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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
248/345

22.暴走

 今回、意図的に敢えて段落分けをせずに、視点を切り替えています。

 読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください。

 それと、女性が不愉快に感じる表現があるかもしれません。一応、演出上のことですが、

不愉快に感じた方がおりましたら、申し訳ありません。


 気配が、自分から遠ざかっていくのを感じる。気配は宙に浮き、天井近くだろう辺りにとどまった。

 このまま、あの鬼に生殺与奪権を握られて、毒の力に屈することになるのか。

 このまま、毒に飲まれてしまうのか……。……悔しい……

 毒に飲まれたら、万結花を護ることも出来なくなる。それどころか、彼女への人質となりかねないと気が付いた。

 嫌だ。そんなのは嫌だ。自分が、彼女の重荷になるなんて……

 その時だった。

 (……晃、諦めるな。諦めたら、それで全部終わるぞ……)

 (……遼さん……!)

 遼は今まで、心の奥底でずっと晃を支えていた。もし、遼の支えがなければ、途中で心が折れ、自分を失っていただろう。

 相手に命乞いをするか、いっそ死んだ方が楽になれると諦めるかして、あっさりとあの鬼の軍門に下っていたかもしれない。

 いまだ抗う心が残っているのは、遼のおかげなのだ。

 (もしかしたら、今なら、今まで使うに使えなかった“奥の手”が使えるかもしれない。晃、お前気付いているか? 気配を感じる力が、ちょっとは戻ってきてるだろ)

 (……!? そういえば、意識もはっきりしてきてる……)

 いまだ苦しいのは同じだが、少しずつ、体に入った毒が馴染んできたのかもしれない。それがかえって、混濁しかかっていた意識を鮮明にさせ、最後の奥の手を使う余地が生まれたのだ。

 目覚めた直後は、状況がわからないうちにいきなり暴行を受け、衝撃と混乱でそれどころではなかった。

 暴行がある程度落ち着いてからは、体力も気力も失いすぎて、そんなことが出来る状態ではなかった。

今なら、使えるかもしれない。

 相手を慌てさせることが、出来るかもしれない。

 『だいぶ落ち着いてきたみたいねえ。そろそろ、次の毒をあげようかしら』

 勝ち誇った口調で、濫鬼が床近くまで降りてくる。

 『……そういえば、元々あのお方の贄となる小娘がいたわねえ』

 その言葉に、明らかに(あざけ)りの色が混ざる。

 『あの小娘もさらってきて、私に従属したあんたの姿を見せたら、どういう反応を見せるかしらね。ああ、あの娘、目が見えなかったわねえ』

 いかにも愉快そうに、濫鬼が言葉を続ける。

 『考えてみれば、いくら霊力が高いとはいえ、所詮はただの贄。矮小な人間に過ぎない。あのお方の偉大さに、自らその身を捧げるに決まっているわねえ』

 そんなことはない!

 晃が、声にならない声で叫ぶ。

 彼女(万結花)には夢がある。ささやかだけれど、確実に叶えたい夢が。

 そんな夢を持ち、懸命に生きている人が、禍神になど、自ら身を捧げたりするものか!!

 晃の様子に、濫鬼がせせら笑った。

 『おやおや、まだ反抗する気力が残ってるみたいねえ。たいしたもんよ。そのくらいでないと、面白くないわね』

 濫鬼は、あくまでも強者の余裕を崩さない。

 『とはいっても、今のあんたに何が出来る? 私の毒だって、ずいぶんしっかりと回ってるでしょう。あんたが今、多少はそう言う態度が取れるのも、逆に毒が充分回ってる証拠なのよ。言ったでしょ、多少は命を長らえさせるって』

