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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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20.翌朝

 さすがに皆疲れていたが、動けなくなるほど疲労困憊しているわけでもない。

 しかし、誰もが『逃げられた』と感じていた。

 あのまま押していけば、もしかして……という気配はあったのだ。

 しかし、浄化し切れずに逃げられた。やはり、こちらの“火力不足”ということなのだろう。

 (それと、『このままでは危険』と判断して逃げる、という知性があったのであろうな。闇雲に突っ込んでくるのではなく、引かなければならぬ時は引く、という判断が出来る存在ということであろう)

 笹丸の言葉に、法引は表情を引き締める。

 (ということは、完全に力を失う前に撤退した、ということですか?)

 (そうであろうの。今すぐではないにしろ、また力を盛り返して戻ってくる可能性は高いと思うぞ)

 それを聞いた法引が、溜め息を吐く。

 それを不審に思った他の三人に、笹丸の言葉を伝えると、三人とも少々重苦しい雰囲気となった。

 「……あいつは、雑霊や力の弱い妖を吸収して、力を増すことが出来る存在だ。ここで押し切れなかったのは、ちょっと痛かったか」

 結城が顔をしかめると、和海が首を横に振った。

 「でも、しょうがないですよ、所長。わたしたちは、自分に出来ることを精一杯やり切りましたって。そう、思いましょうよ。晃くんが退院してくるまでの時間が稼げた、ってことで」

 「まあ、オレたちじゃあ、一気に潰すことは出来ないっぽかったから、これ以上はどうしようもないんじゃないかと思いますけどね……」

 ほとんど諦めた様な口調で、天を仰ぎながら昭憲がつぶやくように言う。

 「それはともかく、これで今夜はひとまず大丈夫でしょう。中に入って休みましょう」

 法引の提案に、皆うなずいた。

 アカネも笹丸も、いつの間にか見慣れた小ぶりのサイズに戻っていた。

 四人と二体は、連れ立って再び家を回り込み、玄関に戻ってくると周囲を一応確認しながらドアを開け、中に入るとさっさと施錠した。

 結界の効果はあるが、念のためというやつである。

 家の中は、当然明かりが消され、静まり返っていた。四人は小ぶりの懐中電灯やスマホの明かりで足元を照らしながら居間にやってくると、そこで腰を下ろして一休みの体勢になった。

 居間で待機していれば、万が一黒いモノが戻ってきたとしても対応出来る。

 とはいえ、一度切れた緊張の糸は、すぐには戻らない。四人は、笹丸とアカネに見張りを頼み、そのまま仮眠することにした。

 思い思いに仮眠に入りながら、誰もが思っていた。

 『晃に遠隔参戦させることにならなくてよかった』と。

 晃はきっと、アカネを通して今回の戦いの様子を“視て”いただろう。

 晃のことだ。もしこちらが劣勢になったら、まず間違いなく遠隔だろうとなんだろうと、皆を助けるために参戦しただろう。そして、また体力を消耗し尽くして、退院が遅れることになるのだ。

 幸い、例の黒いモノは戻っては来なかった。

 四人は、朝六時過ぎに起き出すと、さっさと身支度を整え、家人に引き止められる前に川本家を後にした。

 東の空がすでに白み始めており、辺りは真っ暗ではない。

 それでも、四人は油断しなかった。完全に自分たちの領域、自宅なり仕事場なりに落ち着かなければ、気を緩めることは出来ない。

 一応、笹丸とアカネはそのまま川本家に残っているので、よほどのことがない限り、少なくとも今日一日は放っておいても大丈夫だろう。

 途中で法引親子と別れた結城と和海は、タクシーを拾って事務所に戻った。

 事務所の鍵を開け、中に入ると、ダイニングキッチンへと向かう。

 そこは、生活感があった。入院するまで、ここで晃が暮らしていたのだから当然だ。

 冷蔵庫の冷凍室を開けると、そこには冷凍食品の焼きおにぎりやパスタ、カット野菜やミックスベジタブルなどが入っている。

 以前晃から『レンチンすればすぐ食べられるようなものは、小腹が空いたときに食べて構いませんよ。誰が食べてもいいように、買ってあるんで』と言われていたことを思いだし、結城と和海はお互いにうなずき、冷凍焼きおにぎりを取り出すと、一袋全部レンチンして二人で食べることにした。

