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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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02.変容

 晃の退院から一ヶ月ほどが経ち、結城探偵事務所には、表面上はいつもの日常が戻ってきていた。

 川本家のほうにも、相変わらず有象無象の霊や妖がやってきているそうだが、結界を揺るがすような力を持った存在は現れていないらしい。

 しかし、誰もが嵐の前の静けさのように思えて仕方がなかった。

 禍神側が、このまま何もしないで終わるはずがないからだ。

 晃はと言うと、今までのパワーストーンのお守りのほかに渡すのだと、親指の先程の大きさだが、本物の水晶球を川本家の人数分購入し、それに一つずつ時間をかけて念を込め、新たなお守りを作っていた。

 それは、個人個人に護りの結界をもたらす力を持ったもの。

 狙われるのは、万結花だけではない。ならば一番危険性の高い、本人も含めた家族全員に個人を護る結界があったほうがいい、という考えだった。

 結界があれば、少なくともいきなり襲われて最悪の結末になる可能性が、相当に低くなる。

 それともう一つ、晃がこれを渡そうと考えた別な理由もあった。

 まだ誰にも言ってはいないが、晃の心にある思いが湧き上がっていた。

 『自分は、万結花との約束を守れそうもない』

  “彼女が社会に働きに出て給料をもらい、使える神を定めるまで護る”というのが、彼女と交わした約束だった。

 だが、おそらくそれは(かな)わないだろう、という予感があった。

 自分のほうが、それまで持たないと思えるのだ。

 どう考えても、代償である穢れに飲み込まれる方が早いだろうと。

 ならば、彼女のためにどうするか。

 晃の心の中には、およその答えがあった。その答えにたどり着くためには、万結花とその家族が敵によって決定的な事態に追い込まれてしまうのを、防がなければならない。

 人を操って襲わせる、などという力を持つものは、そうそういないだろうとは思う。

 可能性としてはゼロではないので、気を付けるに越したことはないが、それより妖や悪霊に襲われる方が、危険性は高い。

 だからこそ、身に着ける者に護りの結界をもたらすお守りは、きっとあの人たちを護ってくれる。

 水晶球を壊してしまわないように、慎重に念を込め、それが結界として働くように整えていく。

 一つの水晶球に二日の時間をかけて念を込める。

 この日も大学から帰った後、一時間以上を使って最後の仕上げを行い、護りの水晶球はすべて完成した。

 あとは、これを持っていくだけだ。

 大学のカフェテリアで、雅人とはよく会うが、これは自分で川本の家に持っていった方がいい。何せ向こうには、アカネや笹丸がいる。

 アカネが本当は自分に会いたがっていることは、雅人の口から聞いていた。

 自分が不甲斐ないばかりに、アカネに負担をかけていると思う。顔を見せて、安心させてあげたい。

 次の週末にでも訪ねることにして、晃は自室を出て階段を降り、事務所にしている部屋に入った。

 「今から、事務仕事手伝いますよ」

 晃はそう言って、いつものデスクに行くと、椅子に座ってデータの整理を始めた。

 「……早見くん、今まで何をしていたんだ? ここのところ、ずっと何かやっていただろう」

 結城が、どこか心配そうに尋ねる。

 「個人に、結界が張れる護りの水晶球を作っていたんです。これを、川本家の人たち全員に持ってもらえれば、万が一にときにも最悪の事態を避けられますから」

 「なるほど」

 すると、今度は和海がおずおずと口を開いた。

 「……ねえ、晃くん。あなたは大丈夫なの? あなただって……その、狙われてるでしょ?」

 晃は、一瞬の間をおいて、答える。

 「……大丈夫ですよ。人を直接操るなんてマネ出来るような存在は、そうはいないですから」

 「でも……」

 晃を案ずる口調で、さらに言葉を続けようとする和海を制して、晃のほうが続けた。

 「……あの時だって、僕は逃れる隙がなかったわけじゃない。掴み掛られてから、タバコの煙を吸って咳き込んでしまうまで、数秒あった。その間に、もっと抵抗すればよかったんです……」

