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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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21.虜囚

 今回、ほぼ全編にわたって、ショッキングな暴力シーンが多数あります。

 充分ご注意ください。

 かなりマジです。

 そこは、近々解体されることになっている元雑居ビルだった。

 全ての入居者は二週間ほど前に完全に退出し、セキュリティーも切られ、あと数日で工事用のフェンスが建てられることになっているところだったが、今はまだ、ただ施錠してあるだけの場所だった。

  そのビルの裏口の鍵が壊され、内部に入り込んだ者たちがいた。

  裏口近くのちょっとしたスペースには、シルバーのワンボックスカーが止められている。

 そして、LED懐中電灯の明かりで照らされた内部の一室に、五人の男たちがわずかに白い息を吐きながら、無表情で無言のまま内側を向いて輪になり、中の床を見下ろしていた。

 古くなって、あちこち割れて剥がれたPタイルの床の上に立つその男たちの輪の中に、晃が横たわっていた。ボロボロの姿で。

  上半身裸で、義手の左腕とともに後ろ手に粘着テープで両手首を厳重に拘束され、両足首も粘着テープでぐるぐる巻きにされていた。

 目と口にまでテープが貼られ、特に口は、開かないように何重にもテープが重ねられていた。

 剥き出しの上半身は、肌の大半の部分が無残な蚯蚓(みみず)腫れでおおわれ、さらに幾つもの痣が出来ていた。

 体のあちこち、特に胸や腹には、タバコの火を押し当てられた火傷の痕が、一目では数えられないほど付けられており、中には火傷をした後に何かで激しくこすられたのか、焼けた皮膚が剥げ落ち、出血している箇所さえあった。

 その所業の証拠のように、晃の体に周りには、先が押しつぶされた形のタバコの吸い殻が、いくつも落ちていた。

 義手でさえ、不自然に変形しているところがあり、相当ひどい打撃が加えられたとわかる。

 首筋にも指の形に痣が点々とついており、色の白い晃の肌の上に、まるで模様のように浮かび上がっていた。

 はいていたジーンズにも、明らかに蹴ったり踏みつけたりした跡であろう靴跡が、いくつもついていた。

 不意に、周囲を囲んだ男の一人が、腕を振り上げる。その手には、バックルの部分を握り込んだベルトがあった。男は、鞭のようにベルトをしならせ、晃に向けて振り下ろす。

 ベルトが肉に当たる鈍い音。打たれた晃は、ほとんど声にならない呻き声を上げ、わずかに身じろぎをした。

 すると、別な男も同じようにベルトを振り上げ、二度、三度と振り下ろす。そのたびに鈍い音が響き、それでも悲鳴らしい悲鳴は上がらず、傷だらけのその体が、その瞬間微かにびくりと一瞬硬直するのみだった。

 他の三人の男たちも、次々と晃を一度ずつ乱暴に足蹴にし、そこで男たちの動きが一旦静かになった。

 晃はもう、ぐったりと動かない。呼吸のために、胸がわずかに上下していることで、やっと生きているとわかる状態だった。

 すでに悲鳴を上げる力も失い、かろうじて意識はあるものの、それさえも時折混濁する有様になっていた。

 ここに連れ込まれてからどれほど経ったのか、晃にはわからなかった。

 気が付いた時には、すでに今の形に拘束され、周囲を見ることも出来なかった。

 始めは周囲の様子がわからないまま、偶然通りかかった人に聞こえるかもと必死に助けを求め、そのうちに音の反響や床がPタイルらしいと思い当たったことで、自分が閉鎖された室内にいると気が付き、口を塞がれたくぐもった声では、到底外へと声は届かないと悟った。

 拉致された時、目撃者がいたとは思えない。それでは、自分がさらわれてここにいることを誰も知らない。それでは、助けなどとても望めない。

 絶望に、心が押しつぶされそうになる。

 それでも、探偵事務所の人たちは、動いてくれるはずだ、と思い直した。いつまでも帰らない自分に気が付き、探してくれるはずだ、と。

 いつか来るだろう助けを信じるしか、晃の心を支えるものなどなかった。

 だが、目覚めた直後に始まった暴行は、晃の想像を超えていた。

 何も見えない中で、どこから来るかもわからない衝撃と痛み。身構えて、痛みを逃がしたりすることも出来ない。さらには、喫煙直後特有の臭いが近づくと、決まって踏み押さえられて、肌を焼かれる熱さが襲う。

 わざとタバコの煙を吸わされ、まともに咳き込むことも出来ずにのたうち回る体を、容赦なく踏みつけられたりもした。

 馬乗りになられて、失神するまで首を絞められたときは、本当に殺されると思った。

 その後に意識が戻って、自分がまだ生きていることが、逆に信じられなかったほどだ。

 (……どうして……こんな目に……どうして……助けて……所長……小田切さん……)

