろしかった。

 次の瞬間、男がこちらに向けて右腕を振った。途端に、自分の視界が崩れ、闇に閉ざされていく。

 声にならない声を上げ、飛び起きかけて起き切れず、体がそのままベッドに沈む。

 今、自分は何を見た!?

 夢だと思いたいが、夢にしてはリアルすぎた。

 人形のような無表情のあの顔が、脳裏に焼き付いている。

 まるで、人の姿をした化け物だった。冷や汗が止まらない。

 那美は気づいていなかった。今見た光景が、実は夢などではなく、眠ってしまったがゆえに無意識域で精神が繋がって、放った式神を通じて虚影が見ていたものを夢の形で見てしまったものであることを。

 どうしたの、といいながら自分のところへ急いで駆けつけてくる母親の姿を見ながら、那美はまだ体の震えを止められないでいた。


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