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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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10.万結花の決意

 川本家の家の前に、いつものスカイブルーのハイブリッド車が停まる。運転している俊之以外の家族が降り、車は契約している近くの月極駐車場へと向かった。

 「ほら、家に入って」

 家の鍵を開けた彩弓に言われ、万結花を庇うように舞花と雅人が続いて家に入っていく。それを見て、彩弓も家に入った。

 家族がひとまず上着を脱いでそれを置きに行くため、各々(おのおの)の部屋に向かったところで、俊之も帰宅しやはり部屋に向かった。

 そして雅人が、いつもの場所にコートをかけて一息ついたところで、階段をゆっくりと上ってくる足音が聞こえ、さらには部屋のドアをノックする者がいる。

 もしかして、と思ってドアを開けると、そこにはやはり万結花が立っていた。

 外出用のキルティングコートを脱いだだけの恰好で、真剣な表情のまま口を開く。

 「……兄さん、説明して。晃さんに何があったの?」

 雅人は溜め息を吐くと、ひとまず万結花を部屋の中に入れた。

 「……どうしても聞きたいか? あいつに何が起こったのか」

 雅人の言葉に、万結花がうなずく。

 「もちろんよ。だって、あたしの手に触れた晃さんの“左手”が、おかしかったんだもの。なんだか爪が伸びてて、少し筋張っていた様な……。前に触れたときと、全然感触が違うんだもの」

 「……やっぱり気付いたか」

 「それにね、前にお見舞いに行った時、晃さんからほんのわずかだけど、妖怪みたいな気配が感じられたの。普通、ありえないでしょ。晃さん自身が、強力な霊能者なんでしょう。それなのにそれを感じたっていうことは、なんかとんでもないことが起こっているんじゃないの?」

 「そこまで気づいてたのか……。わかった。それならもう、隠してても仕方がないな。あいつには、口止めされてたんだけどな……」

 雅人は一瞬だけ天井を仰ぐと、真剣な口調で話し始めた。

 「……早見が持つ、“魂喰らい”という力のことは知ってるよな」

 「知ってるわ。妖なんかをあっという間に喰らい尽くす、ある意味怖い力よね」

 「その力を使うのに、代償があるとわかったって話なのさ……」

 雅人は、晃が背負う代償のことを話して聞かせた。それを聞いているうちに、万結花の顔がこわばっていくのがわかった。

 「……そんな……。嘘でしょう……」

 「嘘じゃない。あのまま使い続ければ、いつかあいつ自身が、本物の物の怪になっちまうんだ。あいつは、それがわかっていながら、お前を護るために、その力を使い続けると決めているようなんだ。だからおれは、あいつがどんな姿になり果てようと、隣に立ち続けると決めた。それが、あいつにそんな選択をさせたおれたちの責任だと思うから」

 万結花が、唇を噛みしめてうつむく。

 「言っておくけどな、あいつは自分でその選択をした。逃げ出すことも出来た。『もう手に負えない』っていえば、誰もそれを止められなかったはずだ。でも、あいつはその選択をしなかった。だからおれも、逃げないと決めたんだ」

