19.追跡
その時、まだ電話が繋がっていた法引が、事態を動かす言葉を発した。
「早見さんが、何らかのトラブルに巻き込まれたとしたら、おそらく大学からの帰り道でしょう。帰宅ルートを、確認したほうがいいのではないですかな」
それに、結城も和海もハッとなった。
「そうですよ、所長! もしかしたら、何か手掛かりが見つかるかも」
「そうだな、行ってみよう」
結城は、一応例の護りの水晶を万結花に渡すと、急いで玄関に向かう。和海は法引に礼を言って電話を切ると、笹丸にアカネのことをよろしくと告げ、結城の後を追った。
アカネは、ついていきたそうにしていたが、笹丸に止められた。
今のアカネの役目は、万結花を護ること。晃が無事に帰ってくると信じて、待つことなのだと言い聞かせて。
そして結城と和海の二人は、車に乗り込むと、まず晃が通っている大学へと向かった。
大学から最寄り駅までのルートを確認し、異変がなかったか調べるためだ。
大学から最寄り駅まで、徒歩で十分ほど。
結城はまず、駅に最も近い門のところで〈過去透視〉を使ってみた。
すると、普段と同じような様子で、門を出て駅に向かう晃の姿が浮かんだ。やはり、ここから駅に向かったのは間違いないようだ。
今度は、最寄り駅に移動してもう一度“視た”が、やはり問題なく駅の改札に向かう晃の姿が浮かぶ。
ここから電車に乗ったことは、確定した。
つまり、ここまでは特にトラブルはなかったということだ。
続いて、事務所の最寄りとなる駅に向かうと、ここから出てくるはずの出口に回り込み、〈過去透視〉を使う。
だが、今度は浮かばない。晃の姿がない。
「……“視えない”。早見くんは、ここに来てないな」
そう告げた結城の顔には、困惑と焦りの色がにじむ。
「ここに来てないって……まさか、電車に乗っているときに何かが?」
和海がこわばった顔で訊ねると、結城は首を横に振る。
「さすがにあり得ないな。電車や駅の構内で何かがあったというなら、『事件』として騒ぎになるはずだ。いくらなんでも、目撃者だらけのはずだからな」
「……そうですよねえ。だったら、晃くんはどこに?」
「もう少し、冷静に時系列を追ってみよう。何か気づくかもしれん」
二人は、車で事務所まで戻ると、改めてわかっている限りの今日の晃の行動を書き出してみることにした。
朝は、いつものように大学に行った。
そこで、何かが起こる予感がしていたらしい。万結花は、 “晃から連絡を受けた”として、兄の雅人から話をされている。
『何かあるかもしれないから気を付けろ』と。
そして、“何かが起こる予感”が“嫌な予感”に完全に変わったらしい。
笹丸が、万結花の元に送り出されてくる。
これが昼過ぎ、というか昼休みの時間帯だった。これは、万結花が直接笹丸から説明を受けているので、間違いないところだ。
この時点で、晃の元にあった守り石が、笹丸が無理に通過したため門が壊れて、仮に晃が念じてもアカネが晃の元へ飛べなくなった。
その後、晃は午後の授業を受けた後、帰宅の途に就いた。
少なくとも、大学の最寄り駅まで行ったことは間違いない。
そして、事務所の最寄り駅には、降り立っていない。
ここまでが、確認出来たことだ。
「……晃くん、どこへ行ったのかしら。事務所に帰ってくるつもりなら、あそこの駅に来るはずなのに……」
和海が、泣きそうな顔でつぶやく。
大学を出た時間を考えると、二人が帰宅ルートをたどったときには、最寄り駅にとっくに着いていなければおかしい。
かといって、電車で移動中に何かあったとは考えにくい。
何かあったというのなら、それなりに情報が入ってくるはずだ。
少なくとも、目撃者が確実にいるであろう場所で、何か仕掛けてくるとは思えなかった。
しばらく考えていたが、何か絶対見落とし要素があると思いつつ、わからない。
すると、結城のスマホに電話がかかってきた。
着信を見ると、雅人からだ。
