22.ふれあい
「それなら、なんでわざわざ効率の悪い方法を取ってまで、あんなことをしてるんだ?」
結城が、当然の疑問を口にする。
「……まだ僕にも、理由はわかりません。でも、絶対に何か意味がある。だから、油断は禁物で、注意し続けるしかないと思うんです」
それを聞き、今度は雅人が口を開いた。
「それって、これから何か、ヤバいことが起きるかもしれないってことか?」
「端的に言えば、その可能性はあると思ってる。いつ、どんな形でそれが現れてくるか、まではさすがにまだわからないけど」
(確かに、警戒しておいた方がいいの。我も、窓越しではあるがアレを“視て”、異様だと思うた。ああいうものは、我も初めて見たからの)
笹丸に言われ、晃は内心警戒を強める。
今回川本家の人々全員に渡したお守りがあれば、お守りに込めた自分自身の“気”の気配を追って、遠隔透視が可能になる。
遠隔透視は苦手な晃だったが、こうすれば様子がわかると気が付いてからは、必要な時は躊躇わずに使うようにしていた。
そして今回も、川本家の人々に何かあれば、おそらく異変に気付けるだろうし、いざとなれば幽体離脱などして駆けつけることも出来るはずだ。
これで、ひとまずアカネたちを張り付けておかなくても大丈夫だろう。
晃は、自分から離れようとしないアカネに、念話でそっと声をかけた。
(アカネ、よくこの家の人たちを守ってくれたね。ありがとう。よく頑張ったね)
(わたい、頑張った。あるじ様の言いつけ、守った)
アカネが、晃を見上げる。ずっと会いたいのを我慢していたのだろう、その眼は会えた嬉しさに濡れているように見えた。
(アカネ、これからもう少し用事を済ませるから、それが終わったら家に帰ろう。寂しかっただろう?)
(うん。あるじ様と一緒に、お家帰る。お家帰る)
アカネは今度は、胡坐をかく形で座っている晃の、膝の上に乗ってきた。
(アカネは、これでもずいぶん我慢することを覚えたからの。今回は上出来というべきであるな)
笹丸も、アカネを覗き込みながらつぶやく。
(ええ、本当にちゃんと言いつけを守ってくれましたからね。いい子ですよ、アカネは)
晃は改めて、アカネの頭を撫でる。アカネは安心したように目を細め、体を丸めた。
「……ほんとにその猫、お前に懐いてるんだなあ」
先程から様子を雅人が、しみじみとうなずいた。
「見てると、普通の猫を変わらないんだよね。でも、すごい力を持った化け猫なんだよねえ」
舞花が、不思議なものを見るような目で、アカネを“視て”いる。彼女ももちろん、アカネの実力はそれなりに知っているが、今見えている姿は、そこらの猫と違いなどないように“視えた”のだ。
化け猫として、その力をふるう姿も見てはいるのだが、目の前のアカネはとても同じ存在とは思えないほど“猫”だった。
そんな舞花に、晃は静かに話しかける。
「……アカネは、確かに化け猫だけど、優しい子。一生懸命な頑張り屋なんです。だから、今回も僕の代わりを務めてくれました。これからお暇するときに、アカネは連れて帰ります。何かあっても、今度は先程渡したお守りで、僕が様子を確認出来ますから、安心してください」
それを聞き、今度は和海が心配そうに口を開いた。
「晃くん、異変に気付いたら、やっぱり遠隔で何かするつもりなの?」
「そうですね、遠隔か、それとも幽体離脱するか、どちらかでしょうね」
「どちらのほうが、君にとって負担がかからないんだ?」
結城も、問いかけてくる。
「いっそ幽体離脱してしまったほうが楽は楽ですけど、瞬間移動というわけにもいかないので、少しですけど現場に到着するまでタイムラグがあります。遠隔なら、タイムラグはないんですよね」
それを聞いて、尋ねた結城はもちろん法引も和海も考えこんだ。
状況によっては、敢えて遠隔で介入するという選択も取り得る、ということなのだ。
「実際どうなるか、まだよくわからないことが多いので、今出来ることをやっておきましょうよ」
考えこんだ三人を見て、晃は微苦笑を浮かべながらアカネを膝からそっと下ろし、立ち上がる。
そう、まだ弱い部分がある結界を、強化しておかなければならない。
それを聞き、三人もまだ考え込みつつ立ち上がった。
