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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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30.相似

 明らかにやつれていた。頬がこけ、目の下には痛々しいほどはっきりと隈が出来ていた。顔色も悪く、見た目では、今にも倒れるのではないか、とすら思えるほどだ。

 以前の入院とは違って、着ているのはパジャマだが、サイズが合ってないように見える。妙にだぶついているように感じ、左袖には中身が入っていないと一目でわかった。

 「……川本、それ……どういう意味なんだ? 僕が護る必要はもうないってことか?」

 晃の表情はこわばり、やつれていることも重なって、鬼気迫って見える。

 「そうは言ってない。ただ、裏方の、もっと目立たず安全なところに……」

 「そんなこと、出来るわけがないだろう! 他の人が前面に立ったら、その人の命が危ないんだ。そういう相手なんだぞ! やっぱり、僕が離れるべきだってことになったんだろう!? 僕が……僕が……人喰いの化け物だから!!」

 「誰がそんなこと言ったぁっ!?」

 雅人の声も、思わず大きくなる。

 「お前が人食いの化け物なんて、誰も言ってやしないぞ! 大体、人なんか喰ってないだろ、お前!! “魂喰らい”を使われた連中、みんな病院で一命はとりとめたっていうぞ」

 雅人がそう言うと、晃は首を横に振った。

 「……僕は、間違いなくあの五人の命を喰らい尽くした。一命をとりとめたっていっても、それは一時(いっとき)のことで、みんなあと一、二か月のうちに死ぬ。僕は、五人の人間を喰い殺したんだ……」

 これには、雅人も万結花も言葉を失った。結城から聞いた話には、出てこない内容だったからだ。

 「……代償のこと、甘く見過ぎてたんだ……。あの時、五人を喰い殺した自分は、間違いなく代償である穢れに飲み込まれた未来の自分だ……。怒りに我を忘れたせいじゃない。僕はいつか、見境なく人を喰らう化け物になり果てるんだ……」

 そう言って肩を震わせながらうつむく晃に、雅人も万結花も、しばらく言葉をかけることも出来なかった。

 「……そんな化け物になんか、誰も護ってなんかもらいたくないだろってこと……わかってる……。もうすでに、五人もの人間を手にかけてるんだから……」

 涙をこらえているような、震え声がさらに続いた。

 晃は今、人を殺したという罪悪感と、いつか穢れに飲み込まれてしまうという恐怖がないまぜになった感情に、心がつぶされそうになっているようだ。

 ああ、確かにこれでは、すべてを妄想と考える精神科医では、彼を救えない。雅人は、何と声をかけたらいいのか、咄嗟に思いつかなかった。

その時だった。

 「……晃さん、あなたが化け物なら、あたしだって化け物よ……」

 つぶやくように言った万結花の言葉に、晃がはっと顔を上げる。

 「違う! あなたは“贄の巫女”だ。化け物なんかじゃない!」

 「いいえ、化け物よ。だって……」

 万結花は一度言葉を切って晃のほうを見る。もちろん全盲の彼女が、正確に晃の顔を見つめることなど出来ないが、それでも思いの外正しく晃のほうに顔を向け、さらに続けた。

 「あなたの“魂喰らい”って、人を殺せるほどの力があるんでしょう? なら、それを二回も受けているのに、平然と生きているあたしは、やっぱり化け物だと思わない?」

 「だ、だからそれは……あなたが“贄の巫女”だからで……」

 「それじゃ、“贄の巫女”って何? 神に嫁ぐために産まれる存在なんて、どう考えても普通じゃない。あたし、ずっと考えてたの。あなたとあたしは似てるんだって」

 万結花の真剣な表情に、晃は飲まれたように押し黙る。

 「あなたとあたしの違いは、『その力を自分で使えるかどうか』だけだと思う。晃さんは使えて、あたしは使えない。それだけしか、違わないんだと思う。だから、あなたが“化け物”だっていうなら、あたしも“化け物”なのよ」

 万結花は、静かに微笑んだ。それは、そのまま泣き出してしまうのではないかと思えるほど、哀しげな笑みだった。

 「……あたしは、心に想う人がいても、その人を抱きしめることも出来ないのよ。()()()()()()()()()()()()。ねえ、こんな力を持っているのが、化け物じゃないって、誰が言えるの? あたしも、人を殺せる力を持っていて、それをコントロールすることも出来ないのよ。力をコントロール出来るだけ、あなたのほうがましじゃない」

 万結花の力は別格だ。いつか晃自身が『自分も御せない』と言ったほど、強大な霊力を秘めている。その力が降りかかった者は、命運を押しつぶされて命を落とすほどなのだから。