 すべてを温めて、ちょうど半分ずつの個数を食べる。醤油味が染みたおにぎりは、思った以上に美味に感じた。

 「……これで落ち着いてくれればいいんですけどね……」

 おにぎりを食べ終わったところで、和海がぽつりとつぶやく。

 「そうなればいいが……出来れば完全に浄化して、消滅させるところまで持っていきたかったな。そう すれば、後顧(こうこ)の憂いもなかっただろうが……」

 結城が、どことなく不安げに言葉を返す。

 あの場に晃がいたなら、彼は間違いなくあの異様な妖を浄化し、消滅まで追い込んだだろう。だが、自分たちは結果だけを見れば、ものの見事に逃げられたのだ。

 しかし、結城も和海も心の中では思っていた。

 『自分たちはやれるだけのことはやった』と。

 実力不足は、今に始まったことではない。まして、晃の本性が明らかになった今となっては、晃は完全に手の届く存在ではなくなった。

 何せ彼は、文字通りの『人外』だったのだから。

 けれど、いわば弱点である肉体の脆弱性が、今回まともに出てしまったのだが。

 例の黒いモノも、あれだけ力を落としておけば、当分動き出さないだろうとは思うのだが、だからといってこれで終わるとは到底思えなかった。

 力を盛り返したら、もう一度襲ってくる日がくるに違いないと思えるのだ。

 あの家には、禍神の標的となっている“贄の巫女”がいる。彼女が直接狙われなくても、家族が狙われて精神的プレッシャーをかけられ、禍神に屈してしまうのが一番避けなければならない事態だ。

 狙われるとしたら、やはり夢で同時に狙われた、母親の彩弓か妹の舞花のどちらかだろうと思う。

 同性ということで、万結花とも精神的に通じる点は多いだろうし、父親の俊之や兄の雅人と比べても、なんとなく危ういような感じがするからだ。

 しかし今は、軽く食べたことによって、かえって眠さが増してくる感じがした。

 疲れているのは間違いないし、睡眠不足なのも間違いないからだ。

 とにかく、事務所の仕事が本格的に始まってしまう前に、もう少し仮眠を取った方がいいかもしれない。

 仮眠をしてすっきりすれば、何かアイデアを思いつけるかもしれない。

 軽く後片付けをすると、結城も和海もそのままテーブルに突っ伏して仮眠の体勢を取った。

 二人はそのまま、朝の八時半に高橋栄美子が出勤してきて、彼女に起こされるまで寝ていた。

 「所長にかずちゃん、二人ともこんなところで寝ていて、風邪ひきますよ」

 栄美子に起こされ、二人は慌てて体を起こした。

 「ああ、思ってたより寝ちゃってた……。ごめんなさい、高橋さん」

 和海が両手を合わせて拝むように謝ると、栄美子は苦笑気味に笑った。

 「いいんですよ。ここのところ、ずっと心霊関係のほうで出ずっぱりだったんでしょ? そりゃ疲れますって」

 「いや、それにしても、二人揃って寝こけているのも、やはり問題と言えば問題だからな。ともかく、起こしてくれてありがとう」

 結城も苦笑しながら立ち上がる。

 そうこうしているうちに、村上も出勤してきた。

 二人は一瞬、村上の能力を使うことも考えたが、おそらく相手のほうが力が強すぎ、食い破られて効かないだろう、と諦めた。

 そもそも村上は、自分が霊的な力を阻害する能力の持ち主だという自覚がないので、心霊関係の場数は踏んでいないし、踏ませていない。

 慣れない者が、いきなり“修羅場”など経験したら、トラウマになりかねない。

 それを言うなら栄美子も霊感めいた力はあるが、彼女の場合少し不安定で、波長が合った存在しか“視る”ことが出来ないため、やはり()()()()に入れることは考えなかった。

 やはり、即戦力となるのは所長の結城と和海、そして今入院中の晃だけなのだ。

 その晃があまりにも抜きん出でしまっているために、彼が抜けると途端に問題解決能力が大幅に下がるのが難点だが。

 二人とも、そんなことは百も承知なので、今更嘆いたり悲観したりすることはないのだが、それでも精神的にこたえるのは間違いない。

 それはともかく、結城探偵事務所の朝は始まった。


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