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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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05.母娘

 しばらく念を込め、石に充分力が行き渡ったと感じたところで、晃は遼の力を分離し、大きく息を吐いた。

 「……これで、様子を見てください。またあの夢を見るようなら、本気で僕も何らかの方法で夢に干渉することを考えます」

 力を分離した直後の虚脱感に耐えながら、晃はお守りを万結花が差し出す手の中に、そっと落とした。

 「……はぁぁ……。こんなふうに念を込めてたんですねえ。なんか、すごい……」

 そういう舞花の顔は、すでにほんのり赤かった。それはまるで、のぼせたように見える。否、()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは晃も、すぐに気が付いた。

 「あの、僕の話、聞いてます?」

 事態は結構深刻なはずなのに、舞花の反応がどうにも別な方向で心配である。

 「ちょっと、まいちゃん!」

 慌てて彩弓が、明らかにテンションがおかしくなっている舞花をたしなめるが、どう見ても右から左へ抜けていっているようにしか見えない。

 「と、とにかく、結界の様子を見てきますから」

 晃は、自分がしたことが少々不用意だったと直感し、虚脱感から立ち直るや否や、舞花の反応がおかしいうちに素早く立ち上がると、さっさと居間を後にする。

 「あ、あのぅ、ちょっと……」

 後ろから、戸惑い気味の彩弓の声が追いかけてきたが、止まったら余計まずいことになりそうで、ひとまず報告を兼ねて二階の雅人の部屋を訪ねることにした。

 母親と妹の反応のことはともかく、三人が見た夢の話は聞かせておかなくてはいけない。

 結界の様子を大雑把に確認しながら二階に上がると、晃は雅人の部屋のドアをノックする。

 「川本、入って大丈夫?」

 「別にいいけど、どうした?」

 返事を聞いてからドアを開けると、雅人は自分の机でエントリーシートと格闘していた。

 「エントリーシートが埋まらないんだよなあ。八割は埋めろって言われるけどさあ……」

 どうやら、就職支援センターの担当者から、そういうアドバイスを受けたらしい。

 「おいおい埋めていけばいいんじゃないの。まだ、絞れてないんだろ?」

 「そうなんだけどさ……」

 雅人は大きく溜め息を吐くと、ふと気づいたように晃のほうに改めて向き直った。

 「しかし、わざわざおれのところに来たってことは、何か話があったんだろ。まあ、その辺座っててくれ。なんだ、話は?」

 「ああ、実は……」

 晃は、三人が見ている“夢”の話を聞かせた。当然、雅人も表情が険しくなる。

 「なんだって、三人が三人とも、お前に言われるまで気づかないんだろうな……」

 「いや、お前のお母さんと舞花さんは、ぼんやりとした内容しか覚えていないんだ。三人の記憶を突き合わせて初めて、異様な夢だって気が付いた様なものだし。一応、まだ決定的なことは起こっていないから、万結花さんにはもともと渡してあったお守りを強化して、お母さんと舞花さんには枕元に清めの盛り塩をして寝るようにとは言ってある。今日は、僕も様子見でここに泊まるよ」

 そう言うと晃は、連絡をしておくからとガラケーを取り出し、事務所の所長である結城に概略を記したメールを送った。

 そして改めて雅人の顔をじっと見た後、深々と溜め息を吐いた。

 「なんだよ、人の顔見て溜め息吐くってのは?」

 「……川本、もうちょっと家族の変化に敏感になろうな」

 「変化って、まだ何かあるのか!?」

 焦る雅人に、晃はもう一度溜め息を吐くと、ぼそりと言った。

 「……お前のお母さんと舞花さんから、逃げてきたんだよ……」

 「はぁ!?」

 ここで晃は、万結花に言われたことを、実際に自分が見たことを交えてすべて暴露した。聞かされた雅人が、頭を抱えたのは言うまでもない。

 「かぁちゃんの『守ってあげたい』は、まだなんとなくわかる。『ギャップ萌え』ってなんだ!? 『ギャップ萌え』って!!」

 雅人は、二人が自分の前では猫を被っていたと気づき、居たたまれなくなった。特に、まずいのは舞花だ。そうでなくても負担のかかる晃に、さらに心労かけてどうする!?

 二人で同時に溜め息を吐くと、この件に関してはこれ以上深入りすることを避けた。

 「……とにかく、おかしな夢の話に戻ろう。それで、お守りが強化したんだろ。それでもやっぱり夢の続きを見るようなら、どうするつもりなんだ?」

 雅人の質問に、晃は少し躊躇(ためら)いながらも答える。

 「何とか、僕自身が夢に入り込んでみるつもりだよ。ただ、危険があるんだけどね」

 「危険って、なんだ?」

 怪訝な顔をする雅人に、晃は言葉を続ける。

 「もし、うまく万結花さんの見ている夢に入れなかったら、無意識域で迷子になってしまう。うまく入れたとしても、万結花さんが目覚めるときに、ちゃんと夢から離脱出来ないと、僕の精神が万結花さんの夢を形作る無意識域に取り残される危険がある。そうなったら、かなりまずい」

