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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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05.願い

 結果的にはあのタイミングになったが、まったくのノーヒントで監禁場所にたどり着いたのだと思うと、それは感謝しかない。

 そのきっかけになったのは、アカネに聞こえていた一方通行の自分の“声”だったのだ。

 (それでの、アカネに頼まれたのだ。これは、晃殿の了解を得なければならぬのだが)

 (それは、何ですか?)

 (アカネは、そなたの正式な識神(しきがみ)になりたいと言ってきたのだ。承知してくれるか?)

 晃は軽く驚いた。アカネは、あくまでも術でただ従属させただけで、無理に命じたことはほとんどない。それは、人によって傷つけられたアカネの心を(おもんぱか)ったから。

 アカネのほうから、そう申し出てくるとは、思っていなかった。

(識神になれば、そなたとの結びつきは強固になる。そなたに何かがあったとしても、すぐさま何があったか、どこにいるのかが察知出来るであろう。だからこそ、アカネはそれを望んでおる)

 (……巻き込んでしまうかもしれません。僕は、いつ破滅の道に堕ちるかわからない。識神にしてしまったら、アカネも巻き込んでしまう……)

 (それは承知の上であろう。アカネは言っておったよ。『あるじ様のいない現世(うつしよ)になど、居たくない』との)

 (……わたい、ずっとそう思ってる。わたい、あるじ様といたい。あるじ様が本物の化け物になったら、わたい止める。そして、一緒に幽世(かくりよ)へ行く)

 (アカネ……)