 なぜこんな目に遭わされるのか、いくら考えても、考えなどまとまらない。それどころか、続く暴力に考える力さえも奪われていく。

 助けが来ると信じて耐え続けていたが、次第にそれも限界に近づきつつあった。

 始めはひどく寒かったのに、寒さを感じなくなってきた。痛みさえも、徐々に鈍くなり、感覚が麻痺してきたようだ。

 この次に意識を失ったら、もしかしたらもう目覚められないかもしれない。

 そうなったら……

 脳裏に、万結花の顔が浮かんだ。

 彼女を護ると約束した。たとえ彼女が自分から距離を置いたとしても、彼女の身は護りたかった。

 ……死ねない。こんなところで死ねない。

 約束を守れなくなる。仕える神を定めるまで護る、という約束を。

 だから、自分は絶対に死ねない……

 けれど、徐々に意識が混濁する時間が長くなりつつあった。

 死に誘うかのような微睡(まどろ)みに、懸命に抗う。嫌だ、死ねない。

 こんなことなら、もう一度彼女に会っておけばよかった。たとえ嫌われることを確認することになったとしても、もう一度顔を見ておけばよかった。

 (……万結花さん……)

 その時、不意に声が()()()()

 『いいざまね。矮小な人間にふさわしい、みじめな格好だわねえ』

 どこかで聞き覚えのある、女の声だった。

 うまく頭が働かない。誰だ、この()()()()()()()()()調()の声の主は……

 心身ともに弱り切った晃は、気配を感じ取る力も鈍くなっていた。

 『ちょっと弱いところを突いてやれば、この程度。どうしてこんな奴に対して、あのお方は【手を出すな】なんて言い渡したのかしらねえ』

 その言い方で気が付いた。“あのお方”などというのは、禍神配下の鬼だ。そして女の鬼は、男を誑かし、操る。

 やっと、やっとわかった。自分を痛めつけていた男たちに、ずっとどこか違和感があった。何故、無言なのかと。そういうことだったのか……!

 『前にあんたを襲わせたとき、あんたは念の力でみんな吹っ飛ばしたけど、あの時あんたは、()()()()()()よね? だから、目をふさいでやればいいんじゃないかと思ったら、こんなにうまくハマるとはねえ。おまけに、あんたタバコの煙にも弱いよね。偶然とはいえ、今回手駒にしたのは、みんなタバコを吸ってる連中。まったく、こんなにうまくいくなんてねえ』

 女の鬼―濫鬼―が、楽しそうにけらけらと笑う。指摘自体は、確かにその通りだった。

 『まったく、あんたが厳鬼を斃したなんて、信じられないわね。ああ、安心して。あんたは最後には、あのお方の(かて)として連れて行くつもりだから。死なせたりなんかしないからね』

 その直後、いきなり髪の毛をわしづかみにされ、体を無理矢理引き起こされる。

 膝立ちの状態で、脹脛(ふくらはぎ)が踏みつけられるなり、後ろ手に拘束された腕の間に膝が入れられ、背中に押し当てられた。

 どうやら男の一人が、動いたようだ。

 髪を掴まれたまま、背中に当てられた膝のため、体が固定される形になり逃れることが出来ない。

 (な、何……?)

 何をされるのか、と思った途端、愉快そうな声がまた聞こえた。

 『フフフ、死なせたりしないって言ったでしょう。ちょっと傷めつけ過ぎた感じだもんねえ。ちょっぴり痛いけど、一刻(いっとき)のことよ』

 すると、何かが胸に押し当てられる。

 指が一本、押し付けられているようだったが、何か尖ったものも当たっているのがわかる。

 まさか、これは……

 『厳鬼もそうだったけど、私の爪にも毒があるの。ただ、私の毒は人が死ぬような毒じゃない。この毒に慣れるとね、毒なしでは生きていられなくなるの、逆にね。そうなったものは、毒を与えられ続ける限り、飲まず食わずだろうとその日一日は死なないわ。生ける(しかばね)になろうともね。ちょっとだけ苦しいけど、今言った通り命を長らえさせる効果も少しはあるからねえ。だからあんたも、私の毒に酔いなさい』

 逃れるために身を捩ろうとするが、弱った体は思うように動かない。

 次の瞬間、鋭く尖った爪の先が、皮膚を貫いて肉に食い込んだ。

 痛みにさえ鈍くなったはずの体に、焼けつくような激痛が走る。

 晃は絶叫したが、それはもう声になっておらず、かすれた呻き声でしかなかった。

 『どう、ちょっとは痛かっただろうけど、すぐに慣れてくる。ちゃんと毒が回るまで、ゆっくりと味わうといいわ』

 今度は床に放り出され、右肩を激しく床にぶつけた。割れていたPタイルの角に引っかかったか、肩に衝撃に似た痛みがくる。ぬるりとした感触から、皮膚が裂けて出血しているとわかった。

 体が、炎で炙られているかのように熱い。毒が回りつつあるのかもしれない。全身の傷がうずき、呻き声すら上げられず、晃は痙攣するように体を震わせた。

 嘲笑う濫鬼の声が聞こえる。

 『そうそう、そうやって毒を味わっていればいいわ。もうすぐ、毒が欲しくてたまらないようにしてあげるから』


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