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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第八話 迫りくるモノ
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02.戻った日常

 あれから、しばしの時が過ぎた。

 辺りはすっかり三週間後のクリスマス、そして年の瀬へと慌ただしくも賑やかな雰囲気になりつつあった。

 その日大学が休みだった晃は、午前中は冬休み前に提出するレポートの作成、午後は探偵事務所の事務仕事の手伝いで、パソコンの打ち込みをしていた。

 冬至までそんなに日がないだけに、時間的にはまだ夕刻であっても辺りはすでに暗くなってきていた。

 晃にとって、いまだにどこか信じられない思いで、以前と変わらない日常を過ごしていた。すべてがひっくり返っても、おかしくはなかったのに。

 「早見くん、じきに冬休みだろう。家には顔を出すのかな?」

 結城に問いかけられ、晃はきっぱりと否定した。

 「ここに居ます。顔を出したら、きっと面倒なことになりますから」

 晃は、自分あての郵便物さえ、自宅から契約している私設私書箱に郵送してもらい、そこからさらに探偵事務所が置かれている家の住所まで転送してもらうという、ややこしいことをしている。

 『知人宅に居候させてもらっている』としか伝えていないそうで、ここを親に突き止められて踏み込まれるのが、よほど嫌らしい。

 郵便物を親の手にゆだねるリスクは少しあるのだが、自分の世話に依存していた母親と、一応現役警察官の父親の組み合わせなら、逆にこれ以上こじれることを恐れ、勝手に開封することはまずないだろうし、ある種もう一つの連絡手段ともいえるので、郵便物を滞らせるということもないだろうと踏んだのだ。

 「え、じゃあ、クリスマスも年末年始も、ここで過ごすの?」

 和海が驚いたように聞き返す。

 「そのつもりですけど」

 「どこかへ息抜きにちょっと遊びに行くとか、そういう予定、ないの?」

 「特には。そういう暇があったら、どうやったら結界をもっと強化出来るか考えるとか、あるいは元々目指していた司法試験合格のための勉強をしていたほうがいいですから」

 返事を聞き、結城と和海が顔を見合わせて溜め息を吐く。

 二人でアイコンタクトを取ると、同時にスマホを取り出し、通信アプリを立ち上げ、メッセージを交換し始めた。

 『ちょっと、これ相当重症じゃないですか?』

 『私もそう思った。いくら積極的に友人を作らなかったからって、何もこの時期にわざわざボッチでいるつもりとは……』

 『しかも本人、それが当然って顔してるんですよね……』

 『完全にボッチ慣れだな……。確かに、相手はいつ何時、どう出てくるかわからない相手ではあるが、だからといってこれは……』

 『いつ何時、何があるかわからないからこそ、今の平穏なひと時は貴重なのに……』

 そして二人は、そっと晃の様子を見た。

 晃は、何事もなかったかのように、淡々と打ち込みを続けている。

 禍神がどう出てくるかわからない以上、油断は禁物なのはわかっているのだが、だからといって今の晃の言動はあまりにもストイックというかなんというか。

 同年代には、エネルギーが有り余っているような弾けた行動を取る者も多いのに、妙に老成している気がする。

 二人はもう一度アイコンタクトを取ると、結城が再度声をかける。

 「早見くん、それなら、顔を出さないのか?」

 「……どこにですか?」

 晃が、不思議そうに一瞬視線だけちらりとこちらによこす。

 「決まっているだろう。川本万結花さんのところだよ。顔を見に行けばいい」

 その途端、今まで順調に行われていたタイピングが乱れて止まる。明らかにタイプミスをしたようで、修正操作をしているのがわかる。

 結城たちのところからは横顔しか見えないが、頬が少し赤くなり、耳も赤みが差している。

 まさかここまで動揺するとは思わなかったが。

 「……ねえ晃くん、こういう言い方はベタ過ぎるんだけど、あなた青春真っ盛りなのよ。もうちょっと羽目外してもいいんじゃない? それに、そもそも彼女は護衛対象よ。会いに行ったって、誰も何も言わないわよ」

