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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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29.面会

 雅人のところに結城から連絡があったのは、それから数日後、ちょうど日曜日の朝のことだった。

 朝八時に、メッセージが入っていたのだ。

 『今日の午前十時頃、出てこられますか? ダメなら、午後三時頃。今日を逃すと、一週間後になります』

 行けるなら、連絡してほしいこと。行けないのなら、連絡する必要はないことが付け加えられていた。

 ちょうど朝食を食べ終わったところだったので、万結花に秘かに声をかけ、メッセージの内容を伝える。

 「どうする、行くか?」

 「もちろん行くわ。兄さんに付き添ってもらって買い物に行く、とでも言えば、時々あることだから、誰も不審に思わないと思う」

 「そうだな。なら、午前中に行くか」

 アリバイ作りとして、帰りがけにどこかに寄って、本当に何か買って帰ればいいだろう。

 結城に、午前中に行くと返答すると、ほどなく、最寄り駅まで来てくれれば迎えに行くとメッセージが返ってきた。

 二人はそれぞれ外出の用意をし、買い物に行くから昼食はいらないと告げ、二人で家を出た。

 最寄り駅に約束の十時頃に行くと、見たことのあるクリーム色の軽自動車がやってきた。

 助手席のドアが開くと、そこから結城が降りてきて、助手席の背もたれを倒してスライドさせ、後部座席に乗り込むための空間を空ける。

 「悪いね、狭くて。新車を買う余裕がなくてね」

 苦笑しながら、結城が後部座席を示しながら、乗るように声をかける。

 「さあ、どうぞ。これから、松枝さんのクリニックへ直行するから」

 二人はうなずくと、まず万結花が手探りで慎重に乗り込み、続いて雅人が素早く乗り込んだ。

 それを確認し、助手席を元に戻すと、結城がそこに乗り込み、シートベルトを締める。

 「それじゃ、行くわよ」

 和海が声をかけ、車は発進した。

 車を走らせながら、結城が後部座席の二人に向かって話し始める。

 「早見くんだが、一昨日、精神科の先生の一回目のカウンセリングを受けた。……正直言うと、あれでは早見くんを落ち着かせることは出来ても、救うことは出来ない。それがはっきりしたんだ……」

 「……どういうことですか?」

 雅人の問いかけに、結城は微妙な表情になる。

 「……その先生、外田宏昌先生というんだが、松枝先生の紹介で来ただけあって、とてもいい先生ではあるんだ。静かに話を聞いてくれて、穏やかに受け止めてくれる。早見くんも、カウンセリングだからと、真面目に正直に話をしているし、先生もそれを一切否定せず、きちんと聞いてはいた。ただ、その先生にとって、早見くんは『妄想に囚われた患者』であって、それ以上でもそれ以下でもないんだと、気が付いた」

 その先生にとって、その話はあくまでも患者の妄想であって、()()()()()()()()()()()()と考えているのがやはりわかるのだ、という。

 「……そう考えて、当然なんだがな。それを実際に“視た”人でなければ、信じられるものじゃない。だからこそ、本当の意味で早見くんの心を救うことなど、その先生には出来ないということなんだ」

 ここまで話して、結城は微苦笑を浮かべる。それは、とても苦いものを含んでいるように見えた。

 「……早見くんの話したことを、本当にあったことだと考える方が、普通はあり得ないんだ。例えば『一度死んで、幽霊が同化したおかげで甦った』なんて、実際に遼くんに会っていなければ、とても信じられないだろう?」

 「それなら、遼さんに出てきてもらったらいいのでは?」

 万結花がそう言うと、結城は首を横に振る。

 「いや、無駄だと思う。その先生、霊感がある人じゃなさそうでね。遼くんが出てきたところで、霊感がある人でなければ『解離性人格障害(多重人格)』だと考えるだけだと思うよ。いくら早見くんが本当のことを話しても、先生なりの理屈で説明が付いてしまうから、本質まで踏み込まないんだ」

