表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第九話 踊る愚者
234/345

08.悪夢の一撃

 今回、多少の流血シーンがあります。

 一応ですが、ご注意下さい。

 そして、いよいよ(くだん)の神社の近くまでやってくる。

 駐車場を探して車を止め、神社まで徒歩で二、三分進むと、神社が見えてくる。

 この神社は『阿澄(あすみ)神社』と言い、創建は鎌倉時代の末期。

 周囲は住宅地だが、結構な広さの鎮守の森の中心にあり、鎮守の森の中に入ると、周辺が住宅地とは思えないほどの静寂に包まれる。

 その神社の最初の鳥居は鎮守の森の入り口にあり、そこをくぐって境内に入ると、木々の中に続く参道を進み、拝殿そばの鳥居の前で、万結花は神の気配を感じるために立ち止まった。

 「……ここも、何だかすんなりと心に入ってきません。ここでもないと思います」

 万結花が少し申し訳なさそうな顔で、ぽつりと告げる。

 「いえ、いいんです。巫女は、仕える神を選べるんですから。だから、本当に“ここだ”と思える神社に巡り合うまで、何度でも巡ればいい」

 晃が優しく声をかけると、万結花がうなずく。

 皆がなんとなく、来た道を戻りかけたところで、不意に空が暗くなる。まだ午後二時を回ったところだ。当然、日が暮れる時間ではない。

 仮に日暮れであろうと、こんなに急に暗くなるはずはない。

 誰もがおかしいと感じた途端、晃が急に万結花を背に、まるで庇うような姿勢となる。

 その刹那、何か黒っぽいものが二人のすぐ近くに現れたかと思うと、晃と交錯し、すぐさま離れると同時に鮮血が散った。

 「!?」

 それは、全身を濃く黒褐色の毛並みにおおわれた、身長が小柄な人間ほどもある、猿のような顔をした化け物だった。獣が無理矢理二足歩行しているような体に、手足だけは人間そっくりなその化け物は、右手に血の滴る刃渡り二十センチ強の短刀を逆手に握っていた。