 話を聞くだけで、危険だと感じられるような内容に、雅人の顔がこわばった。

 「お、おい。本当に大丈夫なのか、そんなことやって……?」

 「場合によっては、危険を伴ってもやらざるを得ないよ。とにかく、今夜の結果待ちだ」

 どうなるかは実際に一夜が明けてみなければわからないので、晃は立ち上がると、結界を確認するために部屋を出る。

 「一通り、結界の様子を見てくるよ。さっきも言ったとおり、今夜は様子見でここに泊まる。お守りで事が済めばいいんだけどね」

 「ああ。そういや夕飯は……」

 「別に気にしなくていいよ。コンビニかなんかで買ってくるから」

 「そうかぁ」

 晃は二階の様子をぐるりと“視て”回り、特に異常がないのを確認した後、一階に戻って再度様子を見た。

 特段問題がないのを確認し、ふと一息ついたところで、そういえば泊まるのなら母親である彩弓に一言断りを入れなければいけないと気が付いた。

 事態が事態だし、泊まること自体を拒むことはないだろうが、自分が今夜ここに泊まるとわかった時の、彩弓はともかく舞花の反応が怖い。

 しかも、荷物は居間に置きっぱなしだ。

 何とも気が重いが、戻らなくては話が進まないので戻らざるを得ない。

 晃はのろのろとした足取りで、居間へと足を向けた。

 そっと居間に顔を出すと、おそらくいつ戻るか気にしていたのだろう、こちらに振り向いた舞花と目が合った。

 一瞬、何とも言えない気まずい空気が流れる。

 「……とりあえず、結界のほうは、今のところ問題ありませんでした。それでですね……」

 気まずさをこらえて、晃が結界が問題なかったことを告げ、さらに夢のことが気になるので、今夜はここに泊まることにすると告げたのだが、そう言った途端、再度舞花のテンションがおかしくなった。

 「わ、わ、わ! 早見さん、今晩、うちに泊まってくれるんですか!? すごい! どうしよう!!」

 「あ、あの……別に泊まると言っても、万が一に備えるだけで、それこそこの居間で徹夜で起きてるようなことになるんじゃないかと思うんですけど……」

 いきなりはしゃぐ舞花に、晃が困惑するという図がたちまち出来上がる。

 「ちょっとまいちゃん、早見さんを困らせちゃダメでしょ!」

 さすがに見かねたか、彩弓が注意して一旦は収まるが、いつまた始まるかわからない。舞花の隣では、万結花が頭痛をこらえるような表情になっている。

 ほどなく気を取り直したか、彩弓が晃に向かって訊ねた

 「そうだ早見さん。夕飯食べます? 食べるなら、用意しますよ」

 「い、いや、お構いなく。自分で適当に買ってきますから」

 晃はそう言ったが、彩弓は承知しない。

 結局、一人分くらい増えても手間は大して変わらないだの、コンビニ弁当では栄養バランスが偏るだのと、いろいろ言っては晃の外堀を埋め、夕飯を一緒に食べざるを得ない雰囲気に持っていく。

 そこは、社会人経験者と大学生との()()()()で、晃はとうとう夕飯を一緒に食べることを承諾することになった。

 そこへ、やはり気になったのか、雅人が二階の自室から降りてきた。

 そして、自分の母親の一言『早見さんも夕飯一緒に食べるそうよ』で、すべてを察した顔になった。

 力なく座り込んでいる晃に向かって、雅人がぼそりという。

 「かぁちゃんこれでも昔は、常に成績上位(トップクラス)の営業部員だったって話だからな。かぁちゃんとまともに口でやりあったら、(うち)じゃ誰もかぁちゃんに勝てない……」

 「……ものすごくよくわかった……」

 将来弁護士になった暁には、この話術を参考にしたいとさえ思えるほど、理路整然とプレゼンもどきをしてみせたのだから。

 「……夜が来る前に疲れそう……」

 「おい、大丈夫か? お前が頼りなんだからな」

 それから間もなく、彩弓は夕食の準備のためにキッチンに向かった。手伝いのために、舞花と、料理の練習のために万結花もキッチンに向かってしまい、あとには雅人と晃が残される。

 「……なんかいろいろ、すまん。けど、もしまた夢の続きを見るようなら、本当に夢に介入するつもりなのか?」

 雅人の真剣な問いかけに、晃はうなずく。

 「そうなる。お守りとして渡してあるあの石には、僕の念が込めてある。それを利用して、何とか識域下から夢に入り込んでみる。識域下に降りてから、自分自身の念の気配を頼りに、万結花さんの意識を探すよ」

 本当は、そういうことをしないで済ませられれば、それに越したことはないのだが、どうなるかわからない。

 「今夜泊まるのも、実はお守りで夢への干渉を阻止された“夢魔”が、別な形で実力行使をしないか様子を見るためにするものなんだ。万が一があるからね」

 「なるほど、そういう事か」

 夢魔とて妖である。夢への干渉を妨げられ、本体が実力行使に出ないとも限らないのだ。もっとも、夢魔の類は夢の中でこそその実力を発揮出来るので、現実の世界へ出てくることはあまりない、と晃は言った。

 あくまでも、念のため、ということだと。

 「なら、のんびり夜明かししてりゃいいわけだな」

 朝とがそう言った途端、晃は首を横に振る。

 「ただ、どんなものにも例外は存在するんだ。夢魔の類だって、現実世界であっても強力な力を持つ存在も稀にいる。そういうやつだと、ほんとに厄介だ」

 確かにそう言われると、警戒せざるを得ない。

 「何事もなく、夜が明けることを祈るしかないな」

 「ああ。僕としても、そう思ってる」

 とはいえ、今出来ることはない。

 ただ、夜が更けてくるのを待つのみである。


 作品とは関係ないことですが、ちょっと。

 10年前のこの日、東日本大震災がありました。

 そして先日も、福島や宮城を中心とした大きな地震がありました。10年前のあの地震の余震であると言われています。

 今だ、かつての暮らしを取り戻せない人々も大勢います。

 被害に遭われた方々に、改めてお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方々の冥福をお祈りしたいと思います。

 

 こうして文章が綴れる日々は、いつ失われてしまうかわからないわけです。

 作品が書き綴れる日々を、大切にしたいと思います。


 

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