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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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27.説明

 “事件”の翌日、事情説明のため、俊之が帰宅する時間を見計らって、結城が川本家を訪れていた。時刻は、すでに午後七時半を回っている。

 家族が揃っている居間に、出迎えた彩弓に招かれるまま結城が入り、お茶も断って床に正座する。家族に混じって、アカネや笹丸の姿も“視え”た。

 「……あの、結城さん……。なんだか疲れているようですが、大丈夫ですか? それに、その絆創膏は……?」

 疲労の色が濃い結城の顔を見て、俊之がそれを案じる言葉をかける。

 「……いや、大丈夫です。これから、詳しい事情を説明します」

 今、川本家に伝わっている情報は断片的なものだ。

 晃が何者かに拉致され、監禁されていたらしい、と聞いていた。しかも、保護はされたが、精神的動揺がひどかった、とも。

 それだけに、家族全員がやきもきしていたのだ。

 それで、説明をすると結城が翌日にやってきたわけだが、疲労が抜けていなかったうえに、睡眠不足のまま朝からバタバタと動いていたため、完全に疲労が顔に出ていた。

 「今現在ですが、早見くんは松枝クリニックに検査の名目で入院しています。体の状態だけなら、入院するほどのことはないので、あくまで名目ですが」

 そして結城は、昨日起こったことを時系列で話した。

 女の鬼に操られた男たちによって、晃が拉致、監禁され、暴行を受けたこと。

 そこに、鬼自身が現れ、万結花を侮辱。それに対して晃が怒りに我を忘れ、操られた男たちに対して“魂喰らい”の力を使ってしまい、その勢いのまま、鬼も喰らい尽くして消滅させたこと。

 全てが終わって我に返った時、自分が人に対して“魂喰らい”を使ってしまったことにショックを受け、晃が錯乱しかけたところで遼が無理に表に出てきて抑え込み、後始末をどうしようと考えているところに、自分と和海が踏み込んだこと。

 匿名で通報した後で事務所へ戻り、晃が曲がりなりにも落ち着くまで、ほぼ夜通し付き添って、今日の午前中に入院手続きを取ったこと……

 結城は、ほとんど事実を話したが、その男たちは病院で手当てを受け、一命はとりとめたはずだとだけ言い、すでに寿命が尽きており、あと三月(みつき)も持たないことはさすがに伏せた。

 「……というわけで、今、早見くんは精神的に深刻な状態で、完全に塞ぎ込んでいます。昨夜は、フラッシュバックが起こったりしました。実は、今話したことも、本人ではなく遼くんから聞いたことです。本人からは、事情は聞けていません。聞けるような状態ではありません。現場に復帰するには、しばらくかかると思います。その間、我々も全力を尽くしますが、皆さんも充分気を付けてください」

 結城から当時の状況を聞き、川本家の誰もが黙りこくってしまっていた。

自分たちの想像以上に、晃の状態がひどかったからだ。

 「……早見さん、塞ぎ込んでいるそうですが、話は出来る状態ですか?」

 俊之が、心配そうに尋ねる。

「……こちらから話しかけても、一言二言返ってくる程度ですね。それに脱水症状を起こすからと、何とか水分だけは取らせたんですが、食事らしい食事は全く受け付けてくれなくて。まさか、ゼリー飲料さえ飲もうとしないとは思いませんでした……」

 結城の返事に、その場の空気がさらに重くなる。

 「……あたしのせいですね……」

 今にも泣きそうな表情で、万結花がつぶやく。

 「そんなことはないですよ」

 結城がなだめるように声をかけるが、万結花はかぶりを振った。

 「……晃さんがそんな目に遭ったのは、あたしに関わったからです。深く関わることをしなければ、ここまでひどいことをされなかったかもしれないのに……」

 やはり、監禁中に晃が本当に殺されかけたこと、現在の状態が深刻なことが、相当ショックだったのだ。

 「……いや、結局狙われた可能性はあります。何らかの形で、あの禍神の邪魔をするようなことをしていれば」

 結城の言葉に、それでも万結花は納得してはいないようだった。

 「それで、早見はこれからどうなるんですか? 大学だって、行かなきゃ単位を落とすだろうし」

 雅人の問いかけに、結城は難しい顔になる。

 「それなんだが……しばらくは、霊能者としてはもちろん、大学生として活動するのも大変かもしれない……。本人の言葉を拾う限り、相当重症で……」

「そこまでひどいんですか?」

 「……なんというか……あれは自己嫌悪に近いだろうなあ。自分の能力に、否定的になってしまっているというか」

 結城が、困ったように頭を掻く。

 ある意味最強の武器となる“魂喰らい”の力を嫌悪しており、そんな力を持つ自分の存在が、自分で許せなくなっているという状態らしい。

 「おまけに、監禁時の心の傷も抱えていて、いつそれが表に噴き出すかわからない。そういう危うい状態が夕べから続いているんです。とても、一人には出来ない。だから、入院という形で保護してもらったんですが……」

