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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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28.エピローグ

 三台の車が連なって、高速を走っていた。

 先頭を走るのは、クリーム色のどこか可愛らしい印象の軽自動車。次がスカイブルーのハイブリッド車。最後尾がガンメタリックのスポーツセダン。

 郊外から都市部へと向かうその車列は、まだ昼前の空いている上り車線を、順調に進んでいく。

 先頭を走る軽自動車には、結城探偵事務所の面々が乗っていた。

 運転席にはいつものように和海が座り、後部座席には結城と、そして晃。

 あれから晃は、散々泣いた後、すっかり放心状態になってしまい、やむなく俊之と雅人に着替えを買ってきてくれるよう頼み込んだ。血に染まり、ぼろぼろになった服を着せておくわけにもいかなかったからだ。

 費用はこちらで出すと言ったのだが、川本親子は逆に『こちらが出す』と譲らず、仕方なく折れた。

 二人は往復四十分余りの時間をかけて、スマホで場所を調べた幹線道路沿いの大型ショッピングモールまでわざわざ車を飛ばして、上下一式購入してきてくれた。

 車の陰で着替えさせたが、晃は自分が受け入れられたことがよほど信じられなかったのか、着替えさせている間も要領を得ない状態が続いた。

 着替えの際に、血の跡をウェットティッシュで拭き取ると、そこにあったのは、本当に傷痕一つ残っていないきれいな肌だった。頭ではわかっていても、血に染まって引き裂かれた服の下がそれだと、頭が混乱したのも事実ではある。

 晃が元々着ていた服は、あまりに見た目がまずいので、服を購入した際に入れてもらった袋に入れ替えるように突っ込み、ひとまず持ち帰ることとした。

 どう処分するかは、後で考えることにして、ひとまず帰ろうということになったのだ。

 そして今、晃は結城にもたれかかるようにして眠っていた。

 大泣きしたのがはっきりわかる、赤く腫れぼったくなったまぶたを閉じ、泣き疲れて眠ってしまった子供のように。鼻にもまだ少し赤みが残っていたのが、余計にどこか幼さというか、あどけなさのようなものを感じさせる。

 結城は、晃を起こさないように小声で和海に話しかけた。

 「……今回は、ちょっといろいろあり過ぎたな」

 「……そうですねえ」

 和海も、小さく溜め息を吐きながら答える。

 「……しかし、和尚さんも人が悪いな。初対面の時に、すでに早見くんの本性に気が付いてたなんて。こっちは何も聞いてなかったのに」

 結城が思わず苦笑する。

 「あの後言われて、二度びっくりですよ。『【人にして人にあらざるもの】だと初対面の時から気づいてました』とか今更言われてもねえ……」

 和海も、苦笑が止まらない。

 それでも、法引がそれを伏せていた理由もまた、よくわかる。

 あの頃の自分たちだったら、晃の本性をこれだけすんなりと受け入れただろうか、と。

 表面上は受け入れても、心の中では距離を置いてしまったかもしれない。そうなったら、きっと晃をひどく傷つけていただろう。

 その後何度かあった、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それらはすべて、事件を解決したり、自分たちや依頼人を守ったりするためのものだった。

 時に消耗し尽くしてフラフラになりながらも、晃はいつだって自分たちを守ってくれていた。

 きっと、自分たちに隠れて、超常の力を使っていたのだろう。思い返せば、そう考えるとすんなり納得出来る場面がいくつも脳裏に浮かぶ。

 今にして思えば、『生者と死者のそれが入り混じった異様な気配』を感じたことは、何度かあった。あれは、本性を現した状態の晃だったのだ。

 本性を知られることを恐れながらも、時に自分が盾になりながら、懸命に戦っていたのだと思うと、どこか健気ささえ感じてしまう。

 ただ、“初対面で気づいていた”というその法引ですら、本性を現し、本気で『魂喰らい』を使うと、あれほどの力を持つ鬼ですらたちまち喰らい尽くしてしまうほどの力を発揮するとは、知らなかったそうだ。