 濫鬼は軽くふっと息を吐くと、からかうような口調になる。

 『まあ、そういう悪い子は、たっぷり毒漬けにしてイイコにしてあげなくちゃねえ』

 濫鬼は、晃がまだ自分に対して反抗的な態度を取っているとうかがえる様子を見て取ると、それをへし折ることに楽しみを見出した。

 この邪魔者は、大事な仲間だった厳鬼を斃したという。それが許せなかった。

厳鬼の仇討ちをする代わりに、少し強引だったが人目につかないところへさらってきて、痛めつけさせた。

 こいつが、自分の手駒どもにいたぶられて悶絶するさまを見るのは、留飲を下げるのに充分だった。何より愉快でたまらなかった。それをまた、やってやろうと思った。

 そのために、もう少し(あお)り立てておこう。折れたときの落差が、大きいように。

 『あんたを毒漬けの奴隷(イイコ)にしたら、あの小娘と対面させようかねえ、やっぱり。なんて言うかねえ、あの小娘。もっとも……』

 ここで濫鬼は、最大の失策を犯した。

 『あの小娘とて、あのお方の前に引き出されたら、あんたどころじゃなくなるだろうけどねえ。あのお方のすばらしさに、自ら寵愛を得ようと浅ましく服を脱いで、股を広げるだろうさ。所詮は、肉欲に囚われた愚かなニンゲンだもの。ただの肉の器だろうけど、あのお方は御寵愛してくださるかもねえ。きっと、嬉し泣きしながら腰を振るだろうよ。そのあとゆっくり、贄の役目を果たせばいいんだから……』

 そこまで言った時、不意に晃の気配が変わるのを()の当たりにした。

 『万結花サンヲ、馬鹿ニスルナ!!!』

 次の瞬間、晃の体から何かが飛び出すと、周囲にいた男たちに次々と衝突するような軌道ですり抜ける。

 男たちが、バタバタと倒れていく。

 そして、男たちのところをすり抜けた何かは、濫鬼の前に姿を現した。

 それは、幽体離脱した晃だった。

 本当なら、あれだけ衰弱した状態であれば、それほどの力は出せないはずだった。せいぜい、濫鬼を驚かし、出せるだけの力で戦い、相手を追い払えるかどうか、というものであったはずだ。

 だが、今の晃はその存在感で濫鬼を圧倒していた。

 生者と死者のそれが入り混じる、異様な“(オーラ)”が膨れ上がり、飲み込まれそうだと錯覚するほどだ。

 濫鬼は、改めて倒れている男たちを見る。全員が土気色の顔で、ほとんど仮死状態となって倒れ伏している。

 『こ、こいつ、手駒どもに何をした!?』

 晃は、怒りのあまり理性の(たが)が完全に吹き飛んでいた。それだけではない。

 濫鬼は、晃の中に明らかな(あやかし)の力の片鱗を“視た”。

 その左手が、すでに人のそれでないことに、やっと気づく。

 『ば、化け物!』

 獣が咆哮するような声を上げ、晃が迫る。

 その口元に、人のそれではありえない牙を見た気がした。

 濫鬼は、何故虚影が『手を出すな』と言ったのか、ようやく思い至った。

 こいつは、人間ではない。人の姿をした化け物だ。

 こいつに相対するなら、一気に意識を刈り取らなければいけなかった。怒らせてはいけなかった。

 逃げなければ。逃げて、こいつの本性を仲間に伝えなければ。

 濫鬼は逃げようとした。しかし、晃の動きのほうが勝っていた。

 逃げようとしたその先に、あっさりと回り込まれる。

 『来るな! 来るなぁ!!』

 濫鬼は、晃と目が合った。怒りに我を忘れたというよりは、妖の闘争本能が剥き出しになっているような、異様な目の光に圧倒される。

 今、こいつは妖と化している。妖として、ただ目の前の相手を、喰らい尽くそうとしているのだ。

 こんなに恐ろしい存在だったのか。

 鬼である自分が、太刀打ち出来そうにない相手だったなんて……

 晃の左手が迫る。必死にかわしたが、その鉤爪がわずかに体をかすった。

 力が奪われる。かすっただけだというのに、体の力がガクンと抜けていく。何とか立て直し、また逃げる。

 これが、こいつの力。まさか、“魂喰らい”を使うなんて。それも、恐るべき威力だ。人ならば、一撃であっさり喰い殺せるほどの。

 ああ、そうか。この力で手駒どもを喰らったのだ。手駒どもを喰らったが(ゆえ)の、今の圧倒的な力か。

 この力が厳鬼を殺したのだ。

 厳鬼は、こいつに喰らい尽くされたのだ。

 そう思い至った時には、最早かわせない位置から、晃の左手が伸びてくる。

 鉤爪の生えたその手が、濫鬼の腹にめり込んだ。

 内側から、自分が喰われていくのを、濫鬼は感じた。

 自分が消滅する恐怖。しかし、もうどうすることも出来ない。

 自分は、なんと愚かだったのだろう。こんな化け物とは気づかず、手を出したとは。

 否、寝た子を起こしたのが悪かったのだ。ついさっきまで、()()()()()()()()()のだから。

 まだ“人間”だったそのうちに、決着をつけてしまえばよかったのだ。

 わざわざ煽り立てる必要など、どこにもなかった……

 深い後悔を抱きながら、濫鬼はその存在のすべてを喰らい尽くされた。


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