07.重たい雰囲気
とにかく今は、今回の神社めぐりが無事に成功することに、全力を傾けなければならない。
晃は一度大きく深呼吸すると、改めて前を見据えた。
「……心配かけてすみません。でも、今は進まないといけません。今まで、神社めぐりと言うと、必ず邪魔されてまともに終えられなかった。今回は、何とかまともな形で終えたいですよね」
晃が、わざと明るい口調でそう言うと、結城も和海もうなずいた。
先程集合したパーキングエリアで、すでに行程の半分は来ている。あと三十分ほどで、高速を降りて目的地に近づく。
これから行く予定の神社は、住宅地のはずれの小高い丘の麓にある。これでも一応、ネットで周辺情報は拾ってあった。
「一応確認するが、特に嫌な予感はしないんだな?」
結城の問いに、晃はうなずく。
「今のところ、そういう予感はありません」
それだけでも、少しは気持ちが軽くなる。
そのまま何事もなく、車は高速を降りて目的の神社に向かった。
下道に入ってからは、十分足らずで目的の神社の近くまでたどり着く。付近で車を止めておける場所を見つけ、そこに三台の車が相次いで止まると、再び全員が車の近くに集合した。
「これから、目的地へは徒歩で向かいます。歩いて五分ほどですか。充分気を付けてください」
結城がそう言うと、以前と同じく、結城、和海、法引、昭憲の四人で川本家の五人を囲んで守り、晃は一人、先導して一歩前を歩くという形を取る。
今回訪れた神社は『万木神社』。起源を室町時代初めまでさかのぼる、地域の氏神というべき神社だった。
小高い丘を背後に、本殿と拝殿が配置されている形の神社で、周囲をこじんまりとした“鎮守の森”に囲まれた落ち着いた佇まいのところだ。
その入り口となる鳥居の前で、晃は周囲の様子を確認した。
「……特に何も感じません。大丈夫です」
その言葉に、皆が動き出した。そして、鳥居のすぐそばで皆に守られるように万結花が立ち、じっと気配を感じ取るように試みる。
「……ここも、何だか合わない感じです。ごめんなさい……」
肩をすぼませる万結花に、晃がそっと声をかける。
「謝らないでください。合わないと感じれば、それを優先してください。一生の問題になりますから」
晃にそう言われ、万結花はうなずく。
それを確認して、一行はその場を離れ、車を止めているところに戻った。予定では、次の神社に向かう前に、昼食を取ってしまおうということになっている。
周辺に、全員で入れそうな店が見当たらなかったため、スマホで検索し、次の神社に向かう途中に、ちょうどファミレス的な食堂があるとわかり、車でそこに向かうことになった。
今度は高速に敢えて乗らず、下道を進んで検索した食堂に向かう。
車で三十分ほど走ったところで到着したそこは、全国チェーンではない“地域限定のファミレス”と言うべき店で、そこそこ規模もあり、十人がまとめて入ってもまだまだ余裕がある造りになっていた。
そこに入店すると、少し待たされたが全員が隣り合うテーブルに着くことが出来る一角に案内された。
そこで、なんとなくだがそれぞれ同じ車に乗っていた者同士で固まり、席を選んだ。
皆が着席し、水が注がれたグラスが全員にいきわたったところで、メニューを広げる。
メニューを見ることが出来ない万結花は、舞花にメニューを読み上げてもらって、自分が食べたいものを選んでいるようだった。
いつもの結城探偵事務所の面子でテーブルを囲んだ晃は、またもあの予感に襲われた。
「……すみません、所長。午後、何かあると思います。また、嫌な予感がするので……」
小声で隣の結城に告げる晃に、結城もわずかに顔をしかめる。
「……結局今回も、妨害が入るというわけか。もしかして、追いかけてきたかな」
「だと思います」
「……和尚さんにも、知らせておくわね」
和海がスマホで通信アプリを立ち上げ、メッセージを送ると、ほどなく法引から了解した旨の返事が来た。
