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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
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09.推測

 川本夫妻は、三十分余りで戻ってきて、晃が来ていたのと同じようなナイロンコートと、肌着、裏起毛のシャツとナイロン混紡のセーターを晃に手渡した。

 「すみません。買ってきていただいて、ありがとうございました」

 頭を下げる晃に、早く着替える様にと告げ、夫妻は自分たちの子供たちのところへ戻る。

 入れ替わるように、結城や法引、昭憲が人垣を作り、晃が着替える間、風よけを務めた。

 和海は少し離れたところで、第三者がやってこないか、周囲に目を凝らしている。

 いくら車の間で風が通りにくいとはいえ、一番寒い季節だ。増して晃は、そうスムーズに着替えが出来る体ではない。少し時間がかかってしまうのだ。風よけ代わりの人垣は必要だった。

 皆にいろいろ気を使ってもらいながら着替える晃の様子を、少し離れたところから確認して、雅人が溜め息を吐く。

 そして、いまだに真顔のままの万結花のほうを見た。

 何だか顔色が悪いのは、絶対に晃の異変に気付いたからに違いない。病室で“視た”、どこか鬼の手を思わせる爪の鋭くなった手を思い出し、あの手で触れたらさすがに気づくな、と雅人は天を仰ぎたくなった。

 あれは、人間の手ではない。

 万結花は以前にも、晃の傷を治すために協力したことがある。その時の手の感触と、全然違っていたはずだ。

 (早見自身、バレたと思ってるだろうから、おれがここでバラしても文句は言わないと思うんだが……)

 何とも気まずくて仕方がない。

 やがて、着替え終わった晃が、川本家の人々の前に姿を現した。

 「いろいろ迷惑をかけてしまって、申し訳ありません。また厄介ごとに巻き込まれる前に、帰りましょう」

 晃がそう言って頭を下げると、川本夫妻がとんでもないとばかりにかぶりを振った。

 「何言ってるんだ。君がいなければ、怪我をしていたのは万結花だったんだ。迷惑でなんかあるもんか」

 「そうよ。あなたは万結花を護ってくれた。それで充分よ」

 それを聞き、昭憲が疑問を呈する。

 「でも、おかしいですよねえ。なんで、“贄の巫女”本人を狙ったんだか。本人に怪我させたら、元も子もないだろうに……」

 そう言われれば、確かにおかしいと思う疑問だ。

 一番能力の高い晃が、受け止められずに咄嗟に自分を盾にするしかなかったほど、あの化け物の攻撃は不意を突いていた。

 晃がたまたま近くにいたから庇う行動がとれたのであって、そうでなかったらあの刃は間違いなく万結花を切り裂いていたはずだ。

 「……まさかと思うのですが……」

 これは推測に過ぎないが、と前置きして、晃が話し始める。

 「禍神の元まで連れて行く間生きていればそれでいい、という考えだったのかもしれません。傷を負わせて弱らせて、『ひとまず命は助ける』と誘って、巫女になることを承諾させるつもりだった、とか……」

 「……ありえない話ではありませんな……」

 法引も唸りながら考えこむ。

 相手は、どんな手を使ってくるかわからないのだ。万結花が意思表示出来るだけの体力が残っていれば、それでいいと考えてもおかしくはない。

 それに、あの猿の化け物の実力がまだ読み切れない。

 あの行動は、ほぼ一撃離脱だった。あれをやられたら、こちらは対処が困難だ。

 普段、こちらが知覚出来ない異界とも言うべきところにいて、わずか数舜だけ姿を現し、一撃離脱で再び姿を消す。

 そんな戦法を繰り返されたら、危なくて万結花は外を歩けなくなってしまうだろう。

 いつどこで、襲われるかわからないのだから。

 しかし、四六時中晃がそばについているわけにもいかない。晃も大学の講義がある。

 単位を落とさないためにも、大学に顔を出さないわけにいかないのだ。

 しかも、最近何度も入退院を繰り返しているため、その分がすでにハンデとなっている。

 「……とにかく、今は戻りましょう。どういう対処方法があるかは、こちらで考えますのでね。さ、早見くん、車に乗って」

 結城に促され、晃は車に乗り込んだ。

 それかきっかけだったかのように、皆それぞれの車に乗り込むと、結城探偵事務所のクリーム色の軽自動車を先頭に、自分たちが暮らす街へと帰宅の途に就く。

 それでも晃は、袋に入れてある血に汚れた元着ていた服を抱えながら、考え込んでいた。

 万結花は、自分に起こった異変に、完全に気が付いただろう。雅人には口止めしてあるが、あの調子では話してしまうだろう。

 本当のことを知って、彼女はどう思うだろうか。自分のことを、恐れるだろうか。

 ふと、昔のことを思い出した。

 そちらから近づいておきながら、自分の霊能力を見て、得体の知れないものを見る目をして、自分から遠ざかっていた少女たち。“魂喰らい”の暴走によって病院送りにした結果、化け物を見るような怯えの色を見せるようになった同級生……