 入院すれば、看護師の目があるし、仮に本人が一切食事を取ろうとしなくても、対処の方法はあるからだ。

 そして松枝医師が、自分のつてを使って精神科の医師を探してくれている真っ最中のはずだという。

 更には、装具士に連絡を取って、義手の修理をしてもらう必要もあるとのことだった。

 「そう言うわけで、せめて、自己嫌悪の感情が落ち着かない限り、霊能者としての活動は無理です。復帰がいつになるか、私も見当がつかない状況です」

 結城は改めて、晃の復帰の目処が全く立っていないことを、その場の全員に告げた。

 「霊能者というのは、自分の意志を強く持つことが大切です。そうしなければ、精神戦で、悪霊や邪霊、妖といったものと戦うときに、相手に飲まれてしまう。いくら能力が高くても、それを使いこなせなければ、精神戦に負ける。今の早見くんは、霊能者としての力は、おそらく私以下。とても、現場に立たせるわけにはいきません」

 結城は、その場にいるアカネと笹丸に目を向ける。

 「だから、君たちの力が必要なんだ。早見くんが立ち直るまで、万結花さんを護ってくれないか?」

 笹丸はすぐにうなずいたが、アカネは顔をしかめたまま唸るような声を上げている。すると笹丸が、何をしているか、とばかりに前脚でアカネの背中をポンポンと叩いた。

 アカネと笹丸の間で、何かやり取りめいたことが始めるが、二体とは直接の意思の疎通が出来ない結城には、何を話しているのかさっぱりわからない。

 しばらく二体で話し合いをしていたが、やがてアカネも結城の顔を見て、静かにうなずいた。

 「万結花さんを、護ってくれるのか?」

 もう一度結城が問いかけると、今度は二体揃ってうなずいた。

 万結花は、受け取るだけではあるが、念話が通じるというし、これで少しは安心材料になる。危機感を持った晃が取った措置が、本人不在の時に効果を発揮するというのも、皮肉めいた話になってしまうが、これは致し方ない。

 「……あの、今すぐじゃなくても早見さんのお見舞いに行きたいんですけど、行っていいですか?」

 舞花が、恐る恐るという感じで問いかけてくる。

 「いや、当分目処が立たない。諦めてください」

 「……そうですか」

 舞花が肩を落としている。

 もし、晃を見舞うことが出来るとしたら、それは雅人と万結花の二人だけだ。この二人は、“魂喰らい”の代償のことまで知っている。

 そこまで事情を知る人間でなければ、晃に会わせることは出来ない。

 ただ、それをこの場で言うことも出来ない。俊之や彩弓、舞花は本当に知らないのだ。

 代償については、事が重大なのでこれ以上依頼人側に広めたくはなかった。

 「とにかくこれは第一報ということで、早見くんの容体に変化があったら、お知らせします。私はここでお暇しますが、本当にくれぐれも注意してください。今は、早見くんに頼れない状態なので」

 結城がそう言って頭を下げると、川本家の人々も頭を下げる。

 「結城さん、今日はわざわざ来ていただいて、ありがとうございました。早見さんには、どうぞお大事にと伝えてください」

 彩弓が結城に声をかける。

 「ありがとうございます。いつになるかわかりませんが、きっと立ち直ってくれるものと、私も信じてますので」

 そう答えて、結城は立ち上がろうとして、足にしびれが走るのを自覚する。何とかしびれを逃がすように、ゆっくりと立ち上がったが、川本家の人々のこちらを見る目が、明らかに『足、しびれましたね?』と書いてある。

 最後の最後に何ともしまらない、と思いながらも、結城はしびれる足を引きずるようにしながら玄関に向かい、靴を履く。その頃には、だんだんしびれは抜けていった。

 川本家の家を出て、車の通りが多い道路まで出ると、そこでタクシーを拾って一旦事務所へと戻ることにする。

 今のところは、和海が留守番を兼ねて事務作業をしているはずだが、自分が戻ったら彼女は帰宅させなければ。

 病院へ送り届けたときの、彼の様子が脳裏に浮かぶ。あんなに暗い目をしている晃は、見たことなどなかった。

 事務所へ向かうタクシーの中で、結城は溜め息を吐いた。


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