 それを聞き、雅人も万結花も黙りこくってしまった。

 「だからこそ、君たちに賭けてみたいと思った。早見くんのことを、()()()()()()()()()()()君たちだから……」

 「え、おれたちド素人ですよ!?」

「あたしたち、ただ会うだけじゃなかったんですか?!」

 二人が、焦りと戸惑いの表情を見せると、今度は和海が口を開いた。

 「おそらく、あなたたちでなければ、晃くんの心の奥底まで入ることは出来ないと思うのよね。だってあなたたちは、『親友』と『想い人』なんだもの」

「……」

 二人が、何も言えずに黙っていると、和海がどこか諦めたように微かにほほ笑む。

 「わたしたちでもダメみたいなの。心を閉ざしてるわけではないんだけどね。きっと、晃くんにとっては、わたしや所長は()()()()なんでしょうね……」

 和海は、溜め息混じりにさらに付け加えた。

 「あなたたちだって、両親にはかえって言えないことってあるでしょう? そういうことなんだと思う」

 それには、素直に納得出来た。だからこその、自分たちなのか、と。

 だからといって、自分たちが会って、どこまで事態が変わるのだろうか、という思いも正直あった。

 けれど、結城も和海ももう口を開かなかった。

 こちらからも何も言えないまま、車は松枝クリニックの前に到着した。

 結城がドアを開けて先に降り、助手席を倒してスライドさせ、後部座席の降り口を作る。

 雅人が降り、続いて雅人に手を引かれるようにして、万結花が降りた。

「それじゃ、駐車場に車を置いてきます」

 助手席を元に戻してドアを閉めると、和海は駐車場へと車を回した。

 その間に、結城がクリニックの脇の、本来は関係者用のドアのほうに回ってインターホンを押す。

 「結城です。二人も一緒です」

 「ああ、どうぞ。鍵はかかってませんからね」

 中から文子の声が聞こえた。

 結城がドアを開けると、そこは廊下の突き当りで、まっすぐ行くと診察室のほうへ行き、左手に折れると院長室があり、そこをさらに行くと二階への階段があった。

 その階段の近くに文子が立っており、三人の姿を確認すると、うなずいて階段を上がり始める。結城もそれに続き、雅人と万結花も多少戸惑いながらも後に続いた。

 二階に上がり、一番奥まで進むと、そこには個室があった。

 「早見さんが入院しているのは、ここですよ」

 文子に言われ、雅人も万結花も、やや緊張した面持ちとなる。

 「では、私はここで待機している。二人だけで、面会に行ってほしい」

 結城にそう言われ、二人とも『えっ!?』という表情になった。

 「何かあったら、我々はここに居るから、すぐに知らせてくれれば対処するよ。二人だけで、行ってほしい」

 結城にダメ押しをされ、雅人は大きく息を吐くと、万結花に声をかけた。

 「……行こう。おれたちが、面会を望んだんだ」

 万結花もうなずき、二人で病室のドアをそっと開ける。中には、付き添いらしい二十代後半から三十代に見える眼鏡をかけた看護師の女性がいたが、二人の姿を見ると、入れ替わるように外に出ていく。

 室内には手回り品を入れるクローゼットとともに、窓がある壁沿いにベッドが一つ置かれ、そこに晃が横になっていた。こちらに背を向け、体を小さく丸めて。

 カバーのかかった毛布に包まっているため、白い塊から黒髪だけがはみ出して見えている。

 二人は静かにベッドの側まで歩み寄ると、まず雅人が声をかけた。

 「……早見、見舞いに来たぞ」

 けれど、声は聞こえているはずなのに、動きは見られない。

 「……晃さん、あたしも来たのよ」

 万結花がそう言った途端、晃が明らかにびくっと動いた。

 「晃さん、ごめんなさい。あたしに関わったせいですよね。あなたが、こんな目に遭ったのは……」

 「……違う。そうじゃない……」

 少しかすれたような、か細い晃の声がした。

 「……僕が、勝手に始めたこと……。あなたのせいじゃない……」

 言いながらも、顔を見せようとしない晃に、雅人がさらに言葉をかける。

 「おれ、今回のことで思ったんだ。もう、お前が前面に立つ必要ないんじゃないかって。もっと目立たない、裏方に回ったほうが……」

 そこまで言った時、不意に晃が毛布を撥ね退ける勢いで半身を起こし、二人のほうに顔を向けた。


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