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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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16.変化

 その日の夕方、俊之以外の家族が揃った川本家に和海と昭憲が顔を出した。

 結城はさすがに未明の奮闘が祟ってまだ調子が悪そうにしているし、法引は檀家に不幸があったということで、そちらに出向いていて手が離せない状態だった。

 よって、和海と昭憲という珍しいコンビが出来上がったというわけだ。

 二人は家に上がると、さっそく結界の様子を見て回った。

 未明に現れた異様な黒いモノがぶつかったおかげで、居間の窓を守る結界の要の護符の力が、だいぶ削られているとわかった。

 結城と、遠隔での法引の懸命な応戦で、削り切られることは防がれたが、だからといって無傷であったわけではない。

 「これは、もう一度気を込め直さないとだめかも」

 「ですねえ。でも、オレらが込め直して、どこまで強化出来るか……」

 結界を張った晃や、それを強化した法引と比べ、自分たちの力がかなり落ちることも、二人は自覚していた。だからといって、ここで何もしないということはあり得なかった。

 とにかく力を合わせ、白木の霊具をも活用して、二人は結界の要の護符に気を込め直した。

 そして、夕飯をどうするかと訊かれる前に、あらかじめ購入してあったコンビニの弁当や総菜パンなどでひとまず夕飯を済ませる。

 さすがに、そのたびごとにご相伴にあずかっては、いささか申し訳なくなるからだった。

袋には、まだ総菜パンがいくつか残っているが、これはいざという時の夜食用に取ってある。

 「それにしても、また来るんでしょうか? その、変な黒い物の怪は」

 彩弓の言いかけに、和海はうなずいた。

 「まず間違いなく来ます。その正体はまだ判然としませんが、浄化したわけじゃありません。きっとまた今夜にでも来ますよ」

 そう言うと、和海は居間にずっといるというアカネと笹丸に、いざという時はお願いしますと頭を下げた。

 「出来れば、笹丸さんとも打ち合わせをしておきたいんだけど、わたしじゃ念話の回路(チャンネル)を開けないのよね。和尚さんなら、笹丸さんのほうから開いてもらえば繋がるんだけど……」

