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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第十話 君の行く道
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01.プロローグ

 そこは、かつて【黒猿】が創り出された空間。古い板張りの壁や天井を持ち、床が土間となっている部屋だった。相変わらず、出入り口らしいところが見当たらない。

 そこに再び、古の衣を着た禍神、虚影の姿があった。

 そして彼の前には、黒猿が跪き、さらにその後ろには三体の鬼が同じように跪いていた。

 しかし、黒猿の様子には、明らかに違いがあった。

 より人間に近い姿勢となり、存在感が増している。

 「さて黒猿よ、新たに与えた力はどうじゃ。体に馴染んだか?」

 虚影の問いかけに、黒猿は深々と頭を下げる。

 「はい、この通り。先達の方々にはまだ及びませぬが、創造主たるあなた様のために、粉骨砕身働いてみせる所存にございます」

 その答えにうなずくと、虚影は右手をさっと大きく振ってみせる。

 すると、閉ざされていたはずの空間に、どこからともなく人と獣が混ざったような異形のモノたちが次々と姿を現した。

 「うぬの力は、まだ後ろに控える鬼どもには劣る。それ故、ここにうぬの眷属となるモノどもを授ける。うまく使いこなして見せるのじゃ。期待しておる」

 「ははっ」

 虚影は、黒猿に向かって去れと言うかのように顎をしゃくってみせる。黒猿はうなずき、新たな配下となったモノどもの方を見ると、立ち上がって自ら右腕を素早く振り、一瞬にしてともに姿を消した。

 辺りは静寂に包まれる。

 やがて、いまだその場に残る鬼たちに向かって、虚影が口を開いた。

 「……あれほど余計なことはするなと言い置いておいたというに、濫鬼を止められぬとは……。これでわかったじゃろう。あの霊能者は、迂闊に手を出していい相手ではないのじゃ。濫鬼めは、何をやらかしたか知れぬが、結局(たお)されてしまったのじゃからの……」

 予定が狂ったとつぶやく虚影に、三体の鬼は申し訳なさに体を小さく縮めていた。

 「よいか、『仇討ち』など、考えるでないぞ。あ奴の力を削ぐのは、黒猿どもの役目。おぬしたちには、別な役目があるのじゃからな」

 以前、神の力を完全に取り戻した暁には、鬼たちを側近として重用すると言っていた虚影である。濫鬼もまた、その予定の中に入っていたはずで、これ以上重用する者を減らしてはならぬという思いがあったのは間違いない。

 「あの黒猿が生き残り、さらに力を付けたなら、おぬしたちと同じ地位まで引き上げてやってもよいが、力を削ぐのがせいぜいじゃろうな。捨て駒とまでは言わぬが、おそらくは長くは持つまいて。黒猿が潰される前に、次のモノを創り出してあてがってやったほうが良いかもしれぬのう」

 独り言のようにつぶやくと、虚影はその身を翻す。

 すると、あっという間にあたりの景色が変わり、一人暮らしの部屋の中となる。虚影はベッドに眠る苅部那美の顔を覗き込むと、ぼそりと言った。

 「……こ奴も、意外と持たなんだの。そろそろ潮時を見極めぬとな……」

 その直後、虚影の体は那美の中に溶け込むように消える。

 それからしばらくの時間が経ち、東の空が白み始めたころ、那美は目を覚ました。

 「……」

 最近、体がひどくだるく感じるようになった。

 会社へ行くのも億劫だが、行かなければ生活費を稼げない。

 特にきつい勤務状況ではないはずなのに、疲れが溜まっているとでもいうのだろうか。

 そういう状況であるために、以前は積極的にやっていた残業も、このところやめていた。というより、調子が悪そうなのは誰の目にもわかるらしく、『残業などせずに帰れ』と言われるようになっていたのだ。

 今朝も、だるさがひどい。

 何とか起き上がって、洗面所へ行こうとして大きくよろめいて、家具に体をぶつけた。

 痛さに顔をしかめながら、もう一度体勢を立て直そうとして、逆にバランスを崩して座り込む形になる。

 「……だめだ、今日は休んで病院へ行こう……」

 這うようにしてスマホの置いてあるベッドサイドまで戻ると、会社に連絡を入れ、体調不良で病院へ行く旨を告げると、そのままベッドに潜り込む。

 しばらくうつらうつらしていたが、やがてもう一度起き出し、ふらつきながらなんとか今度は洗面所までたどり着いた。

 そして鏡を見た瞬間、那美はぎょっとして一瞬目を逸らし、再び鏡を恐る恐る見る。

 そこには、顔色の悪い自分の顔が映っているだけだったが、先程一瞬だけ、異様なものが見えた。

 それは、ドクロだった。髪型や服装はそのままで、顔の部分だけドクロになった自分だったのだ。

 今は、そんなものは見えない。見間違いだったのだろうかと思ったのだが、見間違いにしては、あまりに鮮やかにドクロの白さが目に焼き付いている。

 眼球もなく、眼窩がうつろにこちらを見ていた。思い出しても、背筋がぞっとする。

 (……虚影様、私はいったいどうしてしまったんでしょう?)

