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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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13.四鬼

 そこは、どこか昔の公家屋敷のようにも見えた。

 辺りはぼんやりとした薄靄に包まれ、薄暮のような暗さに満ちていた。

 そこに建つその屋敷は、全体が真っ黒で艶のない壁で出来ており、鈍い銀色の屋根瓦と、つややかな黒の柱を持っていた。

 その屋敷の中、板張りの床に藁で編んだ丸い座布団のような敷物がいくつか置かれた部屋に、四体の鬼がいた。

 それぞれが敷物の上に腰を下ろし、互いに向かい合っている。

 「……濫鬼よ。おぬしは虚影様のお言葉を忘れたのか。『あの霊能者には手を出してはならぬ』と言われただろう。あ奴の対処は、いくらでも替えが利く者どもが、すり減らしていけばよいというお考えなの だ。忘れたわけではあるまい」

 漸鬼にそう言われ、濫鬼は不満そうに顔を逸らした。

 「わかってるわ。だけど、悔しくないの? あんな、人間のひょろっとした奴に厳鬼はやられたんだよ。そうでしょう。確かに強力な霊能者なのかもしれない。けど、所詮は人間なんだ。私らの獲物になるしかない、ひ弱な存在。そんなやつにデカい顔されるのが、我慢ならないわ」

 「おいおい、虚影様がもう少し力を取り戻されたら、あんな人間ごとき、簡単にひねりつぶしてくださるさ。カリカリするな」

 蒐鬼が、呆れたような顔をする。

 「そうそう、我らは虚影様が神に復帰なされた暁には、側仕えになると決められておるのだ。その時のために、じっくり力を蓄えておればよいのだ」

 劉鬼もそう言ってゆっくりとうなずく。

 「けどね、私らは虚影様が神に復帰されるための露払いの役目もあるはずよ。邪魔者をこの手で排除して、何が悪いのよ」

 濫鬼が、苛立ったように右手の拳を床に打ち付ける。

 それを見た漸鬼が、やれやれというように頭を掻いた。

 「おぬしは、我々の中では一番厳鬼とうまが合っていたな。(かたき)討ちをしたい気持ちは分かるが、あの霊能者は虚影様が『手を出すな』と言われたほど、得体の知れない力を持つ奴だ。それはわかっているな?」

 「ああ、わかってる」

 「ならば、迂闊に手を出して、手痛い反撃を喰らったらどうする? 厳鬼の二の舞をさせるわけにはいかん」

 漸鬼の言葉に、濫鬼はふてくされたように向こうを向いた。

 「濫鬼、あの時に創り出された【黒猿】は、なかなかにいい出来らしいぞ。まあ、いきなり“贄の巫女”に直接手を出そうとするとは思わなんだが、例の邪魔者(霊能者)が盾になったせいで、手傷を負ったのは奴だそうだ。なるほど、そういう怪我の功名もあるか、と思ったぞ」

 蒐鬼が襲撃の話を持ち出すと、劉鬼もうなずく。

 「それに、巫女のほうが手傷を負ったところで、すぐ死ぬような傷でもない限り、特に問題はないはずだ。そのまま虚影様のところまで、連れてきてしまえばいいのだからな。そういうことだ」

 しかし濫鬼は、納得出来ないとばかりに立ち上がりかけ、漸鬼に肩を掴まれて押しとどめられる。

 「そんなに【黒猿】のことが気に入らないか? あ奴はほぼ言われたことだけをやる存在だ。『“贄の巫女”を連れてこい』と命じられた結果があれなのだ。先日は、他にもそこそこ力を持った奴が周りにいたせいで、戻ってこざるを得なかったようだがな」

