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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第二話 神隠し
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04.移動

 春奈も含めた四人は、最寄り駅へと向かいながら、春奈の緊張をほぐそうとしていた。緊張しすぎては、現場の細かい場所や、どこ で何があったかといった事実関係を思い出すことが難しくなってしまうので、何とかリラックスしてもらおうと苦心していた。

 ところが、春奈の意識はどこか上の空で、晃が話しかけたときだけ明確な反応がある。

 誰がどう見ても、晃に一目惚れしたとしか思えない状況だった。三人は、事態に困惑するしかない。特に晃は、クライアントを邪険にするわけにも行かず、内心頭を抱えるしかなかった。

 最寄の地下鉄の駅に到着すると、歩道の脇に開いた出入り口から顔段を降り、券売機の前に立つと、結城が春奈に問いかける。

 「ところで、どこから追跡調査しますかね。会社からにしますか。それとも居酒屋からにしますか」

 春奈は一瞬考えたが、会社から記憶を辿りたいと言った。当日のことを再現するように動くなら、会社を出たときからにしたいと考えたのだ。

 三人は、春奈に会社の住所を確認し、そこの最寄り駅までの切符を買った。そのとき春奈が、晃の左腕が義手であることに気がついたようだ。

 自動改札を抜けたあと、春奈はしきりと晃の左腕を気にしていた。

 「あ、あの……早見さん、ちょっと、訊きにくいんですけど、その左腕……」

 ホームに降りたとき、意を決したように尋ねる春奈に、晃は静かに答える。

 「ええ、義手ですよ。肩口からそっくり。高校生のとき、交通事故で失くしたんです。でも、もうこの体にも慣れましたから、心配しないでください」

 それを聞き、春奈はぎこちなく笑みを浮かべた。どう対処すればいいのか、咄嗟に思いつかなかったのだろう。

 晃は微笑みながら、普通にしていてくださいと言った。今の自分にとっては、この状態が普通なのだから、と。それでも、春奈は申し訳なさそうにしていた。

 それを横目に見ながら、結城と和海は戸惑いを隠せない。この一件が終了するまでの関係だとは思うものの、個人的な追っかけが始まってしまいそうで、対応が難しそうだ。何とか、これ以上クライアントが熱を上げないよう、祈るしかない。

 そこへ、場の雰囲気を変えるかのような勢いで、電車が入ってくる。地上に比べてより強い風圧が、ホームに立つ四人の間を吹き抜けていく。

 電車が停止してドアが開いたとき、中途半端な時間の車両は空いていた。四人は乗り込み、同じ列のシートに並んで座った。一番端のドアの脇の席に春奈、その隣に晃、和海、結城と腰掛け、ひとまず落ち着いた。

 それでも、春奈は自分の隣に座っている晃が、気になって仕方がないようだ。特に、座った席の関係で、晃の左腕が自分の傍らにあるという状態になったのが、余計に左腕を意識させる元になっている。

 晃もまた、その場の流れでつい春奈の隣に座ってしまったのを、失敗したと思った。和海に、隣に座ってもらえばよかった。

 (あちゃあ……。小田切さんと場所を入れ替われないかなあ)

 (今更なんだ。男だったら、ちゃんと受け止めろ)

 (遼さん、面白がってるだろう)

 「あ、あの……」

 春奈が話しかけてくる。晃はやむなく、春奈に向き直った。

 「早見さんて、年はおいくつなんですか」

 「僕は、二十歳(はたち)です。年が明けたら、成人式ですよ」

 「あ、年下なんだ。すごく落ち着いてるから、同い年くらいかなって、思っていたんだけど……」

 春奈は、驚きの表情で晃を見た。本当に、年下だとは思っていなかったらしい。

 「仕事で会う人は、大抵実際の年より三、四歳は上に見ますね。雰囲気なのかな。うっかりスーツなんて着るとなおさらだから、仕事のときでも、カジュアルな格好をしていることが多いんです。きちんとした格好をしなければならないところに行くときは、それなりの服装で行きますけど」

