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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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06.夜守

 それから、午後七時過ぎに帰宅した俊之を加え、ダイニングキッチンで川本家全員と晃で夕飯の席を囲んだ。メニューは、人数調整が簡単な、カレーである。

 俊之にも事情は話され、今夜一晩、晃が泊まることも承知した。

 「しかし早見さん、その、そういう夢って、頻繁に見るものなのかい?」

 「普通は、見ません。そういう夢は、夢を操る存在が介在して初めて見るようなものなので」

 晃の答えに、俊之も考えこんだ。

 「そういう事なら、任せるしかないね。よろしく頼みます」

 「一応、お守りは強化してあるので、それで済めばいいのですが……。済まなかった場合、次の対処を考えないといけませんから」

 夕食後、雅人と彩弓が舞花を引っ張って晃から離し、事情が呑み込めていない俊之が何事かと唖然とする一幕もあったが、『ギャップ萌え』の話にやはり俊之も頭を抱えた。

 「……なんかいろいろ……親として済まんというか、そうでなくとも、必要以上に負担をかけているのに」

 「いえ、それはいいんです。自分で関わることを選んだんですから」

 晃は居間の荷物のところに行くと、自分のパーカーを体に掛けて、半分コタツに潜りながら横になる。

 やはり居間にやってきた雅人が、声をかけた。

 「仮眠っていうが、このまま朝まで寝てるってことないだろうな。そんなことしたら、風邪ひくぞ」

 「大丈夫。起きられるよ」

 「本当か?」

 「起こしてくれるひとがいるから。……僕の中に」

 「……ああ」

 雅人はすぐに気づいた。晃の中にいるもう一人の存在。幽霊の“遼”。彼が起こしてくれるというのなら、大丈夫なのだろう。

 あの時、必死で訴えていた姿を思い出し、雅人は何となく納得した。この“二人”の間には、誰も立ち入れないものがある。だから、こうして普通に相手に自分を預けることが出来るのだ。

 実際、晃は午後十一時に目を覚ました。

 仮眠のために横になったのが午後八時過ぎだったので、三時間弱寝たことになる。

 これから、眠りについた三人が、朝目覚めるまでの間に、何か異変が外で起きないかを見張るのが自分の役目ということになる。

 カーテンを開けてみると、すでに窓の外には相変わらずいくつもの霊や物の怪の類が何体も集まっており、思い思いに結界にぶつかってきたり、どこかに穴がないか探したり、何とか中に入ってこようとしては、結界に弾き返されていた。

 今のところ、結界を破れそうな気配はない。それを確認して、改めてカーテンを閉めた。

 晃は自分のパーカーを肩からはおると、コタツを出て電源を消し、結跏趺坐の姿勢で目を閉じた。

 呼吸を落ち着け、神経を研ぎ澄ますと、微かに家の中の気配を感じられるようになる。川本家の人々の気配だ。皆、それぞれ自分たちの部屋で就寝しているようだ。

 万結花は一階の自分の部屋。彼女の気配はやはり特別だ。どこにいるのか、かなりはっきりと感じられる。

 眠っている人の気配の中で、特に女性陣三人の気配に注意する。

 夢というものは、実は何度も見ているものだ。

 ただし、覚えていられるのは、起きる直前に見た夢だけ。

 だからこそ、覚えていない夢の中で、決定的な事態が起こっていないか確認するためには、夜通し起きている必要があった。

 いくら室内にいても、火の気がなくなった部屋の中はしんと冷えてくる。居間には、石油ファンヒーターが置かれていたが、スイッチは入っていなかった。

 それでも敢えて暖房を付けないのは、下手につけると暖かさでつい眠ってしまいかねなかったからだ。

仮眠を取ったとはいえ、さすがに睡眠不足は否めない。一番肝心な“目覚め間際”の時にこちらが寝ていては話にならない。

 しばらくは、特にこれといった変化はなかったが、時刻が午前二時を回るころ、晃はかすかに違和感を感じ始めた。

 明らかに、人のものではない何らかの気配が、ほんのわずかだか感じられる。

 (これは、来たというべきかな?)

 (だろうな。おそらく、夢への干渉が始まったんだ。誰のところに一番強く感じる?)

 (……やっぱり、万結花さんのところだね。あと、舞花さんとお母さんの彩弓さんのところにも、少しだけ感じる。もっとも、万結花さんのところだって、そんなにはっきりしたものじゃないけど)

 (……おそらくは、そなたのお守りが効いておるのであろうな。だいぶ強化したのであろう? 故に、今までのように干渉出来ず、代わりに力が外に漏れておると考えたほうがよい。ただ、完全に防ぐことも出来てはおらぬようではあるの)

 (ですね)

 晃は、特に万結花の気配を中心に、より神経を集中させる。

 万結花の気配に絡みつく、わずかな気配。それは、わずかではあっても、どこかに禍々しさを内包し、明らかな違和感となって引っかかってくる。

 それが、万結花の気配を乱すことがないか、じっと監視し続けながら刻一刻と過ぎていく時間の流れの中に身を任せる。窓の外から時折聞こえる、悪霊や物の怪どもの唸り声をも聞き流しながら。