結城が電話に出ると、少し焦った調子で雅人が話し出す。
「すみません、今、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないですよ。もしかして、早見くんのことかな」
「ええ。万結花から連絡があって。早見、何があったんですか?」
帰宅途中で連絡を受け、電話が出来るタイミングが来たところで、取るものも取りあえず電話をかけてきたのだという。
「今、調べているところでね。まだ、何があったのか、我々もわからない。ただ、おそらく重大なことが起こったのだろうと思う」
重大なこと、と結城に言われ、電話の向こうの雅人が苦悩の色の滲む声になる。
「……今、あいつと連絡が取れないんですよね?」
「残念ながら。まあ、アカネが気づいたから、それなりに早く動いているとは思う。ただ、事務所の最寄り駅からは、降りていないんだ。どこで降りたのかがわかれば、後を追える可能性が高くなるんだが」
さすがに結城の〈過去透視〉も、“視る”ことが出来る範囲は決して広くない。せいぜい半径十メートルほどの範囲だ。
だから、何かがあったしても、その場所の近くでなければ働かない。
ただ、能力の高い晃と行動を共にすることが多かったせいか、最近は〈過去透視〉の精度が上がり、細かいところも“視える”ようになっていた。
だからこそ、“何かあった場所”を特定したいところだった。
電話の向こうの雅人ともしばらく話をしたが、雅人も晃が途中で立ち寄りそうな場所については、心当たりはないという。
「あいつとは、そちらの事務所に万結花のことを依頼したのがきっかけで、いろいろ話すようになったんですよ。だから、日頃からつるんで遊びに出かけたりしてたわけじゃないから……」
雅人はそう言って、考え込んでいるようだ。
晃は元々が、遊び歩く方ではない。というか、ほとんど直行直帰と言っていい。
その彼が、どこに立ち寄ったというのだ。
結城も和海も、しばし自分たちで書き出した時系列での晃の行動を眺めていたが、不意に和海があっという顔になった。
「そういえば所長、晃くんは笹丸さんに万結花さんのところに飛んでもらったんですよね?」
「そうだな。笹丸さん本人が、『お願いします』と言われたと話してたそうだ」
「それで、無理に飛んだから、晃くんのところにあった石は、使い物にならなくなっているはずだ、と」
「確かに、そう言っていたそうだ」
「それじゃ、今の不安定な状況を考えたら、新しい石を買いに行ったとは考えられませんか?」
「!? 確かにあり得るぞ!」
結城が思わず結構な大声を出した途端、まだ電話を切らずに話を聞いていた雅人が、こちらを呼ぶ声がした。急いでスマホを耳に当て直すと、向こうで雅人がこんなことを言いだした。
「……そういえば、いつもそういうものを買いに行く場所があるって言ってました。確かあれは……」
雅人は、その店の名前をなんとか思い出し、結城に告げる。
「ありがとう、今から調べてみる。君は、妹さんのところについていてくれるとありがたい。きっと、動揺してるはずだ。そこを襲われたら、まずいことになりかねないからね」
「わかりました。何かわかったら、連絡ください」
雅人との通話を終え、結城は早速店の名前で検索をかけた。
いくつか系列の店舗が表示されたが、そのうちの一軒が晃の実家の最寄り駅近くのショッピングセンターに、テナントとして入っていることがわかった。
「……おそらく、ここだ」
「確認に行きましょう」
時間を確認する。午後六時になろうとしているところだ。今ならまだまだ、普通に営業している時間だ。
二人は、一度はガレージにしまい込んだ車を再度引っ張り出すと、さっそくショッピングセンターへ向かって発進した。
気持ちは急くが、ここでうっかり事故でも起こしたら大変なことになるので、とにかく心を落ち着け、すっかり暗くなった道を、安全運転を心がけて走る。