11.アカネの思い
探偵事務所には、結城たちだけではなく、法引や昭憲もやってきていた。
川本家の車と別れた後、連絡を取り合って霊能者組が一旦集合することにして、事務所に集まったのだ。
ローテーブルを真ん中に、向かい合わせに置かれている来客用のソファーや椅子にそれぞれ座り、顔を合わせることになった。
すべては、不意打ちを仕掛けてきたあの猿の化け物のことだ。
あれに反応出来たのは晃だけで、彼でさえギリギリ自分を盾に出来ただけだ。
あの化け物が、いつ現れるかわからない。
そう考えると、一刻も早く対応策を考えなければならない。
「それで、いち早く手を付けられるものとして、お守りの強化ということを考えた、というわけですか」
確認するように訊ねる法引に、晃はうなずく。
「ええ、そうです。あの化け物を寄せ付けないようにするには、ひとまずそのくらいしか手はないと思います」
「でしょうな」
「それで、早見くんが渡した守り石以上の力を込めるなら、儀式を行ってこの場にいる全員の力を込めるしかないだろう、ということになりましたのでね」
結城がさらに続けると、法引も昭憲もうなずいた。
家の中に閉じこもるというのなら、強力な結界を張り直せばなんとかなるかもしれないが、万結花の望みである『社会人として働き、給料をもらう』ということを実現させるためには、今きちんと資格を取らないといけない。
そのためには、万結花は家に閉じこもるわけにはいかないのだ。
まあ、さっさと仕える神を決めてしまうえばいいのかもしれないが、一度決めたなら変更は効かないことだけに、安易に妥協するとかえって悲劇の元になる。
晃としても、妥協してもらうことなど考えてもいなかった。
そしてそのために、晃がおのれの身を削って万結花を護っていることは、誰もが承知している。
これ以上、晃一人に負担が集中するのを避けたいという思いも、皆に共通するものだった。
「和尚さん、そういう強力なお守りを創る儀式って、出来るものかしら?」
和海の問いかけに、法引は首を縦に振った。
「それは、出来ますな。この場にいる全員で力を込めれば、おそらく相当なものになるでしょう」
「その準備には、どれくらいかかりますか? 万結花さんの安全のためにも、出来る限り早く渡したいんです」
真剣な表情の晃に、法引は少し考え、口を開いた。
「……そうですな、最低でも二、三日は必要です。お守りにするための、いい素材が見つからなければ、もっとかかるでしょう」
「……やっぱり、そうなりますよね……」
肩を落としてうつむく晃に、昭憲が声をかける。
「気持ちはわかるけど、焦っても仕方ないと思うぞ。さすがに、向こうさんだっていきなり動くとは思えないしさ」
そして、さらに余計な一言を口にする。
「好きな子が心配なのはわかるけど、男ならもっとどんと構えなきゃ」
晃の顔が、こわばったようなものに変わる。
「な……そ、そんな……ことは……」
目に見えて、表情が暗くなる。
「こら、昭憲。余計なことを言うものじゃない」
法引がぎろりと睨むと、昭憲は頬を引きつらせながら目線を逸らす。
「まあ、その、何だ。お守りにふさわしい、いい素材というのは何ですか。私のほうでも、探しておきますが」
場の空気を変えるように、結城が素材のことを話題に出した。
「そうですな、我々の力を込めやすく、なおかつ強度があるものです。力の込め過ぎで、割れたりすることは充分あり得ますからな」
法引の答えに、皆納得する。
普通そういうものに使う場合、木の板だったり、水晶玉だったりする場合が多い。
ただ、儀式に使うのならば、“霊的に”質がいいものを使わなければ、使い物にならないことは多々ある。
こればかりは、実際に手に取ってみないと良し悪しがわからないので、通販は使えない。
晃自身、力を込めるために使った石は、自分でそういうものが売っている店まで出かけて、確認しながら選んできたのだ。
渡す相手を思い浮かべることによって、その相手にふさわしいものを選んでいたが、それだけではなく、自分の力をどれだけ込められるかということも考慮して選んだ。
