18.感知
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ちょっと緊迫した場面が続きますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
最初に異変に気付いたのは、アカネだった。石に封じられた状態で、騒ぎ出したのだ。
辺りは、もう少しで万結花の自宅に帰り着くという住宅地の道路。
万結花は、突然騒ぎ始めたアカネに困惑した。
昼休みに、突然笹丸から話しかけられ、事情を説明された時より、今のほうが困惑度が強い。
「待って、もうすぐ家だから、家に着いたら話してね、アカネちゃん」
そう小声で語りかけると、万結花は自宅まであと数分の道を急いだ。
このあたりは、散々行き来してきただけに、頭の中に万結花なりの地図が出来ていた。
それだけに、気にはなったが今は家に着いた方がいい、と考えたのだ。
皆が張ってくれた結界の力を、気配として感じる。やっと自宅に着いた。
手探りで、鞄につけた鍵を取り出すと、玄関のドアの鍵を開け、中に入る。
靴を脱いで自室に入り、そこで初めてアカネに出てきていいと告げる。
アカネは、慌てた様子で飛び出してきた。彼女が焦っている気配が伝わる。
続いて笹丸も出てきて、アカネの近くに降り立ったようだ。
しかし、アカネの様子が本当におかしい。
「どうしたの、アカネちゃん。今なら、しゃべって大丈夫よ」
万結花にそう言われ、あたふたしているのがよくわかる状態で、アカネが念話をぶつけてくる。
(あるじ様、大変!!)
アカネは、今にも泣き出しそうに感じられるほど焦り、混乱しているようだった。
(あるじ様の声、かすかに聞こえた。『助けて』って言ってた!)
「えっ!?」
誰かに頭を殴られたような衝撃だった。
晃の身に、何かが起こった。あの彼が『助けて』と口走るような、何かが。
笹丸が、何とか冷静さを保った声で問いかける。
(アカネよ、もっと詳しく話すのだ。どのような様子であった? 場所はわかるか?)
(苦しそうだった。どこかはわからない……)
落ち込んでいる様子のアカネに、万結花も動揺していた。
異界に閉じ込められたときでさえ、死力を尽くして自力で戻ってくるような晃が、どうなったというのか。
誰かに知らせないと、と思ったとき、万結花の頭に浮かんだのは、やはり兄の雅人だった。
今日は、就活で会社説明会に行っているはずだ。
万結花は、部屋に置いてある時計に手を伸ばす。それの上部を軽く叩くと、音声が現在時刻を告げる。
『ただいま午後三時四十二分です』
確か、兄の行った説明会は、午後三時半には終わるはずだ。今なら、終わっているはず。
兄に連絡を取ろうと思ったその時、玄関のインターホンが鳴った。
動揺は続いていたが、今は家に自分しかいない。
万結花は、震えそうになる足を踏みしめ、部屋の外のインターホンに出る。
「……はい、川本です」
「ああ、万結花さんか。ちょうどよかった。結城です」
インターホンから聞こえてきたのは、聞き覚えのある結城の声だった。
万結花は、相談出来そうな人が現れたことに気づき、急いで玄関のドアを開けた。
ドアの外には、結城と和海の二人がいた。
二人は中に入ると、結城が鞄を玄関の上がり口に置く。
「いや、あれからいろいろ考えて、新しいお守りを……」
言いかけた結城の言葉をさえぎって、万結花が叫ぶように言った。
「大変なんです! 晃さんに、何かあったみたいなんです!」
「えっ!?」
二人の気配が、驚きに揺れる。
「どういうことなの!? 何があったんですか?!」
和海が、やはり動揺した様子で訊ねてくる。
「と、とにかく、上がってください」
万結花に促され、結城も和海も家に上がった。そして、万結花の部屋に行くと、そこにはおろおろしているアカネと、それをなだめている様子の笹丸がいた。
「なんで笹丸さんがここに?」
思わず訊ねた結城に、万結花は経緯を説明した。
“嫌な予感”を感じた晃としては、戦力を集中させることによって、万結花を護ろうと考えた。それが、どうやら裏目に出たらしい。
しかも、本来ならアカネと繋がっているはずの門を、笹丸が無理矢理通過してきたため、受け手側、つまり晃の持っている石が完全に使い物にならなくなり、アカネが晃のところに飛ぶことが出来なくなっていたのだ。
「……晃くん、前に自分が狙われた時にだって、嫌な予感はしてたはずなのに……」
「早見くんだって、時に判断ミスをすることはあるだろう。今回は、悪い方に事態が動いてしまったんだな……」
和海はもちろん、結城も焦りを隠せない有様になる。
とにかく連絡だけはしておこうと、和海はアプリを立ち上げて法引に向かって事の次第をメッセージとして送った。
すると、法引からはメッセージではなく電話がかかってきた。
「小田切さん、第一報はわかりました。もっと、詳しい状況はわかりませんか?」
やはり、いつもの法引の声ではない。相当に慌てているようだ。
すると、笹丸が和海の足元にやってくる。それを見て、和海がスマホを笹丸のほうへと向けた。
(法引殿、聞こえるかの)
(はい。聞こえます。笹丸さん、何か詳しいことはわかりますか?)
(我とて、直接感じたわけではない。感じたのはアカネだけだ。そのアカネに訊いたところによると、晃殿の“声”が聞こえたのは一瞬だけ。『助けて』の一言であったそうだ。それも、相当に苦しそうであったというから、ただ事ではない何かが起こったとしか思えぬ)
笹丸の言葉に、電話の向こうの法引が一瞬押し黙る。
(……それは……かなりまずい状況のようですな)
(おそらくの。霊的なものであるならば、晃殿が対処出来ぬはずはない。以前話したことがあったが、覚えておるか。男を色香で惑わし、操る、女の鬼がいたことを。そ奴に操られたらしい男どもに、以前襲われたことがあったそうではないか)
(ああっ! まさか……)
(そうならば、合点がいくのだ。操られた男どもに、今度は晃殿が直接襲われたとしたら……)
念話が終わり、法引が呼びかけて、和海が再びスマホを耳元に当てる。
そこで法引が、笹丸の推測を和海に伝えると、彼女の顔色が変わった。
「所長! 和尚さんから、笹丸さんの推測なんだそうですけど……」
和海が内容を話した途端、結城の顔も青ざめる。もちろん、側にいた万結花も。
皆、晃が体力的には人並み以下であること、肺活量が少なく、すぐに息切れするような体質であることは知っていた。
襲われる前に<念動>などで撃退出来なければ、例えば集団で掴み掛られたりしたら、その時点で勝ち目がなくなるのだ。
相手を金縛りにする力も持ってはいるが、本性を現していなければ、視認出来た相手のうち一人だけにしか使えない、と以前本人が言っていた。
前に大学構内で襲われた時は、相手がまだ離れた位置にいる間に<念動>を使って弾き飛ばして難を逃れたというが、その時はつけられていることに気づいて、警戒していたようだ。
もし無警戒のところをいきなり襲われたら、ある程度心得のある者でも、無傷での撃退は難しいだろう。
ましてそれが、晃だったら……
「晃くん、今どこにいるのかしら。早く見つけないと、大変なことになりそう」
和海が、青い顔をしたままつぶやく。
結城が、一縷の望みをかけて、晃のガラケーに電話をかける。だが、いつまで経っても呼び出し音が鳴るばかりで、そのうち自動的に『電話に出ることが出来ない』というアナウンスとともにメッセージを残すように案内がされたところで、結城は電話を切った。
「だめだ、電話に出ない。出ないのか、出られないのかがわからんところだが……」
そういう結城の顔は、すっかり曇っている。