05.ガラス細工の日常
メールや通信アプリ、SNSやオンラインなどで散々打ち合わせをした結果、新たな”神社めぐり”の日程が決まった。
集合も、途中のパーキングエリアで合流、目的地へと向かうことになった。
パーキングエリアでの合流の際も、目的地については一切口にしないことにし、そのまま目的地まで走ってしまうこととなった。
今回の目的地となる一つ目の神社は、高速を使って車で一時間ほど。二つ目の神社はこちらに戻ってくる途中で立ち寄る形になる。
本当は、全国で探したいところなのだが、実家から遠く離れたところだと、家族が様子を見に行くこともままならないため、車でせいぜい二時間以内の場所に限定している。
それでも、かなりの数の神社があるのは、さすが“八百万の神々”とも言われる幅広さとでもいうべきだろうか。
もっとも、神職が居らず、地域住民の有志が管理していたりするお宮もあったりはするので、そういうところはいろいろあとで問題が起こりそうなため、除外することにはなっている。
そして、あまりに有名すぎるところも、やはり問題が起こりそうなので外している。
そうして、神社めぐりの日が近づいてくるにつれ、晃は徐々にプレッシャーのようなものを感じ始めていた。
別に、誰に何を言われたわけではない。
だが、結城や和海が、白木の霊具を使って自分たちの能力を少しでも高められないか、一生懸命試しているのに気付いたときとか、法引から『まだ軽減方法が見いだせない。申し訳ないが、もう少し耐えて欲しい』などという連絡があったりしたときなど、逆に変なプレッシャーを感じてしまっていた。
夜、一人で大学の課題を片付け、さあ寝ようというところで、いろいろ考え始めたらすっかり目が冴えて寝付けなくなってしまった。
大体、前例があるわけではないので、“魂喰らい”の代償の軽減方法など、どの古文書を確認したところで、記載されているはずがない。
それに、もう一つ気になるのは、万結花の将来だ。
“贄の巫女”が現れるのは、百年に一度、一人だけ。だから、これだけ世の中が近代化してからでは、やはり前例がない。
確かに百年前でも、すでに大正期のはずだが、その時代であっても農村の暮らしはそうそう変わるものではなく、全国的にすべての地域が完全に近代化したのは実は第二次大戦以後である。
人々の暮らしは一気に変わっていき、今では昔ながらの暮らしを守っているところを探す方が大変だ。
そう考えると、ある神社の神に仕えると言っても、昔と今とでは、だいぶ違ってしまっている。
昔なら、神社の近くにある、神職のための社務所に当たる家に住み、そこで日々神に仕えることになった。
贄とされてしまった娘は、神社の近くに葬られ、人々が神社に参るときに一緒に祈りを捧げられた。
だが、現代では神社の敷地の中に住み込んで仕えるというのは難しいはずだ。代々神職を務める一家が住んで、というのが関の山だろう。
見ず知らずの娘が、突然『神に仕える巫女です』と言い出しても、怪訝な顔をされるだけのはずだ。大体、今どき巫女さんは、ほとんどが時期限定のアルバイトなのだ。
それに対して、“贄の巫女”は正真正銘真の意味での“神に仕える巫女”だ。
万結花が仕える神を定めたとして、実際にどうするかと言えば、神の社の近くで一人暮らしをしながら、仕える神の社に通うことになるだろう。
一度仕える神を定め、言霊による契りを交わした後ならば、その霊力は神に奉げられたことになるため、誰かに触れても、触れられても、特に何も起こらなくなる。
ただし、神に奉げられた存在であるため、やはり人と結婚することは出来ない。もし結婚すれば、夫となった男は神に奉げられたものを横取りしたとみなされ、ひと月以内に死を賜ってしまう。
そのことを笹丸から聞いたときは、万結花の心情を考え、切なさでいっぱいになった。
そして今も、寝付けぬままに晃は傍らにいる笹丸に話しかけていた。
(……笹丸さん、万結花さんはいつか必ず巫女として、神に一生を捧げることになるんですよね)
(そうなるであろうな。無論、敢えて神に仕えぬことを選ぶことも出来るが、その道は逆に危険であるからの。何らかの形で禍神の手を逃れたとしても、同じような存在に目をつかられてしまうであろう)
(それを防ぐためには、やはり神に仕える存在となるしかない、と)
(そういうことであるな。平穏に生きたいと思うのなら、温和な神に仕えるしかなかろうよ)
晃は溜め息を吐いた。
万結花のこの宿命に対して、自分は無力だ。せいぜい、仕える神を定めるまで、彼女を護ることしか出来ない。