 万結花が、そんな顔で自分を見るようになったなら……

 もしそうなっても、それはそれで仕方がない。何度も通った道だ。そう自分に言い聞かせても、心はひきつるように痛む。それでも自分は、彼女の側で、彼女を護るだけだ。

 そして、あの猿の化け物。あの攻撃を、どうやって防げばいいのか。

 もちろん、神社めぐりをさせないための攻撃だとはわかっているが、あの刃が普段生活しているときに向かってきたら、どうすればいいのか。

 自分がずっとついていることが不可能なだけに、万結花の身を護るための、もっと強力な物が確実に必要になる。

 そうなると、もはや儀式を経て創り出される必要があるだろう。

 自分ひとりが創れるお守りは、すでに渡してあるもので精一杯だ。あれを超えるものと言ったら、法引に頼んで儀式という形で複数の力を総合したものにする以外、考えつかない。

 「……考え込んでるな、早見くん。どうやったらあの化け物から川本万結花さんを護れるか、考えてるのか? それとも……例の件、かな……?」

 後部座席で隣に座る結城が、話しかけてくる。結城もまた、晃の異変を知り、何とかならないか模索している最中(さいちゅう)だ。

 「……両方です。でも、異変に気付かれただろうことは、もうどうしようもありません。それより、例の猿の化け物から万結花さんを護る方法を考えなければ……」

 晃は一瞬考え、さらに続けた。

 「もう、複数の人の力を込めて、強化したものをお守りとして渡すしかないと……」

 「……そうだな」

 「やっぱり、和尚さんに頼むの? 晃くん」

 運転席で、和海が口を開く。

 「そうですね。儀式を(つかさど)れるのは、和尚さんしかいませんから。僕は、そういう知識はないんですよ。直感だけで、今までやってきたので」

 晃の力は強力だが、ある意味“力任せ”なのだ。法引のように、きちんとした修行の末に開花した力ではないため、逆に儀式的なことが出来ない。

 「こっちで連絡を取っておく。君は、少し休みなさい。いくら体の傷は癒えても、精神的なショックは残っているはずだ」

 結城の言葉に、晃は改めてそうかも知れない、と思った。

 あの瞬間の、脇腹に感じた熱さにも似た痛みの感覚。自分の血に濡れた相手の刃を“視た”ときの、何とも言えない感覚。

 恐怖がなかったと言えば、嘘になる。だが、他の人の助けで、自分はあれ以上手を出さずに済んだ。

 あの状態で遼の力を取り込んで戦ったら、よりダメージは大きくなっていたはずだ。

 とにかく今は、少し休もう。

 目を閉じて力を抜くと、脳裏に浮かぶのは、あの猿の化け物。そして、自分のほうを向いたまま、こわばっていた万結花の顔。

 心がざわついて、落ち着かない。

 少し疲れているし、眠れるかと思ったが、とてもそんな状態ではなかった。

 もう少しで、探偵事務所に帰り着く。

 今となっては、探偵事務所の二階こそ、自分が心安らげる場所になっているのだとつくづく思う。あそこに戻るのだ、もう眠らなくてもいいか、と思った。

 再び目を開けると、隣の結城があれっという顔をした。

 「なんだ、眠ったんじゃないのか」

 「……寝ようと思ったんですけど……」

 そう言って、晃は大きく息を吐く。

 「……気が高ぶっているんだろうな。体が疲れていても、寝られないことはあるさ。目をつぶっているだけで、少しは休まるはずだ」

 そう言って、結城は自分の鞄からアイマスクを取り出すと、渡してくれた。

 晃はアイマスクを受け取り、それを付ける。

 光が遮られ、程よく暗くなったところで、改めて心を落ち着けるように努める。

 「寝ても寝なくても、事務所に着いたら知らせるから、とにかく休みなさい」

 結城の声が聞こえた。

 呼吸をゆっくりにし、出来る限り余計なことを考えないように、ただ心を無にするように、とにかく心を休めるように。

 自分はまだ、戦わなければならないのだから……


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