内心溜め息を吐きながらも、三人は表面上は何事もなかったようにメニューを決め、全員が決めたところでウェイトレスを呼んで注文を伝え、一息ついた。
「しかしいいのか早見くん、サンドイッチとオレンジジュースだけで」
結城の問いに、晃はうなずく。
「ええ。あまりおなかが空いてないんですよね。これでも朝食はきっちり取ってるんで、大丈夫です」
「……男子大学生のお昼がサンドイッチセットっていうのはどうかと、わたしも思うわよ。レディースセットのほうが、まだボリュームがありそう」
和海までそう言われ、晃は苦笑した。
そのやり取りが聴こえたのだろう、雅人が多少呆れを含んだ口調で言った。
「早見は、大学のカフェテリアでもそうですよ。サンドイッチとか、ちょっとしたうどん一杯とか、ほんとにそんな程度しか食べないですもん」
「お兄ちゃんは、夜食でもどんぶり飯かき込むけどね」
舞花が、ぼそりとつぶやく。しかし、結構はっきりと聞こえる声であったため、その場にいた皆に聞こえた。
「……川本、夜中にどんぶり飯はやめておいた方がいいぞ。そういうのを習慣にすると、絶対太るから」
晃の言葉に、雅人がぶすりとした顔になる。
「わかってるってばよ。就活のための資料整理してたら、遅くなっただけだ。何回もやる気はない」
年明け早々、雅人の就活戦線は本格的に始まっていたのだった。
しばらくして、注文した料理が次々と運ばれてきた。
届いた順から手を付けていいという暗黙の了解もあって、皆は自分の分の料理が来ると、周囲に一言断ってから口を付ける。
そのまま、一応表面上は和やかな昼食となった。
しかし、霊能者組はそれぞれテーブルを囲んだ状態で、小声で話し合いをしていた。
探偵事務所組は晃を中心に、どうしたら被害を受けないような体制を組めるか、ぼそぼそ話し、法引親子は如何に晃をフォローするかで、アプリを使って探偵事務所組とメッセージのやり取りをしていた。
そんな様子に、さすがに前回までのこともあって、川本家の人々も何かおかしいと気が付いた。
「……あの、何かあったんですか? その、何だかさっきから小声で話をしているみたいですが……」
俊之が、結城に向かって怪訝な顔で訊ねる。
「……気づかれましたか。もしかしたら、これから回ることになっている神社では、何か起こるかもしれないということです。早見くんが、“嫌な予感がする”というので」
今まで、襲撃の前に晃が“嫌な予感がする”と言っていたことを、後日聞かされていた俊之たちは、すぐに事態を把握した。
「……なるほど、そういう事でしたか。では、我々はどういう行動を取ったらいいですかね?」
「それは、その時の状況に寄りますが、私たちの指示に従っていただければ、それで結構です」
結城がそう言うと、法引もうなずく。
「そうです。守るのは、わたくしたちの役目ですからな。こうして何かあると心構えが出来るだけで、相当違うものです」
本当の意味での不意打ちではなくなるということだが、それでも何か起こった時にはかなりの重大事態が引き起こされている。
家族の顔に、何とも言えない焦燥感のようなものが浮かぶ。
「……だから、家族全員での参加はやめようって言っただろう……」
雅人が小声でつぶやくと、両親を軽く睨んだ。
それを聞き、俊之も彩弓も気まずそうにうつむいた。
しかし、もう今更という話だ。
なんとなく重くなった雰囲気のまま、昼食を終えた一行は、再び車に戻る前に、駐車場で一旦ひとまとまりになって簡単に打ち合わせをした。
とにかく、結城、和海、法引、昭憲の四人が囲んで結界を張り、晃は一歩先で周囲を確認しながら、神社に向かうこと、いざとなったらただちに避難することなど、再確認してから、それぞれが車に乗り込んだ。
目的地の神社までは、下道をたどってあと小一時間ほどで到着する。
何が起こるかまではわからないが、何かが起こるとわかっていながら、そこへ向かうのはいらぬ緊張を皆に強いる。
車は、重たい雰囲気を乗せたまま、三台連なって走った。