 あ奴の力がどれくらいか、把握するためでもあったという漸鬼の言葉に、濫鬼以外がうなずく。

 「それにだ、濫鬼。我ら以外にも、配下のモノたちの封印はいくつも解いているだろう。虚影様の力となるものは、今も増えつつある。焦って空回りする必要がどこにある?」

 蒐鬼がそう言ってなだめにかかるが、濫鬼は鋭い眼差しを向ける。

 「けど、結局逃げ帰ってきただけじゃないの。あんなのが、厳鬼の代わりを務められるとは、到底思えない。厳鬼の代わりなんて、いないわ」

 劉鬼が、ため息混じりに口を開いた。

 「……確かに、今集められているモノたちでは、厳鬼の代わりが務まるものなどいない。だがな、そういうものとて成長するのだ。あれは、将来への布石だ。だからこそ今は、余計なことをして万一にも戦力を減らすことになってはいかんと考えておられるのだろう、虚影様は」

 だが、濫鬼は睨むような目つきのまま、反論してくる。

 「将来への布石ですって? あんな連中が? 確かに儀式には私も参加したし、生み出される瞬間も見たわ。それだけに、あんな半端者が厳鬼の代わりか、とがっかりしたわよ」

 「おぬし、それは虚影様に対する不敬の罪だぞ」

 蒐鬼が不快感をあらわにする。

 「虚影様は絶対の方だし、あのお方のためなら命を差し出してもいいとさえ思う。だけど、それとこれとは話が別よ。何故私たちが、いつまでもくすぶっていなければならないの!?」

 濫鬼は明らかに苛立っていた。

 大事な仲間の一人である厳鬼が、直属の配下とともに人間の霊能者に斃された。しかも、あるじである禍神その人から、その霊能者には手を出すなと言われてしまったのだ。

 何故、自分たちを信じて任せてくれないのか。

 任せてくれたのなら、確実に息の根を止め、敵を討つものを。

 濫鬼は、男三人をけしかけた後、少しだけ話をしたあの霊能者のことを思い返していた。

 見た目は、男と思えないほど美しく、華奢。しかし、<念動(サイコキネシス)>を操る厄介な存在。それでも、あんなに警戒するほどのものとは思えなかった。

 厳鬼が斃されたあの場には、他に何人もの霊能者がいたと聞く。ならば、いわば総合力というべきもので、厳鬼を斃したのではないか。

 しかし、他の三体の意見は少し違っていた。

 特に、実際に対峙したことのある劉鬼は、只者ではないと感じていたのだ。

 いくら本当の意味で全力を出していなかったとしても、普通なら自分の鉤爪の一撃を止められる人間などいないはずだった。

 それを、あの霊能者は止めて見せたのだ。

 しかも、自分たちにとっても厄介と感じるほどの力を持つ化け猫をけしかけてきた。

 あんな化け猫を操るだけでも、普通ではない。

 あれだけの力を持つ化け猫を支配下に置くのは、自分たちでも骨だろう。それを、こう言っては何だが“ただの人間”がやっている。

 よほどの実力者でなければ、出来ないはずだ。

 だからあいつは、なめてかかれる相手ではない。

 劉鬼はそう考え、漸鬼も蒐鬼も同意したが、濫鬼だけは納得しなかった。

 普段は割合冷静なのに、身内が絡むと時に激情にかられるところがある濫鬼は、配下には慕われるのだが、安心してすべてを任せられるか、と言うと、場合によっては任せきれないところがあったのだ。

 以前彼女があの霊能者に接触した時には、冷静な判断が出来る状態で接触した。

 だが、その後に厳鬼が斃された上に、手出しを禁じられたため、逆に冷静さを保つことが出来なくなってきていた。

 それを皆、危惧していた。この状態であ奴に対峙すれば、足元をすくわれかねない。

 「とにかく濫鬼、少し頭を冷やせ。おぬしは先走りなところがある。先ほども言ったが、厳鬼の二の舞をさせるわけにいかん!」

 漸鬼が、ややきつい調子で告げると、濫鬼はやっと、しぶしぶうなずいた。

 「……わかったわよ。もう少し、様子を見るわ。でも、あの【黒猿】がやっぱり使い物にならないってわかった時点で、動かせてもらうからね」

 濫鬼がそう言うと、他三体の鬼は顔をしかめながらもうなずき返す。

 この場は、濫鬼の暴走を抑えたということで、何とか落ち着いた状態になりそうだった。

 そもそもこの場は、濫鬼を止める場ではなかった。(めい)によって行動した【黒猿】の力を、確認する場であったのだ。

 それが、濫鬼が存在そのものを認めずに突っかかる形になったため、ああなったのだ。

 ひとまず濫鬼が落ち着いたところで、改めて【黒猿】の力のことを確認し合う。

 いきなり常世(とこよ)より現世(うつしよ)に現れ、相手の不意を突いて手傷を負わせ、自分が不利と悟れば直ちに撤退する判断力は、なかなかのものだという結論には達した。