 雅人の言葉に、万結花は顔を上げた。ある種、何かを決意したような表情だった。

 「……わかったわ。それならあたしに出来ること、やるべきよね?」

 「お前に出来ることって、なんだ?」

 怪訝な顔になる雅人に、万結花ははっきりと言った。

 「あたし、晃さんを支える。晃さんの身に何が起こっても、あたしは晃さんのことを好きでいる。大好きって、言い続ける……」

 「万結花!!」

 雅人は、思わず(万結花)の顔を凝視した。その顔は、真剣そのものだった。

 「お、お前……早見のこと……」

 「ええ、そうよ。ずっと前から自分で自分にもやもやしてたの。やっとはっきりわかった。あたし、晃さんが好き。だから、あたしも逃げない」

 なんとなく、そんな気配はしていたが、やはり万結花は晃のことが好きになっていたのか。

 文字通り体を張って、命がけで護っている晃のことを、無視出来るはずがない。ましてや、相手はすでに『好きだ』と口走っているのだ。

 絶対に結ばれることがない、両想い。

 いつかはこうなるような気はしていた。

 「……お前の気持ちは分かった。でも、早見の異変に関しては、他の誰にも言うなよ。なんだか、本当に大変なことになりそうな予感がするんだ」

 「……わかった。あたしも、そんな気がする。迂闊に口に出来ないよね……」

 万結花は一度大きくうなずくと、雅人の部屋を出て行った。

 頭を抱えたくなるような思いになりながら、雅人は盛大に溜め息を吐いた。

 そして万結花はと言うと、自分の部屋に戻りながら、あまりにも重大すぎる現実に何も言えなくなっていた。

 一度だけ見た、晃の顔が脳裏に浮かぶ。

 あの姿が、いつか異形のモノと変わってしまうのだろうか。

 でも、それは全て自分のためなのだ。

 万結花は改めて、“贄の巫女”である自分という存在は何なのだろうと思った。

 百年に一度生まれる、強大な霊力を持った存在。神に仕えることで、その神の力をより一層増す力を持ち、人とは決して結ばれぬ宿命を持つ。

 巫女は仕える神を選べるが、それは言霊によるいわば口約束ですべて決まる。だから、心にもないことであっても、口に出せば契約は成立してしまう。

 意に染まぬ相手と無理矢理契約してしまうことを防ぐために、晃たちは動いている。

 そして今、禍神などという存在に目を付けられているとわかっているからには、かの神との契約は何としても防がなければならない。

 それでも、と万結花は思う。

 どうして、そこまで自分を犠牲に出来るのだろう。これでは、晃自身の人生が滅茶苦茶になってしまうではないか。

 兄は、『代償行為なのではないか』と言う。

 絶対に結ばれない関係だからこそ、自分の想いを“護る”という行為に変えて、行動しているのではないか、と。

 普通なら、それこそ自分に酔っていると言われるような、遅れてきた厨二病のようなものに見えるかもしれない。

 だが、これは正真正銘命がけなのだ。一歩間違えれば、本当に命を落とすような。

 しかも、すでに彼は自分の命を削り、八年も寿命を縮めている。

 もはや、取り返しがつかないところまで来ているのだ。

 そう思うと、晃の一途さがつらい。

 胸が締め付けられるようだった。

 兄はすでに責任を感じ、隣に立ち続けることで自分なりの責任の取り方を示している。

 ならば自分は、やはり彼がどんな姿になろうと、彼を想い続けることで責任を取ろう。

 たとえ結ばれることがなくても、自分は彼への思いを胸に、一生を生き続けよう。それが、自分の責任の取り方だ。

 今頃、晃は何をしているのだろう。

 今は、探偵事務所の二階に住んでいるというから、すでに事務所に帰りついただろうか。

 そんなことを思いながら、万結花は首から下げたお守りの石をそっと握る。

 ぬくもりが伝わる。これは、物理的な熱ではない。晃の力のこもったものが持つ、彼自身の暖かさを宿したものだ。

 (ごめんなさい。そして、ありがとう……)

 今の自分が無力であることは、万結花自身がよくわかっていた。

 強大な霊力を宿そうと、それを自分の意志で使いこなすことが出来ないのだ。

 もしそれが出来れば、禍神の配下など、おそらく寄せ付けないで済んだはずだ。

 あれから何度か、自分で自分の霊力を(ぎょ)することが出来ないか、試してみたことはあった。しかし、無駄に終わった。

 人が御することが出来ないほどの力を宿すからこそ、“贄の巫女”なのだ。それを自分で御することが出来たなら、“巫女”ではなく“神”と呼ばれるもののはずだ。

 神でないものさえも、神に等しい力を与えるほどの霊力。そのような力を宿す自分は、本当に人なのだろうか。

 ふと、そんな疑問さえ湧いてくる。

 その時、万結花は気づいた。ああ、自分は晃と似ているのだ、と。

 人の身でありながら、人を超える力を持つ“人外”。

 晃の本性を知った時には驚いたが、よく考えれば、自分も似たようなものではないか。

 ただ、その力を御せるか、御せないかの違いだけだ。

 晃はなまじ御せるから、その代償を引き受けなければならなくなったのだろう。

 ならば、自分は自分の意志を貫こう。何より、晃のために。彼を、悲しませないために。

 万結花の心は、決まった。


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