 どうやら晃は、本性を知っている法引の前でさえ、本当の意味で“本気”になったことはなかったらしい。まあ、あれほどの力があるといきなり知られれば恐れられると考え、隠しておきたくなる気持ちもわからなくはないが。

 実際、度肝を抜かれたことは事実だ。

 そして、晃の膝の上には、アカネが丸くなっている。一見寝ているようだが、その耳はピンと立ち、時折目を開けて心配そうに晃を見上げていることから、“あるじ様”の身を案じているのだとわかる。

 かつての化け猫が、すっかり様変わりしたものだ。晃に大切にかわいがられて、猫として初めて“飼い主がいる幸せ”を感じたのだろう。だからこそ、これだけ案じているのだ。

 さらに結城の膝の上には、出来るだけ体を小さくして気を使っているのがまるわかりの様子の笹丸がいた。時折、申し訳なさそうに結城の顔を仰ぎ見るが、基本的には晃のほうを見たまま視線はほとんど動かさない。実体化していないため、重さは感じないのでそこまで申し訳なさそうにしなくてもいいとは思うのだが。

 やはり、晃の様子が気になって、石の中に戻る気にならなかったらしい。

 あの時晃は放心していたせいか、しばらくアカネを抱き締めたままなかなか離そうとせず、何とか離した後でも今度はアカネが晃の元を離れようとせず、結局今の形に落ち着いた。

 その間、迂闊に手を出した結城に、アカネが軽く威嚇してきて、それを笹丸が叱りつけるという一幕もあったほどだ。もっとも、それぞれ普通の猫サイズに柴犬サイズだったので、かえって多少微笑ましく“視えた”ほどだったが。

 霊感がある人間が車内を覗き込めば、彼らの存在に気づいてしまうが、どうせ探偵事務所へ直行するのだし、ということでそのままにしている。

 「しかし、早見くんも思い込むあまりに気づいてなかったな」

 結城のつぶやきに、和海が反応する。

 「『気づいてなかった』って、何がですか? 所長」

 「川本万結花さんだよ。彼女、目が不自由な分、気配には人一倍敏感なんだろう? だったら、あの状態の早見くんに近づけば、どういう状態、いや、どういう()()か直感でわかるだろう。それでも彼女は、『家族と変わらないくらい信じられる人』と言ってるんだ。そのあたりで気づけばいいのに」

 「ああ……。初めから『自分は受け入れられるわけがない』って思い込んでるような感じでしたもんねえ」

 「彼女が好きだからこそ、頭の中の整理がついてなかったんだな。普段の早見くんなら、あそこまで鈍いことはないんだが……」

 二人が再び苦笑する。

 そして結城は、自分にもたれかかって眠る晃に目をやる。

 涙などは一通り拭いてあげたのだが、やはり泣いた痕は今も痛々しく、おそらく本当に泣き疲れてしまったのだろうと思う。

 超常の力をその身に宿していても、現実の肉体はそんなに体力のある方ではない。

 あれだけのことがあったのだ、肉体的にはもちろん、精神的にも疲労していて不思議ではない。

 今まで親にも、否、親にこそ言えず、ずっと自分ひとりで背負い込んできたのだ。先ほど事情を話してくれた、『遼』と名乗った幽霊が中で支えていたのだろうけれど、きっと孤独だったに違いない。