 「そうなんですか。それで……義手っていうの、大変じゃないですか」

 「もう慣れましたからね。それにこれは『装飾用』で、何かある程度手先の動きが必要な場合、『能動義手』に変えますから。もっとも、僕はあまり使う頻度は高くないんですけどね」

 何かやろうとすると、母が横から手を出してしまい、せっかく義手を使う訓練をしたのに、なかなかそれを生かせないのだ、と晃は笑った。

 「それに、大学にいるときには『装飾用』でたいして不都合はないですから」

 晃がそう言うと、春奈はどこの大学か、と問いかけた。

 「二十歳っていうと、二年生ですよね。どちらの大学の何学部ですか」

 晃は一瞬口ごもったあと、淡々と答えた。

 「……事故のせいで、一年近く、高校を休んだんです。そのせいで、高校には四年在籍しました。現役合格しているんですけど、まだ一年生なんです」

 それを聞き、春奈は気まずい表情になった。

 「気にしなくてもいいですよ。今はこうして、きちんと大学も仕事もこなしていますからね。僕は、橘花大学法学部です」

 「ああ、橘花大学。わりとレベルの高いところですよね。そこの法学部じゃ、あたしは受からなかったですよ」

 「大学は、受験のときのレベルより、結局どれだけ勉強するかでしょう。自発的に頑張れば、いくらでも勉強は出来ますからね」

 晃はそう言って、出来る限り単なる世間話から外れる方向に行かないよう、注意した。

 「そういえば、これから行くところは、この格好でも特に問題はないですよね」

 本題に戻した晃の言葉に、春奈はうなずく。

 「ところで早見さん、これから、あの日あたしと裕恵が行った道筋を辿るわけだけど、それで何もわからなかったら、どうするつもりですか」

 「ひとつのルートが潰れたからといって、他にルートがなくなるわけではありません。それに、僕たちの“調査”は、時に一般の人では考えられない方法も使います。諦めないでください」

 「……はい」

 会話をするたびに、春奈が晃を見る目が熱を帯びていくような気配があった。口説いているつもりは毛頭ないのだが、それに等しい状況になっているとしか思えない。

 (どうすればいいんだろうなあ。何を言っても、どんどんおかしな方向に転がっていく気がする……)

 (まあ、この場は諦めろ。深入りしなきゃ、落ち着くさ)

 (なんだか急に、煽らなくなったね)

 (……この姐ちゃんがどんどんはまってきてて、さすがに俺もちとヤバイ感じがするからな。煽るのはやめとく。洒落にならなくなりそうだ)

 (遼さんが煽るのをやめても、この人の様子が変わるわけじゃないんだけど……)

 そのとき、結城が次の駅で乗り換えだと告げた。

 「ここで乗り換えれば、目的地まで一直線だ。あと十五分はかからないだろう」

 よく見ると、ポケットサイズの路線図と首っ引きで話している。普段車での移動が多いだけに、地下鉄には詳しくないのだろう。

 「所長、かっこつけても無駄ですよ。路線図眺めていたんじゃ、詳しくないのがすぐわかりますって」

 和海があっさり言うと、結城が眉間にしわを寄せる。

 「……何も、そんなにはっきり言わんでも……」

 横でやり取りを聞いていた春奈が、思わず噴き出した。

 その直後、窓から見えていた暗いトンネルが終わり、駅の明るさの中に電車は突入していく。それを見て、四人は立ち上がった。

 電車を降り、階段を上がって連絡通路を通り、次の路線のホームへと降りていく。その間も、春奈は晃のほうを完全に意識しているのが、三人にはわかった。

 降りてまもなく、先程乗った電車とは、イメージカラーの違う車両がホームに入ってきて、滑らかに止まる。四人はそれに乗り込むと、うまく座席が空いていなかったので、向かい合わせの形で二人づつ座った。今度は、女性同士と男性同士で座ることになった。

 とはいえ、立っている乗客もいない車内では、お互いの顔がよく見える。春奈は、相変わらず晃のほうを見ていた。事務所にやってきたときの生気のない様子からうって変わって、目を輝かせているようだ。

 春奈以外の全員が、困惑を抱えたまま、電車は目的地へ向かって走り続けた。


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