 「……今だって、そうよ。あなたを抱きしめたいと思っても、絶対に出来ないんだから……」

 それを聞いた晃の顔に、驚愕の色が走る。

 「……そ、それって……」

 それだけ言って、後は言葉にならない晃に、万結花はさらに告げた。

 「……晃さん、あたしもあなたが好き。だから、ずっと支えたいと思ってた。いつか神に仕えることになるとしても、心はずっとあなたの傍に置いておくつもりだった。だから……あなたの罪も一緒に背負わせて。あなたがそういうことになったのも、間違いなくあたしのせいなんだもの」

 「……万結花さん……」

 晃の顔が、泣きそうに歪んだ。そしてうつむき、毛布を掴んだ右手が強く握りしめられ、その肩が震える。まるで、何かをこらえるように。

 すると、万結花がすぐ隣にいた雅人の背後にそっと回り込む。

 「……兄さん、ごめん。なんだか、晃さんを本当に抱きしめてしまいたくなって、我慢出来なくなりそうだから、兄さん、間に入って」

 「……マジかよ、お前……」

 雅人もまた、そう言いつつもそれを受け入れた。おそらく、こらえているのは万結花だけではないと気がついていたからだ。

 晃もまた、万結花を抱きしめたい衝動をこらえているのだろうと、容易にわかったからだった。

こういうところは、なんと救われない二人なんだろうか。互いに両想いでありながら、触れあうこと(ハグ)さえも許されないなんて……

 だからこそ、先程の万結花の『自分も化け物だ』という発言につながったのだろう。

 「……万結花さん……」

 少し涙声の晃が、それでも懸命に泣くのをこらえるように口を開く。

 「……本当に……僕でいいの? 人を喰い殺して……この手を穢した僕で……本当にいいの?」

 「……言ったでしょう。あなたがそういうことになったのも、すべてはあたしのせいなんだって。だから、あなたに罪があるのなら、その原因になったあたしだって、同じ罪を背負うべきなのよ。あたしも同じ、人を殺せる化け物なんだから」

 そして、万結花の次の言葉に、晃はあっと顔を上げ、雅人はぎょっと妹の顔を見た。

 「あたしだって、もう人を一人、()()()()のよ」

 「おい、それはどういうことだ、万結花!」

 焦って叫ぶ雅人に、万結花は落ち着いて答える。

 「忘れたの、兄さん。あたしに、痴漢してきた人がいたって。その人が、急に姿を現さなくなって、それっきりになったって。その話を聞いた時、誰も黙ってしまった。それって『相手が破滅した』と察したからでしょう? 破滅っていうことは、肉体的か精神的かはわからないけど、死んでしまったっていう事よね。だったら、それは()()()()()()()のと同じことでしょう?」

 言われた雅人は押し黙る。確かにあの時、自分もまた痴漢した男を文字通り“終わったな”と思ったことは事実だ。

 「……それでも、あなたは痴漢行為の被害者だ。相手が勝手に破滅しただけだ。僕とは違う……」

 晃がつぶやくようにそう言った途端、万結花がさらに言葉を繋ぐ。

 「それは、あなただって同じでしょう、晃さん。あなただって、被害者じゃない! 殺されかけたって聞いた。だったら、被害者じゃない。加害者かも知れないけど、そもそも被害者でしょ! あたしだって、被害者かも知れないけど、相手を殺した加害者でもあるのよ。あなたとあたし、どこまで違うっていうのよ!」

 万結花の勢いに、晃はもちろん雅人も絶句する。

 「もう一度言うからね。あたしはあなたが好き。だから、同じ罪を背負ったあたしに、あなたの罪を一緒に背負わせて。あなたがどんなことになったって、あたしはあなたを支える。そう決めたの。誰に言われたんでもない。あたしが、そう決めたのよ! だから晃さん、あたしを受け入れて!!」

 万結花が強く言い切った時、晃が泣き笑いのような表情を浮かべる。

 「……万結花さん……ありがとう……」

 そうつぶやいた晃の目からは、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。

 涙をこぼす晃の顔からは、話を始めた当初に見られた怯えを含んだような険しいものが無くなり、どこか穏やかなものさえうかがえた。

 おそらくだが、一山越えた。雅人は、そう思った。

 万結花がここまで踏み込むとは思わなかったが、踏み込んだからこそ、こういう結果になったのだろう。

しかし……

 (……万結花……お前、そんなに積極的に行くやつだったんだな……)

 初めて見る妹の姿に、雅人は大きく溜め息を吐いた……


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