 命じられたことだけを単純に行うだけでは、いざという時役に立たない。自律的に判断出来なければ、いちいち指示を出すものがそばにいなければ、使えないことになりかねないのだ。

 そこへいくと、あれは最低限自分の身を守ることが出来る判断力がある、ということになる。

 もっとも、その場その場での判断力はあるだろうが、長期的な視点にたっての作戦行動は難しいだろう。自分たちに匹敵するほどの知恵はない。

 命ぜられたから“贄の巫女”の元に行った。邪魔されたから戻ってきた。

 それだけなのだ。

 それでも、あの邪魔者に対しては、それなりに有効な手駒となるだろう。

 しかし、今回は厄介だった。張り付いていた雑霊どもが、行先を掴むことが出来なかったのだから。

 しかも、途中で集まり、そこでも行先の話は出なかった。そのため、事前に仕掛けておくことが出来ず、後追いの形になったのだ。

 奴らは、どうやって話をまとめていたのか、それがよくわからない。

 そんなことを話しているうちに、不意に濫鬼が立ち上がった。

 「おい、今度はなんだ」

 蒐鬼が問いただすと、ふてくされたような口調で濫鬼が答える。

 「ちょっと馬鹿馬鹿しくなってきただけ。もういいでしょ、これだけ付き合ったんだから。ちょっと考えたいことがあるんで、これで失礼するわよ」

 さらに止めようとする間もあらばこそ、濫鬼はあっという間にその姿が薄れ、消え去った。あとには、渋い顔をした三体の鬼が残った。

 「……あの調子では、全く納得してなかったか……」

 溜め息混じりに漸鬼がつぶやく。

 「……しかし、今ふと気づいたんだが……」

 急に、劉鬼が真顔になって話し出した。

 「【黒猿】だが、あいつはいきなり現世(うつしよ)に現れたんだったな?」

 「ああ、そうだが」

 漸鬼が答える。

 「しかも、“贄の巫女”の至近距離から。それで、普通割り込めるものか?」

 「あっ」

 「うっ」

 劉鬼の指摘に、他の二体も気づいた。あの霊能者は、割り込んで身を挺し、“贄の巫女”を護った。

 確かに前兆はあったにしろ、現れる瞬間自体は刹那の間だ。

 それは、まったく不可能ではないにしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだ。

 それを割り込んで見せたあいつは、一体何者だ!?

 この時初めて、何故虚影が手出しを禁じたか、はっきりとわかった。あの霊能者は異常だ。感知力が、人というより妖に近い。

 「……もしかすると、あ奴はとんでもない存在なのではないか。厳鬼が破れたのも、たまたまではなく、本当に実力で斃したのだとしたら……」

 漸鬼のつぶやきに、他の二体も顔色を悪くする。

 確かになめてかかれる相手ではないとは思っていたが、だからと言って厳鬼が敗れたのは、悪い偶然が重なっての結果ではないかと考えていたのだ。

 だが、そうでないとしたら。本当に真正面から対峙して、斃したのだとしたら……

 「おい、濫鬼はどこへ行った!? あいつをちゃんと見張っていないと、あいつ突っ走りかねんぞ! 今の話は、この場にいた者しか共有してはいないぞ」

 蒐鬼が慌てて立ち上がりながら叫ぶ。劉鬼も立ち上がって辺りを見回した。

 だが、すでに濫鬼の気配はみじんも感じられない。

 「……あの馬鹿、下手をしたら……」

 漸鬼は、顔をこわばらせたまま、先程まで濫鬼が座っていた敷物を見つめていた。


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