晃を筆頭に、四人で協力して結界をきっちり強化していく。
一通り様子を見、これならひとまず大丈夫だと自信を持って言えるようになるまで、結界を強化し、四人は再び居間に戻ってきた。
その間に用意をしていたのだろう、人数分のお茶と、菓子入れの中に入っている個別包装のアソート和菓子がコタツの天板の上に置かれていた。
「まだお昼には間がありますし、これをどうぞ」
勧めてくれる彩弓に、四人はせっかくだからと再び腰を下ろした。
腰を下ろした途端、晃の膝の上にまたアカネが乗ってくる。
「本当に、晃くんの膝の上がいいのねえ」
和海が笑みを浮かべながら、アカネの様子を見ている。
「普通に、甘えん坊の猫だな。懐き方が、なんだか犬みたいだ」
結城もうなずいた。
「まあ、こうしてみると、なんだか人畜無害に思えてきますな」
そう言いながら、法引はお茶を飲み、ミニサイズの最中を口に入れた。
アカネが人畜無害な存在などではないことは、ここに居る誰もが知っていた。今現在、そう見えないだけである。
晃は、器用に右手と口を使って包装を破き、ミニどら焼きを取り出すと、掌の上に乗せてアカネの前に差し出した。アカネは喜んでそれを“食べ”、晃はアカネが“食べた”あとのどら焼きを口に入れて咀嚼し、飲み込む。
さらに、ミニ栗饅頭も同じようにアカネに“食べ”させ、同じように自分が食べた。
その間どこか無表情なのは、おいしくないものを食べているせいだろう。
それからお茶を一口飲んで、晃はまたミニ羊羹をアカネに“食べ”させる。
「……晃くん、わたしも食べたから知ってるんだけど、おいしくないわよねえ?」
「ええ、おいしくないです。でも、アカネが“食べた”ものは、あるじである僕が、責任もって片付けないといけませんから」
それを聞いて、雅人が溜め息を吐いた。
「確かに、お供えみたいな感じで、笹丸さんとアカネにいろいろ上げてたんだけど、それのおさがりを食べるのがきつかったんだ。お前、よく平然と食べられるな」
「平然とでもないよ。もう、慣れただけだから」
和菓子を三つ食べたところで、どうやら満足したらしく、アカネは再び丸くなった。
それを見て、晃は改めてミニどら焼きの包みを開け、自分で食べてお茶を飲む。
「晃くんて、結構甘いもの好きよね」
和海の言葉に、舞花が反応する。
「へえ、そうなんですか。じゃあ、ケーキとかも好きなんですか?」
「普通に食べますよ。スーパーやコンビニでも、時々スイーツは買うんで」
それを聞いた舞花は、万結花の元に行くと、何かを小声で耳打ちする。何を言っているのかは聞き取れないが、万結花の表情が動いて、なんとなく嬉しそうな、それでいてちょっといたずらっぽく感じるものを浮かべる。
その表情に一瞬引き込まれ、すぐさま我に返って、晃は内心の動揺をなんとか悟られないように努めた。
なんとなくだが、少し鼓動が早くなった気がする。我ながら、油断すると抑えがすぐに効かなくなりかける。
落ち着け。万結花という存在は、どれだけ想ったところでどうしようもないのだ。
(しかし、こういう時に『想いを知られている』というのは、始末が悪いもんだよね。僕が何かリアクションすれば、すぐさまバレる……)
(仕方ないだろう。でも、幸いそれを悪く取る人はいないから、少しぐらいじたばたしても、せいぜい“生温かい目で見られる”くらいだと思うぞ)
(それも、別な意味で嫌だ……)
晃が内心バタバタしているうちに、法引がお茶と茶菓子の礼を言い、そろそろお暇する旨の話をし始めた。
「このままここに居ても、おそらくはやれることはまずないでしょう。さすがにこの人数で押しかけて、お昼をごちそうになってしまっては申し訳ないですからな。このあたりで一旦戻り、情報を整理することにいたします」
それをきっかけに、晃を含めた四人は立ち上がる。
晃は、腕にアカネを抱きかかえたままだ。
「毎度毎度、お世話になります」
俊之が頭を下げると、晃のほうを向いてさらに言った。
「早見さん、本当に無理はしないで。こちらも気を付けるから」
俊之の言葉に笑みを浮かべると、晃は『大丈夫です』と告げ、他の三人とともに川本家を後にする。笹丸もそれに続いた。