 そして、そんな境遇も仕方がないと、諦めていたのだ。

 だから、恋人どころか、友達すらまともに作ろうとしてこなかったのだろう。

 考えてみると、晃の周囲に同年代の友人の姿があまりになさすぎると思ったのだが、ある意味本人が積極的に作ろうとしてこなかったのだから、当たり前だ。

 だが、これからは違うだろう。

 少なくとも、今日あの場にいた人間は、晃の心の居場所になれる。

 すべてを知ったうえで、それでも隣にいることを選んだのだから。

 「……私は、早見くんの兄貴分になれるかな?」

 「……所長の年齢(とし)だと、親代わりになりそうですけど?」

 「……そ、それは……否定出来ない……。若くして結婚してたら、ありうる年齢差なんだよなあ……」

 結城が、何度目かの苦笑を浮かべる。

 ふと気づくと、結城の膝の上の笹丸が、明らかに微妙な表情だとわかる雰囲気を漂わせながら、結城を見上げている。

 残念ながら結城や和海では、どうやっても念話の回路(チャンネル)を開くことが出来ないため、笹丸やアカネとは直接会話は出来ない。

 それでも、なんとなくニュアンス的なものは伝わる。

 どう考えても、『兄貴分というには、年が離れすぎていてちと苦しいぞ』と言っているようにしか思えなかった。

 「……キツネに突っ込まれるとは思わなかったがなあ……」

 「笹丸さんは別格でしょ?」

 結城の顔は、もはや苦笑を通り越して引きつっていた。

 「……とにかく、事務所に帰って仕切り直しだ。いろいろな意味で……」

 「そうですね……」

 結城はそっと、眠っている晃の頭を撫でた。転寝(うたたね)ではないようで、目を覚ます気配はない。二十歳を過ぎた青年にやることではないと思うのだが、両親に充分に甘えきれなかったらしい子供の頃のことを思うと、このくらいはしてやってもいいような気もする。

 あの時、血まみれになりながらも宙を飛び、鬼を圧倒し喰らい尽くした姿は、今となってはまるで幻のようだ。

 一瞬、どちらが本当の晃だろうと思い、どちらも晃なのだと思い直した。

 たとえ彼が『人にして人にあらざるもの』であろうと、その心は間違いなく“人”であり、自分の本性を知られることによってすべてを失うことを恐れ、実際に露わになったときには自分を知る人たちの前から姿を消そうとさえした。

 そんなナイーブな青年を、どうして放り出すことが出来るだろうか。

 「早見くんは、超常の力を宿しているということもあって、霊能者としてはもう並び立つ者なんかいないくらいの最強クラスの霊能者だろう。でも、一人の“人間”としては、私たちが守ってあげるべき弱いところのある、普通の大学生なんだよな」

 結城の言葉に、和海がうなずく。

 「ええ。晃くんにとっては、『普通の大学生』でいることが、一番重要なんじゃないかって思いますけどね。自分自身が文字通り“普通じゃない”ってわかってる人だから……」

 車は進む。一路、それぞれの“居場所”に向かって……


これで、第七話終了です。

 今までお読みいただきありがとうございました。

 第七話の登場人物は少ないので、あとがきに続けて登場人物紹介を書き、次の投稿から、第八話を始めたいと思います。

 途切れないように頑張って書くつもりですが、もし投稿が飛んだなら『詰まったんだな』と思ってください(笑)。

 では、これからもよろしくお願いします。


  * * * * *


登場人物紹介


松枝 藤吾/文子[まつえだ とうご/ふみこ]

 法引の大学時代の同期で、霊能者としての充分な素質を持ちながらも、医師になった人物と、その妻で看護師の女性。

 医師としての知識を生かしながら“視る”ことが出来るため、普通の霊能者では読み切れないものを、読み取ることが出来る。

 医師の目で見て、晃の異様さに気づきつつある。

 妻である文子は、朗らかで少々のことには動じない。


  * * * * *


蒐鬼/濫鬼[しゅうき/らんき]

 禍神配下の鬼。封印を解かれて甦る。それぞれの特徴は以下。

 蒐鬼は黄髪赤肌の一本角。碧の衣を纏う。

 濫鬼は茶髪白肌の一本角。緋の衣を纏う。紅一点。

 蒐鬼は、今のところ禍神の聖域を警護しているため、偵察に出たアカネとニアミスをしたくらいだが、濫鬼は男を操るという能力を持つため、すでに二度も仕掛けてきて来ている。


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