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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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28.懇願

 部屋の中は、しばし誰も口を開かず、沈黙に包まれていた。

 大急ぎで夕飯を済ませておいてよかった、と雅人は思った。

 この有様では、絶対食事など喉を通らなかっただろう。

 家の中の空気が重い。それは取りも直さず、先程結城によってもたらされた晃の現状が、予想以上に深刻だったからだ。

 なんとなくの危惧はあった。

 今まで、万結花を護る中心人物だった晃。その彼が、禍神側(向こう側)に目を付けられないはずはなかったのだ。

 これまでは、霊的な形での接触や攻撃だったため、霊能者として()抜けた力を持つ晃は切り抜けてきた。

 それが今回は、直接的な攻撃に出てきたのだ。

 一瞬、<念動(サイコキネシス)>で何とかならなかったのか、という考えもよぎった。大学構内で襲われた時は、それで難を逃れたのだから。

 だが、結城の『テープで目隠しをされていた』という言葉で、力を及ぼそうとする相手を視認する必要があるのだ、ということを思い出したのだ。

 それでは、何も出来ずにやられるままだっただろう。

 今までも、自分たちの家の事情に巻き込んでしまったと思っていたが、今回のことは決定的だった。

 今度こそ、(あいつ)が逃げ出してもおかしくはない。

 あいつ一人に、比重がかかり過ぎていた。普通なら、潰されていてもおかしくない。それをあいつは、『万結花が好き』という想いだけで、ギリギリ跳ね返してきたのだ。

 今度ばかりは、心が折れていてもおかしくない。

 「……あたし、どうしたらいいんだろう……」

 今にも泣きそうな顔のまま、万結花がつぶやく。

 晃を支えるのだと言っていた(万結花)。そんな彼女の想いさえ、もしかしたら届かないかもしれないのだ。

 他の家族は、足取りも重く居間を離れていく。もうすぐここは、窓の外に霊や物の怪、妖と呼ばれる存在が集まってくる。

 そして、一晩中結界に阻まれながらも窓の側を離れない、ということが続くのだ。

 確かにカーテンを引いて見えないようにしてはあるが、気配を感じることはあるので、あまりいい気持ちはしない。

 よって、居間を離れていくのだ。

 「……部屋に戻ろう。そろそろいつもの奴が始まるから」

 万結花に声をかけると、万結花も表情を変えぬままにうなずく。

 万結花を部屋まで送り、自分の部屋に戻ると、雅人はもう一度結城の話を思い返してみた。

 晃が、今日の“事件”で心に深い傷を負ったことは間違いない。『“魂喰らい”の力は、人を殺せる力』と言ったのは、確か晃の中にいる遼だった。

 本人だって、その自覚はあっただろう。だから、人に対して使ってしまったことがショックだったのだろうし、それ以前に監禁されて暴行を受けるなんて、悪夢としか言いようがなかったはずだ。

 人を操る鬼は、すでに滅んでいるようだが、同じような能力を持ったものが現れない保証はない。

 だからこそ、もういいと思う。これ以上、傷つく必要はない。

 確かに圧倒的ともいえるほどの霊能力を持つ、晃の力そのものは必要になるとは思うが、今までのように前面に立つ必要はないはずだ。

 そのことを、本人にはっきり伝えて、裏方に回るように説得したほうがいいのではないか。もしかしたら、自分から『もう離れたい』と言うかもしれない。

 確認のためには、本人に直接会って、話がしたい。

 舞花が見舞いをあっさり断られていたが、こういうことだからと話をすれば、面会を許してもらえるのではないか。

 そこまで考えた雅人は、結城が事務所に着いただろう時間を見計らって、電話をかけてみることにした。

 ある程度時間をつぶした後、雅人は結城のスマホに電話をかける。

 数度の呼び出し音の後、結城が電話に出た。

 「もしもし、結城さん? 今、電話いいですか?」

 「ああ、雅人くんか。構わないが、何かあったのかな?」

 「……いえ、こっちには何もありません。ちょっと、お願いがあって」

 「お願い?」

 雅人は、晃に会って話をしたいと告げた。今回のことで、もう無理に前面に出る必要はない。裏方に回ればいいと、説得するつもりなのだ、と。

 舞花が断られていることもあり、断られるかもしれないとは思ったが、それでも直接話がしたいのだ、と訴えた。

 それを聞いた結城は、しばらく黙っていたが、やがて口を開く。

 「もう少しだけ、待ってほしい。早見くんがもう少し落ち着くまで。君と万結花さんなら、実は面会させても構わないと思っているんだ」

 「え!? どういうことですか? 舞花には『諦めて』って言ったじゃないですか!」

 「舞花さんと、君たち二人では、条件が違うんだ。君たちのほうが、()()()()()()()()()()()()からね」

 その言葉に、雅人は何かが引っかかった。『より深く事情を知っている』?

 次の瞬間、ピンと来たことがあった。

 “魂喰らい”の『代償』のことだ。あれを知っているのは、家族の中でも本人に打ち明けられた自分と、自分が伝えた万結花しかいない。

 もしそうなら、何らかの形で代償が絡んだ事情があるということか?

 なんとなく、胸がざわざわする。

 踏み込んだら引き返せないような、そんな気さえする。

 それでも、あいつのために、あいつに会わなければ。そう思った。

 「……早見が落ち着いたら、面会させてくれますか?」

 「ああ。それは約束する。ただ、家族の人には、それは言わないで欲しい。どうだったか、話さなくてはならなくなるだろうからね」

 「……わかりました」

 「面会出来るようになったら、こちらから連絡するから」

 取りあえず、面会の約束を取り付けて、雅人は電話を切った。

 そういえば、結城は万結花も面会出来ると言っていた。なら、万結花にも声をかけておいた方がいいだろう。

 雅人は早速万結花の部屋に行くと、ドアをノックする。

 「万結花、入っていいか?」

 「兄さん? 別にいいけど、どうしたの?」

 雅人はドアを開けると、怪訝な顔でベッドに腰かけている万結花に向かって、先程の電話の内容を話して聞かせた。

 「兄さんと、あたしだけ? 代償のことを知ってるから?」

 「だと思う。だから、もしかして早見がおかしくなっているのって、代償がなんかの形で絡んでるんじゃないか。だから、代償のことを知っている俺たち二人だけしか、面会出来ないんじゃないかって思うんだ」

 「面会に行くことを、家族にも言うなって言われたんでしょう?」

 「そう。そうしたら、説明しなきゃならなくなるからね」

 雅人から話を聞いた万結花は、微妙な表情になった。

 面会出来るだろうということが、嬉しかったことは事実だが、何か重大なことがありそうだと思えたからだ。

 その考えには、雅人も同意した。

 ただ、ひとまずは連絡待ちということになる。

 勝手に押しかけても、面会はかなわないだろう。その時には連絡すると、結城は約束してくれた。

 それならば、結城からの連絡を待とう。

 「とにかく、舞花には絶対に言うなよ。あいつ、会うのを断られてるんだからな」

 「わかってる。きっと『どうして私はダメで、お兄ちゃんやお姉ちゃんはいいの!?』って大騒ぎすると思う」

 それは、確実に騒ぐだろう。目に浮かぶ。だから、舞花には知られてはまずい。

 いつ連絡が来るかわからないが、連絡が来次第、二人揃って面会に行くことになる。

 出かけるときに、舞花に見つからないように出るか、(あらかじ)め言い訳を考えておいて出るか、舞花にそれとわからないように面会に行こう。

 兄妹は、互いにうなずき合った。


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