だから、その“パワー・ストーン”と呼ばれる石は、晃の力の器となり、今も守り石として万結花の身を護っている。
儀式のときに使うものは、法引が見極めて用意するとして、儀式の日取りも、考えておかなければならない。
出来る限り早く段取りしたいところだが、どうしても数日かかってしまうのはどうしようもないだろう。
その間、何もないことを祈りたいところだが、不安は残る。
すると、晃が考え込んだと思うと、急に目の前のローテーブルの上にアカネと笹丸が姿を現した。
「……お守りだけだと、まだ不安なんですよ。それで、考えたんですけど、アカネをボディーガードにつけようかと思って……」
晃はそう言うが、当のアカネが明らかに不愉快そうににゃあにゃあ鳴いている。
「……なんだか、ずいぶんとご機嫌斜めみたいだが……」
思わず訊ねる結城に、晃は微苦笑を浮かべる。
「……アカネは、僕のことを護りたいようなんです。でも、僕としては、より危険な万結花さんのほうについていて欲しいんですけど……。アカネ本人が納得してなくて……」
アカネは、笹丸の術で晃に従属している。いざとなれば、命令すればアカネは逆らえないはずだ。
しかし、晃はアカネに対して命令は出したくないという態度が見え見えだった。
「しかし、説得出来なければ、命令でそうしてもらうというのも、選択肢としては存在はするはずですが……早見さんは、それはいやなのですな?」
法引の問いかけに、晃はうなずく。
「……アカネは、まだ心に傷を負っています。僕を護りたいというのも、それの裏返しなんだと思います。アカネにとって、僕は生まれて初めて心を許すことの出来た存在らしいので……」
「ああ、そっちか……」
昭憲が、納得したとばかりに大きく息を吐いた。
実際、アカネは晃の側を離れないと言い続け、隣で笹丸がなだめている状態だったのだ。
(アカネよ。気持ちは分かるが、晃殿の想いを汲んでやらぬか。あまり意固地になると、逆にわがままとなるぞ)
(だって、あるじ様、何度もひどい目に遭ってる。わたい、全然助けられてない。だから、あるじ様護るため、ずっとそばにいる)
(アカネ、お前の気持ちは嬉しいよ。でも、今はお前の力を借りたいんだ。万結花さんを護ってほしい。お願いだよ、アカネ)
晃は手を伸ばし、アカネをそっと抱き上げると、ゆっくりと抱きしめた。
(……ごめんよ、心配ばかりかける、だめなあるじで。それでも、お前に頼むしかないんだ。アカネ、万結花さんを護ってくれ……)
アカネは、いやいやをするように頭を左右に振りながら、それでも晃に体を預け、じっとしている。
「……アカネにとって、晃くんは一番に護りたい、大事な人なのね。だから一層、離れる決断が出来ないんだわ」
和海が、複雑そうな眼差しでアカネを見つめる。
アカネがなぜ化け猫になどなったのかを考えれば、まだ人間を信じきれないのは当然だし、心を許したあるじである晃のことを、第一に考えるのも当然だった。
しかも晃は、ここのところ緊急入院する羽目に陥る事態になる事が何度もあり、アカネはそのたびに寂しい思いをしていたのだ。
まだ大人になり切っていなかったアカネにとって、あるじである晃の側にいることが、親の側にいるときのように安心出来たに違いない。それを何度も奪われたら、それはやはり思うところはあるだろう。
アカネが万結花の側に付き、ボディーガード役を務めてくれたなら、間違いなくただお守りを渡すより、確実に安心出来る。
だが、命令で無理強いすると、やはり問題が起こりそうな気配があった。
(アカネ、お前の気持ちはよくわかる。でも、万結花さんは僕にとって、命を賭けてもいいくらい大切で、護りたい人なんだ。万結花さんを護るために、力を貸してくれ)
(……あるじ様、わたい、あるじ様の側で、あるじ様、護りたい……)
(頼む、アカネ。万結花さんに何かあったら、僕は……)
アカネを抱きしめる手に、わずかだが力がはいった。