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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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09.潜行

 晃は目を閉じ、だるさのままに体の力を抜く。

 熱のある体は静養を求め、そのまま眠りに落ちていく。

 それからどのくらい時間が経ったのか、晃が目を覚ました時、すでに辺りは真っ暗だった。

 はっとして身を起こそうとして、いまだに続くだるさに顔をしかめる。

 枕元に置いていたガラケーで時刻を確認すると、午後十時を過ぎていた。ずいぶん寝ていたものだ。

 その割に、体調は回復しているとは言えない。まだ体はどこか熱っぽく、だるさが取れなかった。

 しかし、実際にはもうすでに作戦は始まっているだろう。

 今なら何とか、自分も作戦に割り込める。

 (笹丸さん。夢の中に入ったら、また姿を貸してください。万一のことを考えると、僕の顔を相手に知られるのは、やはりまずいでしょうから)

 (そうであろうの。我が姿、いくらでも貸そうぞ。我の力もまた、何か役に立つやもしれぬ)

 (あるじ様、わたいも行く。今度こそ、あるじ様、守ってみせる)

 (アカネか……。わかった、ついておいで。お前の力、いるかもしれない)

 (晃、体調は回復しきっていないんだ。幽体はそれに引きずられることはあまりないはずだが、それだけに、幽体のほうでも消耗しすぎるとえらいことになるぞ)

 遼の警告にうなずくと、晃は目を閉じ、意識を識域下に沈めていく。

 遼と入れ替わるときなどに、時折意図的これをやることがあるので、ここまではまあ慣れている。ただ、ここから他人の“夢”にまで入っていかなければならない。

 似たような領域まで、入り込んだことは何度かある。

 だがそれは、相手に引き込まれた場合がほとんどだ。一度引き込まれたところなら、いわば“道”がわかるので自分から入ることもそう難しいことではない。

 しかし今回は、全く未知の領域を通過して、自分が念を込めたお守りが放つ気配だけを頼りに、個人の夢に入らなければならないのだ。

 自分の無意識域にいる間に、笹丸がその姿を貸し、晃の姿は人間大の白狐となり、その傍らには大型の洋犬サイズのアカネが付いた。

 淡い光がいくつも揺らめく薄闇の空間を、どこまでも降りていく。

 ここはすでに、集合的無意識域と呼ばれるあたりか。

 晃は、自分自身の気配を探る。

 数え切れぬ人々の、無意識のもろもろが集合するその世界で、晃は精神を研ぎ澄まし続ける。

 すると、微かだが、よくなじんだ気配を感じた。自分自身が込めた、あのお守りの気配だ。

 気配を追いかけて、今度はゆっくりと浮上する。ただし、これから浮上するのは、“万結花の夢の中”のはずである。

 間違えたらとんでもないことになるので、気配をしっかりと確認しながら浮上を続けた。

 気配を追いかけると、次第に周囲の様子が変わっていく。

 より暗さが増し、たまに揺らめく光もより暗く、淡く儚く見えた。

 そして、何か目に見えない壁のようなものを突き抜けたように感じた直後、辺りの様子は一変し、洞窟と(おぼ)しき空間に出る。

 その洞窟の先に、お守りが放つ気配は続いていた。

 (気配がはっきりしてきた。これだけはっきりしているなら、まだ護りの力が働いてるってことだね。今のうちに、三人のところに行かないと)

 (そうだな。しかし、無茶しすぎるなよ。体に戻った時に、反動が怖いからな。わかってるだろ、晃)

 (わかってるさ。とにかく、今は急ごう)

 (では、参るぞ。ことが起こってからでは厄介であるからの)

 (うん。あるじ様、わたい、頑張る)

 気配を辿って、精悍な姿の白狐が走り出す。以前、寝入りばなに禍神の“憑依者”に引き込まれた時とは違い、完全な白狐の姿であるため、その走りは人が走るより速い。そしてアカネも、それに伍して走ってくる。

