06.察知
その日は、空気が冷たく冴えた晴れの日だった。
結城探偵事務所からは、いつものクリーム色の軽自動車。川本家からは、ブルーのハイブリット車。法引の寺である妙昌寺からは、ガンメタリックのスポーツセダン。
その三台が、それぞれ予めネット上での打ち合わせで決まったパーキングエリアに集合。そこの軽食コーナーで全員が顔を合わせた。
合計すれば、十人になる大所帯である。軽食コーナーの一角を占める形にはなるが、まだ昼にはほど遠く、混雑していなかったため、問題なく近い席に座って顔合わせが出来た。
「皆さん、おはようございます。これからは、目的地までウチの車が先導しますので、それほど間隔を置かずに続いていただけると幸いです」
そう挨拶する結城の前には、コーヒーだけが置かれている。朝食は済ませてきたので、特に食べる気はなかったのだという。
他の人も、ほとんどが飲み物だったが、晃だけは笹丸やアカネのために、アメリカンドッグと今川焼をひとつずつ買い求めてテーブルの上に置いていた。
周囲にほとんど人がおらず、さらに周りを事情を知っている人間だけで固めているため、笹丸やアカネも晃の胸元の石から出て、テーブルの上の食べ物を“食べて”いた。
「一応、ネット上で打ち合わせた通りに動く予定ですから、ここでは目的地とか、そういう情報は口にしないでください」
晃の言葉に、川本家の人々がうなずく。
今回の”神社めぐり”は、事前の打ち合わせをすべてネット上で済ませ、目的地に行くまで、口では情報を漏らさないことを徹底していた。
少しでも、禍神からの妨害を防ぐためだ。
以前情報を抜かれ、待ち伏せに遭った経験を生かした対応だったが、あの禍神とその配下の目が、どこで光っているかわからないとなれば、油断は禁物だった。
今日の目的地は、やはり午前と午後、一ヶ所ずつ。
そう大きくはないが、どちらも数百年の歴史を誇る、由緒ある神社だった。
「そういえば晃くん、“嫌な予感”はしない?」
隣に座る和海から小声で問いかけられ、晃は首を横に振る。
「今のところは、感じません。ただ、午後から感じる場合もありましたからね……」
晃も小声で答え、和海が小さくうなずく。
しかも、嫌な予感はしても、どんなことが起こるのかまでは、わからないのだ。未来予知ではなく、あくまでも嫌な予感がするだけなのだから。
そして、ここでやることは単なる顔合わせだ。
全員がここで一旦顔を合わせ、決意を新たにして出発する。それだけのためにここに居るのだ。
そして晃が、味の抜けておいしくなくなったアメリカンドッグと今川焼を水で流し込み、笹丸とアカネが石の中に戻ったところで、皆は立ち上がった。
銘々が車に戻るところで、晃は万結花に背後から声をかけられた。
「……晃さん、少しいいですか?」
晃が立ち止まると、真剣な表情の万結花が、少し緊張したように立っていた。
「なんですか、万結花さん」
晃も何か妙なものを感じて、少し緊張しながら応えた。
「……晃さん、何があったんですか? さっきからずっとあなたの気配を感じていたんですけど、ほんのかすかに妖怪というか、人でも死霊でもないモノの気配を感じるんです。それって、この前入院した時からですよね? 本当に何があったんですか?」
晃の表情が、思わず凍った。
「……万結花さん?」
やっとのことで、それだけの言葉を絞り出す。
気づかれていた。自分の中の“穢れ”の存在に。まさか……
「……晃さん、まさか……」
万結花が言いかけたとき、向こうから声がした。
「万結花、早くしなさい」
父の俊之の声で、すぐさま舞花が近づいてきた。
「ほら、お姉ちゃん、車に乗って」
妹に手を引っ張られ、万結花は何か言いたそうにしながらも、その場を離れていく。
晃も探偵事務所の車に向かいながら、動悸が早くなっているのを感じていた。
(……万結花さん……。どこまで真相に気付いているかわからないけど、少なくとも、僕に異変があったことは気付いてた。さすが、“贄の巫女”というべきなのかな……)
(あの勘の良さ、恐るべしだな。お前の中にある“穢れ”に気付くとはな)
晃にとっては、一番気付いてほしくない相手に、気付いてほしくないことを知られたという感じだった。
あの時万結花は、何を言いかけたのだろう。彼女は、どこまで気が付いているのだろう。
冷や汗が噴き出し、動揺が止まらない。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。これからが本番なんだ、落ち着け。
(晃殿、好いた女子にああして問われれば、だれしも動揺する。現地に着くまで、まだ時間はある。それまでに心を落ち着かせれば、それでよい)
笹丸が、語りかけるように言葉をかけると、晃はかすかにうなずいた。
(“贄の巫女”とて、そなたの現状を感じ取れるほどの力は持たぬ。だからこそ、問いかけたのであろうがの。打ち明けるかどうかは、そなたの心次第。我は、どちらでもよいと思うておる。晃殿が、決められるとよい)
笹丸はそう言うと、石の中で待機の姿勢となる。
晃は一度深呼吸すると、探偵事務所の車に乗り込んだ。
車は、探偵事務所のクリーム色の軽自動車を先頭に、三台が連なる。
高速を走りながら、晃はいまだ落ち着かぬ気持ちのまま、天井をぼんやりと見つめていた。
そんな晃の様子に、隣に座る結城が話しかけてくる。
「早見くん、何か、変な予感でもあったのか?」
「……いえ、そうじゃないんですけど……」
晃は口ごもったが、結城も、運転している和海も、晃の“代償”に関しては知っていて、何とかならないかと頭をひねっている最中だ。
ならば……
「……万結花さんに、気付かれたんです。僕の中に『妖怪のような気配がある』って。もちろん、本当の真相は知られてませんけど、何かが起こったことは気づかれてしまった……」
それを聞き、結城も和海も何とも言えない表情になる。
「……さすが“贄の巫女”、と言うべきなんだろうなあ……」
結城が渋い顔で、右手で額を押さえる。
「僕としても、言うに言えないことだし、いまだに動揺が収まり切ってないんです。すでに変化が始まっている“左手”を川本さんたちに見せるわけにいきませんし、特に万結花さんに気配の変化を気づかれるわけにはいきません……」
晃は、溜め息を吐いて肩を落とした。
「……ほんとに気配に敏感なのね。わたしなんて、晃くんに打ち明けられて、初めて知ったのに」
和海も、厄介だとばかりに息を吐く。
元々川本家の人々の前で本性を現すのが、再び躊躇われる事態になったとわかっていたのに、さらに当の万結花本人がうすうす気づき始めているとは、本当に厄介な状況だ。
しかし、すでに動き始めている。先程までなんでもなくて、今更中止とは出来ない。
それに、気付いていない人の前でも、いつかは本性を現さなければならない時が来るような気がするし、おそらくは来るはずだ。
その時、相手がそれに気づいてしまったなら、もう隠しようがないのだ。
今なら、遠目に見れば気づかれない程度のものでしかない。
もはや、晃が本性を現さなければならない事態となったら、川本家の人々は晃の姿がよく見えないところまで避難させるしか方法はないだろう。
晃が戦うところを、間近で見せないように配慮するしかない。