(しかしの、そなた自身のことはどうするのだ。我もそれなりに生きておるが、我ですらそなたのような存在は、実際にこの目で見たのは初めてだ。以前、神使の狐に訊ねたことがあるのだがな、そなたのように幽霊と同化し、死から甦ったものは、千年以上前に一例あったと聞いたことがあるだけだという。しかも、そのものはただ甦っただけで、そなたのように人を超える力を得、人が持ちえない力を発現させたものなど、聞いたこともないそうだ。それだけそなたが、特異な存在であるということではあるが……)
(ああ、かも知れませんね……)
晃が持つ“魂喰らい”の力は、人が持つ力ではない。そんなことは晃自身がよくわかっていた。だからこそ、その代償をどうすれば軽減出来るか、などいう雲をつかむような話を、皆必死に考えているのだ。
もっとも、晃自身は半ば無理だろうと諦めてはいたのだが。
(晃殿、これでも我の“腕”は少しは長い。今は見つからぬ代償の軽減方法であるが、見つけ出してみせようぞ。そなたは、力の使い方に気を付け、余計に穢れを溜めることがないようにしてくれればよい)
(……わかっています。“魂喰らい”を使った直後に、それによって取り込んだ力を出来る限り放出する。それしか、今のところ穢れを少なくする方法はありませんからね)
すると、会話を聞いていたのだろうか、アカネが近寄ってきて晃の枕元にまで上がってきた。
(あるじ様、わたい、あるじ様の側にいる。あるじ様、護る。だから、ずっとこのままでいて)
(……そうだね。出来るだけ、このままで居たいよ……)
晃はそっと右腕を伸ばし、アカネの頭から背中を梳るようになでる。
ただの化け猫だった時と比べて、毛並みは艶々になり、柔らかさが増したと感じる。顔は確かに日本猫のそれだが、そのふさふさとした毛は長毛種のペルシャ猫を彷彿とさせるところがあった。
もっとも、三毛猫ではあるのだが。
晃が突然置き去りにする形で、何日も戻らないことになってしまったことで、アカネはより晃にべったり張り付くようになってしまって、それが治らない。
(アカネもな、やっと自分を受け入れて愛情を注いでくれるあるじが見つかったというのに、そのあるじが意図的ではないにしろ、自分を置いて姿を消すことになったのであるからな、しばらくは甘えさせてやってほしい。もう少しすれば、落ち着くであろうからの)
晃はそれを聞き、自分が寝ている掛け布団を少し持ち上げ、アカネを呼んだ。
(アカネ、一緒に寝よう。ほら、入って)
アカネは嬉しそうにひと声鳴くと、晃の布団の中に潜り込んだ。
体温があるわけではないが、その存在感が晃の胸元で丸くなる。
晃はアカネの存在を感じながら、もう一度目を閉じる。柔らかく、しなやかな毛の感触が、その手に当たっていた。
すると、何故か余計なことを考えなくなり、晃もまたゆっくりと睡魔に身を委ねる。
晃の呼吸が落ち着き、いつしか寝息に変わるころ、晃の気配が変わる。
(笹丸さん、まだ起きてるかな?)
(そなた、遼殿か。体は寝ておるのに、器用であるな)
(まあ、晃が意識がない時でないと俺は出てこられないからな。晃自身は寝てる。体も、ほとんど動かせない。ただ、こうやって念話でしゃべれるだけだ)
(そうであろうな。以前も話はしたことがあるが)
(うん。晃は人に助けを求められないから、って話をしたっけか。あれから、多少は人を頼ることを覚えてくれて、俺はほっとしてる。でも、まだちょっと危なっかしいところがあるからなあ……)
遼にとって晃は、生まれたときから見守ってきた、弟のような存在である。だからこそ、心配もするし、時に叱責し、時に励まし、ずっと共に歩んできたのだ。
その遼にとっても、“魂喰らい”の代償のことは、本当に困り果てる問題だった。
結果として、自分が与えることになった超常の力が、晃を追い詰めることになってしまっているのだから。
(……笹丸さん、俺はどうすればいいのかな。晃のために、俺は何か出来ることがあるんだろうか)
つぶやくような遼の言葉に、笹丸も大きく息を吐く。
(……我としても、何とか代償を抑える方法がないか、探してはおるのだがな。前例がないものをどうするか、というのは……)
ふたりの間に沈黙が落ちる。
(晃殿にはああ言ったが、今のところ誰に尋ねても“雲をつかむような話だ”と言われておっての。だが、諦めるわけにはいかぬ)
すると、アカネがのっそりと布団から顔を出した。
(笹小父、あるじ様、大丈夫だよね?)
(おお、何とかしてみせるとも。そうでなければ、面目が立たぬ)
それを聞いたアカネは、信じている、とその眼で訴えてから、再び布団の中に潜り込んだ。