(……ずいぶん気弱になっておるようじゃな。おぬしは儂が力を与えたる者じゃ。一刻(いっとき)のことじゃよ。案ずるな)

 (……はい……)

 虚影にそう言われ、そういうものかと思った那美だったが、体のだるさはどうしようもない。

 近所のクリニックが開くのを待って、だるい体を引きずるように、何とか診察を受けにやってきた那美は、一通りの診察が終わった後の医師の言葉に、耳を疑った。

 「特に異常は見られません」

 そんなバカなと思う那美に、医師はさらに続けた。

 「ただ、精密検査をすれば、何か異常があるのかもしれません。紹介状を書きますから、今から大学病院へ行ってください。こちらから、連絡しておきますから」

 医師は、だるそうな那美の姿に隠れた病気を疑い、紹介状を書いてくれた。

 那美は紹介状を持って、タクシーを呼んでそれに乗ると、紹介された大学病院へと向かった。

 午前の診察時間内に何とか間に合う時間で、病院に到着した那美は、受付に紹介状と保険証を出し、診察を待った。

 その間も、ともすれば膝から座り込みそうになるだるさが抜けない。

 待合室の長椅子の背もたれに、ぐったりと寄りかかりながら呼ばれるのを待っていた那美は、見かねた看護師に付き添われるようにして診察室に入り、その後様々な検査を受けることになった。

 しかし、いくら検査しても、異常が見つからない。

 ただ、身体が極度の疲労状態に陥っているようだという診断だけは、下されることになった。しかし、何故そうなったのかという原因がわからない。

 体がひどく疲労するという症状の病気もあるため、一週間後、血液検査の結果が出た後に改めて検討するということになり、那美はひとまず帰宅した。

 食事をとる気力もなく、水だけを飲んでベッドに横たわると、すぐさまうとうとと眠りの世界に引き込まれていく。

 そのまま、彼女は夢を見た。

 辺りは異様に暗く、何も見えなかった。そこに、誰かが近づいてくる。

 はっとしてそちらの方を見ると、そこには人間大の大きさの白狐が、二本足で立っていた。否、体の線は人間だ。

 なんだこいつは、と思ったとき、どこかで見たことがあるような気がした。

 その白狐の姿の何者かは、那美の目の前までやってくると、立ち止まる。

 『禍神に関わってはいけない。破滅しますよ』

 若い男の声でそう言うと、踵を返して去っていく。

 『待って! あんた何者なのよ!?』

 追いかけようとしたが、足が動かない。

 もがいているうちに、ふと目が覚めた。

 しばらく呆然としていた那美だったが、不意に思い出した。

 あれは、いつぞやの霊能者だ。

 まるで彼女の将来を、予言しているかのようなあの時の言葉。

 あいつは本当に、何者なのだろうか。

 自分はこのまま、どうにかなってしまうのだろうか。

 違う、そんなはずはない。虚影は、自分の願いをかなえてくれるはずの存在だ。

 その願いをかなえるためには、大変な覚悟と犠牲がいるはずだ。そのためには、自分がこの身を削ってもいいと思っていた。

 それなのに、なんで今更あんな夢を見たのか。

 自分の心が、弱くなっているせいではないのか。

 もっと、強く心を持たなければ。そうしなければ、自分の秘めたる願いなど、かなうはずもないのだから。

 彼女は歯を食いしばって立ち上がると、ふらつく体をあちこちにつかまりながら支え、冷蔵庫の前に行くと、パックに入った牛乳の封を開け、直接口につけてがぶ飲みした。

 一リットルの牛乳を、一気に半分ほど飲み、一旦口を離して呼吸を整え、さらに口を付けて残りを飲み干した。

 不思議と、苦しくもなんともない。

 こんな不調に負けるものか。那美は心の中で叫んだ。


 いよいよ、第十話がスタートします。

 毎度同じことを書きますが、週1回の更新が途切れたら、「詰まったんだな」と温かく見守っていただけると幸いです。

 そうならないように、頑張って更新する予定ですが。


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