 和海が、少し茶目っ気を込めてそう言うと、晃はますます顔を赤くした。

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕をからかって、何が面白いんですか!?」

 すでに、タイピングどころでなく、完全に手が止まっている。

 「いや……からかっているつもりはないんだがなあ……」

 「そうよ。『遼さん』って言ったかしら、あのひとだって心配してたじゃない。晃くんは、生真面目過ぎるのよ」

 すると晃は、溜め息を吐いてがっくりとうなだれた。

 「……そうだった……。遼さん、なんで余計なことまで……」

 その様子を見て、結城のほうがなだめにかかった。

 「まあ、もちろん無理にとは言わんさ。ただ、川本家の皆さんのところには、顔を出してきたほうがいいだろう、と思っただけだ。一応定時連絡は取っているが、君が“視”れば何か変わったところも見つかるかもしれんし」

 確かにそれはその通りだ。

 いくら川本家の人々が霊感があるとはいえ、強力な霊能者である晃が霊視することによって、霊感程度では気づかなかった異変を察知出来る可能性はある。

 そして和海は、空気を変えるためか、まるっきり違う話題を振ってきた。

 「そういえば、笹丸さんとアカネは何してるの? 上にいるんでしょ?」

 「……実は、アカネは笹丸さんに弟子入りしまして」

 「弟子入り!?」

 アカネはあの時、結局晃を守ることが出来ず、ただ配下の鬼に翻弄されるだけだった。それで、力任せではだめだ、技や術を覚えなければならないと一念発起、笹丸に弟子入りし、いろいろなことを本格的に学ぶことにしたらしい。

 「健気だなあ。元々けっこう強力な存在なはずだろう?」

 結城の問いに、晃はうなずく。

 「ええ。皆さんがいっぱいいっぱいだったあの物の怪の類だったら、アカネの敵じゃありませんよ」

 「でしょうね」

 和海が、溜め息混じりにうなずく。

 「でも、あの子の戦い方は力任せもいいところなんです。だから、ちょっと連携に優れた複数の敵に囲まれると、この間のように翻弄されて、本来の力を全然発揮出来なくなってしまうんです」

 「ああ、連携を崩せないのか」

 「そうなんです。だからこの間だって、笹丸さんが指示を出してフォローしていなかったら、逆に鬼たちにやられていたかもしれません」

 何せ、実年齢(?)は一歳に満たない。成猫にもなってはいないのだ。(よわい)五百年を超える笹丸から学ぶことは、さぞかし多いに違いない。

 「……化け猫が術を覚えたら、空恐ろしい存在になりそうだな」

 思わず天井を仰ぎながら、結城がつぶやく。

 「でも、動機が“あるじ様”である晃くんを守るためなんて、ほんとにすっかりいい子になっちゃったわねえ」

 「アカネは元々いい子ですよ。あの子を歪めて化け猫にしたのは、人間ですから」

 晃が素の表情でそう言う。以前から、そう言っていた。今から思えば、だから『退治』でも『封印』でもなく、『“従属の術”を使う』だったのだ。

 化け猫(アカネ)()()()()()()……

 ほどなくして、晃はまた打ち込みを始めた。性格的にも、こうやってコツコツ事務仕事をするのが苦にならないタイプなのだろう。

 横にいる二人は、それを眺めながらまた軽く溜め息を吐き、自分たちも事務仕事に戻った。なんとなくもやっとしたものを抱えながら。

 特に、和海は複雑だった。

 最近、晃のことを“異性”として意識してきていた。もちろん、我を忘れて恋焦がれるほどではない。

 でも、晃が自分に向かって笑顔を見せてくれると、純粋に嬉しかった。

 しかし、彼の想いが誰に向いているのか、偶然とはいえ、はっきりわかってしまった。

 結ばれることはないだろう相手でも、その想いは一途だった。

 こうなると、自分は分が悪い。ならば、潔く応援する方に回ろう。大人なんだし。

 本当の意味で成就することはないとわかっているけれど、それでもほんのひと時、こういう言い方はそれこそベタだが“青春の一ページに刻まれる想い出”を作って欲しいと思う。

 それなのに、肝心の本人が相変わらずのこの態度だ。

 あの時の『遼さん』の嘆きがよくわかる。

 実はあれからもう一度、遼と話す機会があった。

 普段は晃の識域下に降りていて、晃と心の対話しかしないそうなのだが、意識を失っていたらまずい時に晃の意識がない時、あるいはこの間のように動揺が激しくて自分で自分を律することさえ出来ないような状況に陥った時、遼の意識が表層に上がってきて体を制御し、ああいう状態になるという。いわば、緊急事態の時のサブコントロールのようなものだ。

 そして、晃が意識すれば、意図的に入れ替わることも可能だというので、試しに入れ替わってもらって話をしたのである。


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