 アカネが、そこまで思っているとは思わなかった。

 自分のすぐそばにいるアカネに、そっと手で触れる。長い毛足の手触りが伝わってくる。

 アカネがある意味ここまで思いつめたのは、自分のせいだ。

 今更巻き込まないように突き放したところで、アカネは納得せずに追いすがってくるだろう。

 なら、認めよう。識神のこと。

 それに、アカネが識神となれば、アカネの感覚を共有して、自分もまたアカネが見ている物を見ることが出来るようになる。

 今までは、それをするとかなり消耗することになったが、識神であるなら、感覚の共有も簡単だ。

 そうして会話しているうちに、薬が効いてきたのだろう、動悸も震えもすっかりおさまり、落ち着いてきた。

 もう、タバコの臭いを嗅いだとしても、あんな発作は起こらない。

 晃はゆっくりと体を起こした。かけられていたコートを適当に二つ折りにし、荷物が置いてあるところに置くと、改めて人が集まっている方へと向き直る。

 フラッシュバックの引き金を引いたと、まだ家族から責められている俊之と、間に入って宥めている結城と和海の姿が目に入った。

 「あ、早見さん、大丈夫なんですか?」

 晃がこちらを見たのに気づいた舞花が、心配そうに声をかけてくる。

 それをきっかけに、他全員がこちらを見た。

 「もう大丈夫です。心配かけて、すみません」

 そう言って晃が頭を下げると、途端に彩弓がかぶりを振る。

 「そんな心配だなんて。この人が悪いんだから、謝る必要なんか、ありませんよ」

 直後に、彩弓は俊之を肘で小突く。

 「ほら、ちゃんと謝りなさいよ」

 他の家族にもどこか白い目で見られ、俊之は気まずそうに口を開く。

 「……まさか、ああなるとは思わなかったんで。本当に申し訳ない。聞いてはいたんだけど、あんなにひどい状態になるとは……本当に済まない!」

 頭を下げる俊之に、晃は静かに答えた。

 「頭を上げてください。今回は、たまたまそうなってしまっただけですから」

 もっとも、晃自身はフラッシュバックを起こしている間、どういう状態だったかわからない。

 外から見た自分がどうだったか、わからないのだ。

 こうしてみると、相当ひどかったらしい。

 俊之はと言うと、晃がいるときにタバコを吸うのなら、タバコの臭いが完全になくなるまで晃に近づかないことを、約束させられていた。

「出来れば、禁煙してほしいんだけど」

 彩弓に言われ、俊之は体を縮こませて恐縮しながら唸る。

 「……禁煙なあ……」

 明らかに渋っているのがよくわかる。

 今回は本当に、たまたまこういうことになってしまったが、こればかりは本人の嗜好の話で、晃がとやかく言うことではないと思っている。

 ただ、今までは煙を直接吸うのを苦手にしていたが、これからはもっと気を付けないといけないかもしれない。

 フラッシュバックは、いつ起こるかわからない。しかも、一度起こってしまうと、自分ではどうすることも出来ないのだ。

 結局俊之は、禁煙するとははっきり言わなかった。

 それで、家族の圧力が余計に高くなったような気がしたが、これは家族の問題だから、自分がどうこう言うことはないはずだ。

 それよりも、晃は考えていたことがあった。それをここで伝えておかないと。

 「実は……近々、また神社めぐりをしたいと思っているんですが」

 言った途端、結城や和海はおろか、川本家の一同までもが、晃を凝視した。

 「ちょっと、そんな不安定な状態で、また出先で何かあったらどうするのよ!?」

 和海が、心配のあまり怒ったような顔でたしなめる。

 「もちろん、今までみたいな形は取りません。行くのはせいぜい、僕と万結花さんともう一人、家族の中から立会人になる人。この三人だけで行きます。二人くらいなら、僕一人でも護れますから」

 そして晃は、雅人に目を向ける。

 その視線の意味を察した雅人は、渋い顔になった。

 「……立会人とやらには、おれがなれってか?」

 「一番適任だと思う」

 以前雅人には、元々その三人だけでこじんまりと行くつもりだったとは話した。

 雅人もその話は覚えているらしく、ぶすりとはしているものの、否定の言葉は出てこない。

 「もちろん、万全の準備はしていくつもりです。今日渡した結界の守り石も、その一環ではあるので」

 何重にも“安全装置”をかけて、よほどのことがない限り傷ひとつ付けられない状態にまで持っていってから、行くつもりなのだと、晃は話した。

 「ちょっと待ってね。今、話し合うから」

 彩弓はそう言うと、晃から少し距離を取ったところに家族全員を集め、ぼそぼそと話を始める。

 晃からの申し出に、どうするかを話し合っているのだ。

 「……早見くん、万結花さんを想う気持ちは分かるが、ちょっと性急すぎないか?」

 結城が少し困惑したような表情を浮かべながら、晃を問いただす。

 「……自分でも、自覚はあります。でも、そうぐずぐずしてもいられないので」

 晃の言葉に、妙な違和感を覚えたのだろう、結城の困惑度合いがひどくなる。

「晃くん、ぐずぐずしていられないって、どういう意味? まさか……」

 和海も、何かに気が付いたようで、顔色が青ざめてきた。

それでも、晃の考えは変わらなかった。

 もちろん、万結花に仕えるつもりの神を決めてもらい、わずかでもその神の庇護を受けられれば安全性が増すのは事実だし、そうしたほうがいいと自分でも思う。

 ただ、それだけではない。もう一つ、目的がある。

 今となっては、そちらのほうが自分の中では重要になっていた。

 その目的もまた、回りまわって万結花の安全を守ることにつながるはずだ。

 自分に残された時間は、そう多くない。だからこそ、出来る限りのことをしたい。

 そうこうするうち、話し合いの結果が出たようで、俊之と雅人が晃のほうに向き直った。

 「……神社めぐり自体は、行った方がいいと思うんだが、早見さんの体調が心配なんだ。もう少し、落ち着いてからでいいんじゃないかな。もう少ししたら、もっと気候も良くなるだろうし」

 「慌てる必要は何にもないんだ。早見、焦るなよ」

 二人にそう言われ、晃は微苦笑を浮かべる。

 「……そうですね。少し、急ぎ過ぎたのかも……」

 口ではそういいつつも、内心はある決意をしていた。万結花のために、やれるだけのことをやる。

 彼女を、禍神の手に渡さないために。


 このお話の中での区分として

 

 式神=弱い浮遊霊などを核として、術によって人為的に作り出された存在


 識神=確固たる意志を持った存在(霊や妖などというモノ)が、術によって繋がりを持つことになった


 という分け方をしています。

 これ以降も、すべてこの区分けとなりますので、ご了承ください。



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