 一時間経ち、二時間経ちしても、絡みつく気配は消えない。

 幸い、万結花の気配に乱れはない。干渉自体は防ぐことが出来なくても、事態の悪化は防ぐことが出来ているようだ。

 それなら、今夜のところは一応大丈夫だろう。

 実際異質な気配は、朝六時前に万結花が起き出したらしいところで消え去った。

 それを確認して足を崩した途端、晃はふっと眠気が差してくるのを感じた。

 今まで、神経を張り詰めていたのが緩んだのだ、睡魔に襲われても仕方がないだろう。

 抗う間もなく一瞬意識が飛び、気づくと肩を揺さぶられていた。

 「おい、寝てるのか?」

 雅人が様子を見に来て、転寝をしているのに気付いて起こしにかかったらしい。

 「うん、あ、川本か……。いや、最後まで“視”てはいたよ。起きた気配を感じて、大丈夫だなと思ったら、気が緩んで……」

 「なら、いいけどさ。もう、七時になるぞ」

 「え!? そんなに寝てた?」

 はっとして窓のほうを見ると、カーテン越しにも外が明るくなっているのがわかる。

 晃が起き上がろうとするのを手伝うと、雅人は言った。

 「朝飯、食べてくだろ。かぁちゃん、お前の分も用意してるからな」

 「……一応、顔ぐらいザッと洗ってくる」

 「うん、その方が、目も覚めるだろうしな。あ、タオル貸すわ」

 「……ありがとう」

 その時、晃は一瞬背筋にすっと寒気が走ったような気がして、次の瞬間不意にくしゃみとなってそれが飛び出した。

 「おいおい、風邪ひいたんじゃないだろうな。この部屋かなり寒いぞ。今朝は冷え込みはそれほどきつくないけど、それでも暖房もつけないで一晩過ごした上に、転寝してんだろ?」

 「……ヤバいかも」

 雅人に言われるまでもなく、体がずいぶん冷えていることは自覚していた。起きたときに、少し調子が悪かったのも、そのせいだろう。

 とにかく立ち上がると、早く顔を洗って体を温めたほうがいい。

 急いで洗面所に行くと、用意してあると言われていた使い捨ての歯ブラシで歯を磨き、顔を洗ってから、手櫛で大雑把に髪を整え、ダイニングキッチンに向かった。

 一家全員が顔をそろえているところで、遅れてきた晃が席に着くと、そのまま『いただきます』の挨拶とともに朝食が始まった。

 白飯に卵焼き、大根サラダに豆腐とわかめの味噌汁といった献立で、暖かい味噌汁は、冷えた体には充分なごちそうだった。

 「……本当に、朝食までありがとうございます」

 晃が頭を下げると、彩弓は手をひらひらさせながら、少し照れたように笑った。

 「いいんですよ。若い子はちゃんと食べなきゃ。おかわりありますよ」

 「い、いや、大丈夫です」

 「じゃあ、おれがおかわり」

 「自分でよそいなさい」

 「何それ!」

 周囲が流しているところを見ると、いつものやり取りなのだろう。

 一通り食べ終わり、胃の中に温かい食べ物が入って、やっと体が温まってきた晃が一息ついていると、 俊之が食べ終わった食器を次々と下げていく。

 「休みの日の食器洗いは父親担当と、我が家では決まってるんだ」

 そう言いながら、俊之は全ての食器をシンクに片付け、スポンジ片手に鼻歌混じりに洗い始める。

 それもいつものことなのか、誰も気にしない。

 それを確認して、晃は改めて未明の夢のことを尋ねた。

 「今日も、夢を見たはずです。どんな夢でしたか?」

 晃に言われ、その場の女性陣三人は互いに顔を見合わせた。

 「お母さん、お姉ちゃん、どうだった?私、何か唸り声しか覚えてないんだけど」

 「そういや私も、唸り声しか覚えてないわねえ。何言ってるのかさえわからなかった」

 舞花と彩弓がそう言って、万結花のほうを見る。

 「あたしは、唸り声が何を言っているのか、はっきりわかって……少し怖かった……」

 「唸り声が聞こえて、内容が聞き取れたんですね。なんと言っていたんですか?」

 万結花は少しうつむき、一瞬唇を噛むと、真剣な顔で口を開いた。

 「その声はこう言っていたんです。『よくも小賢しい真似を。このような“守り”など、明日には『あのお方』の力にて打ち壊してくれる。必ずや、その魂、もらい受ける』って……」

 その言葉が正しいのなら、今夜から明日の未明にかけて、そいつはお守りの力を破って襲い掛かりに来るということだ。急いで結城たちや法引に連絡しなければ。

 「それ、マジか!? どう考えても、ヤバいじゃんかよ!」

 雅人が焦った顔で晃のほうを見る。雅人の声が聞こえたか、洗い物をしていた俊之が、こちらを振り返った。

 「うん? 何がヤバいんだ?」

 「あ、父ちゃん、後で話すから、洗い物終わらせちゃってくれ」

 「ああ、わかった……」


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