 「しかし、四人がかりでは、いくら何でも無理だろう……」

 結城がそう言うと、晃は淡々とした声でさらに応える。

 「……抵抗は出来ましたよ。相手の目を潰すなり、腕をへし折るなりすれば、逃れられたと思いますから」

 「ちょっ!?」

 結城も和海もぎょっとした顔で、晃のほうを見た。

 晃としては、前々から考えていたことだったので、特に動揺もなく相手を見ていたが、二人のほうが晃の顔を見て顔色を失っている。

 「……だって、そうでしょう? あの時、相手の片眼や片腕、片脚でも潰していれば、僕はあんな目に遭わなかったし、あいつらだって僕に喰い殺されないで済んだ。双方にとって、その方がよかったはず。だから、ちゃんと抵抗するべきだったんですよ」

 当たり前のようにそう言うと、晃は作業に戻ったが、二人の視線を妙に感じた。

 (……遼さん、どうして二人とも、僕のほうを気にして見ているんだろうね?)

(……自覚はないか。お前、自分で言ってることが、前と変わってること、気が付いてるか?)

 (そう?)

 遼にそう言われても、よくわからない。遼もどうやら、自分のことを案じてくれてはいると感じるのだが、なぜこれだけ心配しているのかがわからない。

 確かにあの事件の後、少し考え方が変わったかもしれない。でもそれは、自分には先がないと感じたからこそ、ならどうするかと考えた末のことだ。

 だが、探偵事務所の二人も、遼も、心配する方向性が違うような気もする。でも、何がどう違うのか、わからない。それより、もっと大事なことを確認しておく。

 (……そうだ、遼さん。ちゃんと“約束”は守ってよ。僕は、親しい人を手に掛けたくなんかないんだから)

 (……わかってるさ。そうしなければならないときは、ちゃんと“約束”は守る)

 (……よかった……)

 再度、あの時の“約束”を確認して、晃は安堵した。

 その確認さえ取れれば、自分は後顧の憂いなく進んでいける。

 遼と対話していて手が止まった分、晃はてきぱきと作業を続けた。

 将来、こういう事務仕事は必ずすることになるからいい練習だ、とそこまで考えて、ふと思う。

 本当に、こういう事務仕事をするほど()()()()()()()()()()()()()

 穢れに飲まれる時期はわからないが、万結花との約束が守れそうにないなら、自分が事務仕事をするようなことはないだろう。

 それを思うと、少し残念だと思う。

 でも、今更の話だ。

 こうなることは、薄々わかっていたような気がする。

 それに、命を削るあの一撃のことを考えれば、同じようなものではないか。

 あれをあと三回使えば、自分に残された寿命はわずか数年となる。それと同じだ。体が持たなくなるか、精神が持たなくなるか、その違いでしかない。

 ただ、寿命が削れるなら、それこそ普通に死んでいくだけだろうが、精神が侵されたら、遼との約束がなければ、周囲に破滅と混乱をもたらすだけの災厄となってしまう。

 遼は、約束を守ってくれるだろう。彼こそ、自分が災厄となることを望んでいないのだから。

 取りあえずは、目の前の仕事に集中しよう。自分に将来がないからといって、投げ出して迷惑をかけるわけにはいかないのだ。

 周囲が不審に思うから、司法試験のための勉強は続けよう。

 それでも、自分がその試験を受けることは出来ないだろう。予備試験を受けて合格し、さらに本番の試験を受ける形になる。間に合うとは思えない。

 万が一受けられ、合格したとしても、司法修習生として研修を積む必要がある。

 そこまで、自分が持つだろうか。持つはずがないと思う。その前に破滅がきっと来る。

 だから、夢を見るのはやめる。

 今は、万結花のために全力を尽くす。彼女の憂いをなくすのが、今の自分の“夢”だ。


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