 少し走ったところで、三人の後姿が見えた。

 三人とも、昼間に着ていたのと同じ服装で、万結花を真ん中に、右手側に舞花、左手側に彩弓が立ち、恐る恐るという感じで前に進んでいた。

 そこへ、急いで駆け寄ると、気配に気づいて振り返った三人が、驚きの表情を浮かべる。

 「笹丸さん!? と、アカネ……よね? こんな長い毛並みの大きな三毛なんて、他にいないもんね」

 舞花が、目をぱちくりさせながら、少しおっかなびっくり問いかける。

 「……違う、笹丸さんの姿はしてるけど……あなた、晃さんでしょう?」

 万結花の問いかけに、彩弓や舞花のほうが驚いている。

 「えっ!? この、白狐のほう、早見さんなの?!」

 「うっそー!? 笹丸さんじゃないの~? お姉ちゃん!」

 「……気配が違うのよ。笹丸さんの気配に混ざって、間違いなく晃さんの気配が感じられるの。ねえ、そうなんでしょ?」

 改めて万結花に問いかけられ、晃はうなずいた。

 「さすがにわかりますか。万が一、相手が禍神と直接繋がっていた場合に備えて、笹丸さんに姿を借りたんです。僕まで顔を知られると、面倒なことになるので」

 「でも、まだ調子が悪かったんじゃなかったの?」

 彩弓の問いかけに、晃は一瞬言葉に詰まりながらも、静かに答える。

 「……体の不調は、幽体には直接響きません。だから、今この状態ならまず大丈夫です。ただ、あまり消耗しすぎないように注意する必要はありますけど」

 晃の言葉に、三人は多少心配そうな表情を浮かべたものの、前方から聞こえる微かな唸り声に皆はっとして前を凝視した。

 唸り声は、徐々に大きくなりながら威圧感も増していく。

 晃は素早く壁面ギリギリをすり抜け、三人の前に出た。アカネも同じようにして前に出て、晃の隣に並ぶ。

 やがて唸り声は、洞窟全体に反響するほどの大きさになり、ほの暗く見通しの効かない前方からその姿を現したのは、黒いざんばら髪に青白い肌、頭に象牙色の一本角が生えた鬼だった。その筋肉でごつごつとした体には、少々薄汚れた麻と見える下帯が巻き付いているだけだ。

 何より特徴的だったのは、その額にも、白目の部分が青い三つ目の眼が開いていることだった。

 『ぬう。何だ、この白狐と猫は!? 後ろの女どもに近づくのに邪魔だな。どけ!』

 三つ目の鬼が、口元の牙をむき出して吼える。

 だが、晃もアカネもひるまない。

 「ここを通すわけにはいかない。彼女たちに手出しはさせない」

 晃は冷静に言葉を返し、隣のアカネは威嚇の姿勢をあらわにして、鬼に向かって唸った。

 それがなおさら苛立ったらしく、鬼は目を吊り上げてなおも唸り声をあげる。

 『……貴様、たかが白狐の分際で、このオレの邪魔をするとは身の程知らずよ』

 鬼の眼が、残忍な光を帯びた。どうやら、川本家の女性陣三人に手を出す前に、目の前で邪魔をするこの白狐と化け猫を先に片づける気になったようだ。

 『オレは夢を操るもの。他人の夢に介入するのは朝飯前よ。そのくらい、わかってしゃしゃり出てきたんだろうな?』

 いうなり、鬼が嫌な笑いを浮かべた。晃は咄嗟に隣のアカネに前肢で触れる。

 次の瞬間、周囲がぐらりと歪み始めた。

 「元来た方向へ走って! 早く!!」

 背後に向かってそれだけは叫んだ晃だったが、あっという間に歪みに巻き込まれ、天と地がひっくり返ったような感覚になって一瞬周囲の様子がわからなくなった。

 ふと気づくと、そこはすでに洞窟ではなく、見覚えのない夕刻の街中に立っていた。

 が、突然遼が叫ぶ

 (ここ、俺の故郷の街じゃないか!?)

 (え!? じゃ、遼さんの記憶をひろって夢が構築されたの?!)

 普通、夢魔の力を持つものは、現実と寸分たがわぬ世界を夢で作り出して人を惑わすことが多い。

 そうでなければ、その人がかつて大切にしていたもの、後悔していたこと、そういったものの記憶を利用して夢を見させ、夢の世界に封じ込めてしまったりする。

 ところが、今回は精神が何重にも重なったものに対して夢を見させるということをしたため、ランダムになってしまったようだ。

 しかも、標的になったのが遼だったため、晃が第三者的に冷静に見ているのに引きずられ、遼もここが夢だとすぐに気づくことになってしまった。

 否、晃の意識のほうが今は表に出ていて現状を強く認識しているため、夢の欺瞞に全く反応しなかったと言ったほうが正しい。

 (しかし、この町で何らかのことをしなければ、夢からは出られまい。もはや明晰夢状態ではあるが、とりあえず進んでみてはどうかの)

 笹丸に言われ、晃も遼もうなずく。咄嗟に前肢で触れたのが幸いし、アカネも一緒にここに来ていた。

 (アカネ、行くか)

 (行く!)

 アカネには、猫本来の大きさに戻ってもらい、ついてきてもらうことにした。

 晃が本性を現し、本気で全力を出せば、力づくで破ることも可能かもしれない。

 ただ、破った後で夢を操る鬼本体と対峙した時に、晃が消耗していた時がまずいため、それは最後の手段として取っておくことにしたのだ。


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