 『ワレノ一撃ニ気ヅクトハ、アノオ方ガ言ワレタダケノコトハアル』

 どこか片言でしゃべる猿の化け物は、短刀を構え直す。

 それに相対する晃は、右脇腹を右手で押さえていた。着ていたナイロンコートは大きく切り裂かれ、そこを押さえている指の間から、血がじわじわと溢れ、服を赤く染めていく。

 誰もが、ほぼ不意打ちの猿の化け物の出現の瞬間に気づかなかった。気づいて動けたのは、晃だけだったのだ。

 一瞬凍り付いた時間が、次の瞬間動き、結城、和海、法引、昭憲が化け物を取り囲み、三人が白木の霊具を、法引が数珠をかざして、呼吸を合わせて一気に浄化の気を放った。

 『ムウ、残ッタ者モソレナリニ使エルト見タ。面倒ナ』

 次の瞬間、猿の化け物はたちまちのうちに姿が掻き消え、暗くなっていた空も元に戻った。

 直後、晃がその場にうずくまる。苦痛に顔が歪んでいるのが、誰の目にも映った。

 誰もが慌てて側に駆け寄る。

 傷は、浅手ではなかった。実際晃は、化け物が去ったことで気が抜けたせいか、痛みのために動けなくなっている。

 「と、とにかく救急車を!」

 彩弓がスマホを取り出した途端、晃が叫ぶように口を開く。

 「待ってください! ……救急車は……呼ばないで……!」

 「何故だよ!? お前、大怪我してるんだろ!」

 雅人が、怒鳴るように言葉を返すと、晃が真顔で答えた。

 「……救急隊に……この傷をどう説明するんだ……。まず間違いなく……警察に連絡が行くぞ……」

 「あ……」

 晃の傷は、刃物で切られた傷だ。だが、まさか実体化した刃物持ちの妖に切り付けられましたと言って、誰がそれを信じるというのか。

 普通は、()()()()()()()()()()()()()と考えるだろう。

 そうなると、厄介な事態になることは目に見えていた。

 だが、このままにはしておけない。

 何とか外科がある病院が近くにないか、皆で検索し始めたが、今日が休日であったため、開いている病院が近くにない。

 その時、万結花が近づいてきた。

 顔はこわばり、いくらか青ざめていたが、それでもはっきりとした声で告げる。

 「晃さん、私の霊力を使ってください。そうすれば、傷は治るはずですよね?」

 以前のように、“魂喰らい”の力で万結花の霊力を喰らい、傷を治せばいいと言ったのだ。

 しかし、前とは違うところがある。晃の“左手”は、すでに人間のそれではなくなってきつつある。触れれば、確実に万結花に気づかれる。

 「どうしたんですか? あたしはもう、心の準備は出来ています。さあ、早く!」

 万結花の声が、焦りを含む。敏感な彼女のこと、血の匂いに気が付いているはずだ。

しかも、母親(彩弓)が救急車を呼ぼうとしたのだ。兄が大怪我だと言ったのだ、何もせずに済ませることなど出来る状態ではないと理解しているだろう。

 けれど晃は、やはり躊躇っていた。彼女には、気付かれたくない。

 その時、首にかかった白い石から笹丸が声をかけてきた。

 (晃殿、気持ちはわかるが、もはややむを得ぬ。“魂喰らい”を使うのだ)

 (……笹丸さん。でも、そうしたら……)

 (あるじ様、わたい、何も出来なかった。だからせめて、怪我治して)

 アカネが、哀しそうにつぶやく。アカネは、晃が開放しなければ石から飛び出したり出来ない。事故を防ぐためにそうしてあるのだが、アカネにとっては今回のような出来事は、歯がゆくてたまらないだろう。

 「晃さん、お願い。あたしの霊力を使って!」

 万結花の顔が、今にも泣きそうに歪む。

 こんな顔を、させたくなかった。

 川本家の人々も、雅人を除いてなぜ晃が躊躇うのか、わかっていないようだった。すでに本性がわかっているのだから、問題ないだろうとばかりに。

 (晃、この状態を放っておいたら、また出血で大変なことになるぞ。覚悟を決めろ。もう、どうしようもない事態だ。あとで説明するか、事情を知ってる奴に説明してもらえ)

 遼に言われ、晃もまた覚悟を決めた。使わなければ、別な問題が起こってくるはずだ。

 遼の力を呼び込んで本性を現し、素早く万結花の右手を“左手”で下から掴んだ。

 その瞬間、万結花の表情がこわばるのをはっきりと見た。

 ……やはり、気付かれた……

 それでも、ここでとめるわけにもいかない。

 晃は“魂喰らい”の力を発現させる。巫女の霊力が一気に流れ込み、脇腹の傷が熱く感じるほどになった。

 傷口に力が集まる。青白い光が、視界に入った。

 傷がふさがり、失われて少なくなった血が、再び増えて元に戻るのを感じる。

 先程までわずかに感じていた寒気も、もう感じない。

 晃は大きく息を吐くと、遼の力を分離し、静かに手を離した。

 そっと万結花を見上げると、万結花はいまだこわばった表情のままだった。

 晃は目を伏せ、そのまま立ち上がる。

 「……すみませんが、どなたか着替えを買ってきてくれませんか? お金は、僕が払いますから……」

 うつむいたまま、申し訳なさそうに晃が口を開くと、途端に俊之が反応した。

 「いや、お金なんか払う必要ない。こっちで買ってくる。今だって、君が庇ってくれなかったら、万結花が怪我をしていたはずだ。娘を護ってくれた君に、金を払わせるわけにいかないよ」

 「そうよ。あなたは恩人。そのまま待っていて」

 彩弓も、当然のように口を開いた。

 そして、川本夫妻は車に戻るため、その場を離れていく。

 その背中を見送りながら、晃は先程の万結花のこわばった顔を思い出していた。今だってすぐ後ろにいるのだが、いま彼女がどんな表情をしているのか、確かめるのが怖くて振り返れない。

 「……とにかく、車を置いてあるところまで戻りましょ。周りをみんなで囲めば、誤魔化せると思うし」

 和海の言葉をきっかけに、法引や結城、昭憲が晃の周囲に守るように立ち、それに和海も加わって、血に染まった箇所を隠すようにして移動を開始する。

 それを見て、雅人も妹二人に声をかけ、後に続いた。

 その途中、すぐ隣にいる万結花が、小声で話しかけてくる。

 「……兄さん、晃さんに何があったの?」

 あまりに真剣なその口調に、雅人は(万結花)が晃の異変に完全に気が付いたと悟った。

 「ここでは言えない。でも、相当まずいことが起きてることは間違いない」

 小声で答えを返すと、万結花は無言でうなずいた。その顔は、怖いほどに真剣だった。

 「家に帰ったら、話すから。あいつも、隠せてるとは思ってないだろうからな」

 「わかったわ」

 一歩離れたところでは、まだ何も気付いてないだろう舞花が、それでも少し心配そうに晃のほうを見ている。

 それからは特に騒ぎになることもなく駐車場に着くと、車の間の目立たないところに晃を入れ、他の者たちは駐車場の入り口近くの歩道で、川本夫妻の帰りを待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