 「おやじには、全然追いつけないからなあ……。『場数を踏め』とは言われたけど、場数踏んでもおやじに追いつけるとは思えないし」

 言いながら、昭憲はかがんで笹丸やアカネと視線を合わせる。

 いくら精神集中したところで、二体の念話は拾えない。一応こちらから口で話しかければ、ちゃんと了解はしてくれるのが救いだが。

 夕食後、二体におかしなものが現れたら起こしてくれるように頼み、和海と昭憲はひとまず仮眠を取ることにした。

 明日の朝まで熟睡出来るとは到底思えず、互いに毛布にくるまりながらコタツを挟んで座った姿勢のままコタツの天板に突っ伏し、寝る態勢に入る。

 明らかに途中で起きること前提の、仮眠姿勢だった。

 緊張でなかなか寝付けない状態が少し続いたが、それでもしばらくすると二人ともうとうとと眠りに入った。

 それからどれほど経ったか、二人は背中を蹴飛ばされたような気がしてほぼ同時に目が覚めた。

 すると、すでに辺りは張り詰めた様な異様な気配に満ちていた。

 “視る”と、庭の真ん中に黒い不定形のモノが姿を現していた。時刻を確認すると、午前二時半。窓の前では、すでに笹丸とアカネが大きくなって庭のモノを睨みつけていた。

 しかし、和海はあることに気が付いた。

 黒い不定形のモノと聞いていたし、実際にそうなのだが、聞いていたほど不定形ではないと思ったのだ。

 ぶよぶよと蠢く不定形のモノは、それでもなんとなくではあるが、何がしかの形を取ろうとしているかのように“視え”る。

 うねうねと這ってきては、結界に弾き返されることを相変わらず繰り返しているが、弾き返されるたび、それはどこか人型に見える姿に徐々に変わりつつあった。

 「……もしかして、結界の力を少しずつ吸収してる?」

 和海のつぶやきに、昭憲もぎょっとしたように目を剥いた。

 「あ、ありえる! ぶつかるたびに、結界の力を削ってるんじゃないですか? それで削った力を自分のものにして、あいつは変化(へんげ)してるのかも……」

 「それ、最悪じゃない!?」

 このまま放っておいたら、確実に結界は破られる。二人は護符に気を込め、結界が破られないように強化する。ただ、これがいたちごっこに過ぎないことも、気が付いていた。

 相手に餌をやっているようなものだ。

 だからといって、やらないわけにもいかない。

 黒いモノは、今だ不定形ながら、なんとなく人の姿を模したようなものに変わってきているようだった。

 まだ不定形であるということは、変化(へんげ)している途中なのかもしれないが、徐々に形になっていきつつあるのが不気味だった。

 「……晃くんだったら、こんなモノ、あっさり浄化してるんじゃないかなあ。それを考えると、これ、絶対まずい方へ行ってる……」

 「小田切さん、わかってはいるだろうけど、結界を破られる方が危険ですよ。やり続けないと」

 「うーん、わかってはいるんだけど……」

 眼前に“視え”るモノは、霊能者として直感が激しく警鐘を鳴らし続けるほど、危険な気配を纏っている。

 結界を破られるリスクのほうが高いが故、結界を強化し続ける以外の選択肢がない。

 必死に結界を維持し続けているうちに、結界の力を削りながら吸収していると思われるそのモノは、明らかに人型だとわかる形になりつつあった。

 人型となり、まだ形になり切っていないものの、(こぶし)を握って結界に叩きつけてくる。

 そして、色までもどろりとした黒一色だったものが、いつの間にか一部に白っぽく色が抜けたところが出来始めていた。

 ちょうど、人間でいえば顔に当たるあたりで、今にもそこに顔が浮かび上がってきそうなところが気味が悪かった。

 「いやだあ、何だかますます人っぽく“視え”てくる……」

 和海が顔をしかめると、昭憲も嫌そうに眉を寄せた。

 「早いとこどこかへ行ってくれないかなあ……。まだ明るくならないのか……」

 今にも何らかの人の姿になりそうで、それが不気味で仕方がない。

 その時、窓に向かって毛を逆立てて黒いモノを睨んでいたアカネが、地の底から響いてくるような唸り声を上げた。

 それに呼応するように、笹丸が何か口の中でつぶやくように声を出す。

 すると、結界を維持するための力が軽くなる。どうやら二体が、結界維持の手伝いをしてくれているようだ。

 しかも、二体の力が混ざり始めた途端、外にいる黒いモノは、まるで悪いものでも食べたかのように人型になってきている体を二つ折りにして、まるで吐き戻そうとしているかのように“視えた”。

 身を(よじ)り、手足をばたつかせているかのようだ。

 「……何か、様子が変ったわね」

 「もしかして……笹丸さんとアカネが、何かしてくれた?」

 どう考えても、あの二体の力を取り込んだと思われた直後に異変が起こっている。

 黒いモノは、しばしのたうつように蠢いていたが、やがて力なく結界から離れ、そのまま闇に溶け込むように消えた。

 和海も昭憲も、それを茫然と見ていたが、そのうち自分たちが助かったことに気が付き、その場に座り込む。

 いまだ頭が働かない状態で、それでも時刻を確認する。

 午前四時五十分過ぎ。

 まだ、夜が明ける時間ではなかった。

 「……助かった。まだ夜明けまで一時間半はあるもの。あのまま続いてたら、どうなってか……」

 「……おやじと結城さん、よく最後まで持ちこたえたな……」

 いざ我に返ってくると、かなりの疲労感と脱力感があった。

 やはり、相当な消耗だ。こうなってしまうと、立ち上がるのも億劫に感じられる。

 二人はしばらくの間、座り込んだまま呼吸を整えていた。

 「……そうだ、連絡しなきゃ。電話じゃなくて、アプリでメッセージを送っておけばいいか」

 和海は通信アプリを立ち上げると、結城に向けて今回の攻防戦の概要をメッセージとして送り、スマホをしまった。

 さすがに、いつまでも座り込んでいるわけにもいかない。

 二人は、どちらからともなく、ゆっくりと立ち上がった。

 再度、結界の様子を“視て”みる。

 すると、やはりかなり力が削られているものの、思ったほどひどくない。あの二体が力を込めてくれたのが、相当に効いているらしい。

 しかも、二体が力を込めてくれたおかげで、助かったようなものなのだ。

 思い返してみれば、絶対に何か細工をしたのだろう。そうでなかったら、あのモノは、もっと結界の力を取り込んで、自分たちでは対処しきれない存在になってしまったかもしれない。

 とはいえ、どんな細工を施したのか、直接尋ねることは出来ない。この二体とは意思の疎通が難しいからだった。


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