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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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24.兄妹

 クリスマスイヴを二日後に控え、街はいよいよ華やかさを増していた。

 川本家のほうには特に異常はなかったが、嵐の前の静けさにしか思えなかった。

 そんな中で、舞花と万結花は午前中から時間を見つけてはクッキーづくりをしていた。

 本当はケーキのほうがふさわしいのだろうが、二人とも経験不足で、本格的なケーキを焼くところまで思い切れなかったのだ。

 舞花が材料の計量をし、万結花が混ぜ合わせ、手でこねて、綿棒で延ばしていく。その間に舞花が型を用意し、延ばし終わった生地を型抜きしていく。

 そのあと、トレイに並べてオーブントースターで焼いていく。お試しで作っているから、オーブントースターで事足りた。

 姉妹が仲良くお菓子作りをしているのを見て、雅人が声をかける。

 「なあ、うまく出来たら味見させてくれよ」

 「え~お兄ちゃん結構食べるんだもん。お兄ちゃんに味見させたら、なくなっちゃうよ」

 舞花にそう言われ、雅人はぶすりとした表情になった。

 「おれ、そんなに大食いじゃないぞ。大体、昼飯食ったから腹減ってないし。そもそも、クッキーだろ。一度に結構いっぱい出来るんじゃないのか」

 「そうだけど、今回はリハーサルだからいっぱい作ってないの。明日、いっぱい作る予定なんだから」

 「これ、クリスマス用のクッキーなの。本当は、デコレーションするらしいけど、今回はシンプルにしようってことで、ただのジンジャークッキーなのよ」

 万結花が、焼き上がったクッキーをそっと大きめの皿の上に置かれたペーパーナプキンの上に置いていきながら、微かに微笑みを浮かべる。

 ペーパーナプキンの上には、クッキーが並んだ。

 「……しかし、今まで何か作ったことなんてなかったのに、どういう風の吹きまわしだ?」

 雅人が首をひねる。

 今まで、毎年クリスマスになると、チキンとケーキを予約し、それを家族で食べるのが常だった。

 しかし今年は、いろいろあって頭の中から予約するということがすっぽ抜け、何もしていなかった。それで、ケーキぐらいは当日買おうか、という話になっている。

 それを考えれば、わざわざクッキーなど作る必要は別にないのだが、それでも熱心に作業する二人の様子に、もしかして、と雅人はある可能性に気が付いた。

 「……なあ、そのクッキー、もしかして早見に渡すつもりか?」

 その瞬間、普通に片付けをしていた舞花が手を滑らせて、シンクに持っていく途中だったボウルなどを落っことし、万結花は慌てて手を動かしたせいで指をテーブルの縁にぶつけてうーんと唸っている。

 (図星かよ)

 余りのわかりやすさに、雅人は内心で、妹二人に突っ込んだ。

 「だ、だって、いつも早見さんにはいろいろやってもらってるし、そのせいで迷惑もかけてるし……」

 語尾がしりすぼみになる舞花に、雅人は軽く溜め息を吐くと、頭を掻いた。

 「まあ、お前が早見の奴に入れ込んでるのは知ってるけどな、『迷惑かけてる』とか言い出したら、あいつかえって困るぞ。あいつ、自分の意志でやってるんだから」

 晃が自分の意志で、そこまでやらなくてもいいというところまで、踏み込んでいるのは確かだ。

 実際に、そこまで踏み込まないと、護り切れないと思っているのだろう。

 雅人としては、止めても止まらないと感じて来ているので、すでにある意味諦めていた。

 だから逆に、家族には晃の邪魔をして本人に余計な負担をかけてくれるな、というのが正直な心境だ。

 でもまあ、クッキーを渡すぐらいならいいか、とも思った。

 しかし、クリスマスがこれでは、年が明けてバレンタインデーにでもなった日には、どんなものを作るのか、多少の不安が湧いてくる。

 晃本人は甘いものが好きだというし、結構お菓子を口にしているのも見ている。渡されれば受け取りはするだろう。

 ちゃんとしたものを作って渡すなら、だ。

 聞いた話だが、男性アイドルなどは、そういったイベントのときにファンから渡されるもので、手作りの物は絶対に食べないそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の髪の毛を刻んで混ぜてみたり、恐ろしい例では、経血を入れているものまであったという。

 自分の妹たちは、そんなバカなことはしないと思いたい。

 大体、あいつがどんな奴かわかってるよな? と雅人は思う。

 熱烈に押しまくったら、逆にドン引きするタイプだぞ、あれは。

 それはともかく、一枚だけ、と断って、妹たちが作ったクッキーの味見をしてみる。サクサクと口の中で程よく崩れていき、適度な甘さの中に、しょうがのピリッとした辛味がかすかに効いて、結構美味だった。

 「よく出来てるじゃん。うまいよ」

 雅人にそう言われ、万結花も舞花もうれしそうに顔をほころばせる。

 何とかこのまま、クリスマスを迎えられればいいんだがな。

 雅人はそう思ったが、油断出来ない状況ではあった。

 自分たちは直接見ていないが、黒い色をした、異様な妖が姿を現していたという。しかも、大打撃を与えたのは間違いないが、祓い浄めきれずに逃げられた、とも。

 そいつのカタがつかない限り、心穏やかに過ごすというわけにいかない。

 それでも、何とかこのまま年明けまで何事もなく過ぎてくれれば、少しはお祝い気分を味わえるかもしれない。

 そして、最近秘かに思う事だが、晃にすっかり熱を上げている舞花はもちろん、万結花もまた、晃を相当意識しているだろうことだ。

 意識していなかったら、自分の指摘であんなに慌てたりしない。

 それこそ吊り橋効果じゃないが、ずっと晃の手で護られているのだ。それも、時に命を賭けて。

 そんな姿に、心が動かないはずはない。

 第一、晃の本性がわかったその時に、最初にそれを受けいれて彼に近づいたのは、誰あろう万結花なのだ。

 あんな真似が出来たのは、間違いなく晃のことを意識していたからに違いない。

 あの場でははっきり好きだと言ったわけではないが、『家族のように信じられる』といったのだ。

 それはもはや、心を許しているのと同じだろう。

 雅人はふと、晃のことを本当の意味での妹の交際相手としてみたら、どうだろうかと考えた。

 少なくとも、誠実さという意味では文句なしだ。さらに、女性をとっかえひっかえなど、絶対にしないタイプだろう。否、出来ないたちだ、あれは。

 現実は、舞花はともかく万結花は、晃でさえ御することの出来ないほどの圧倒的な霊力を秘め、相手を破滅に追い込むほどのものを持つというのだ。人間と交際など、出来るはずがなかった。

 それがわかっているだけに、せめて気分だけでもそれらしい雰囲気を、という感じで、今回のお菓子作りをやっているのではなかろうか。

 そうやって妹たちの様子を見ていた雅人に、不意に電話がかかってきた。

 相手を見ると、晃からだ。

 「珍しいな、あいつからかけてくるなんて」

 思わずつぶやき、電話に出た雅人に向かって、晃が告げた。

 「いきなりで悪いんだけど、これからそっちへ行く。どうにも、嫌な予感がして仕方ないんだ」

 「え!? 嫌な予感って、(うち)でか?」

 「そうだよ。お前の家で、何かが起こりそうだって感じるんだ。だから、そっちへいくから」

 雅人は慌てて時間を確認した。現在時刻は午後一時半過ぎ。

 いくら今は日が短いとはいえ、暗くなるにはまだ間がある。それなのに、晃はこれから来るという。

 何をそんなに焦っているのだろうか。明るいうちに、何か起こるとでもいうのだろうか。

 雅人がそんなことを考えているうちに、晃は『これから行くから』と繰り返すと、電話を切った。


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