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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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27.涙

 もちろん、見た目に引き寄せられて近寄ってきた女の子たちはいた。けれど、霊能者的な言動を変えることなく接して相手を引かせてしまった後は、それを取り繕うでもなく、離れて行く相手を引き留めようともしなかった。

 「……晃自身、諦めていたんでしょう。俺、一所懸命はっぱかけたんですけど、晃は乗ってこなくて……。そんなあいつの心が動いたのが、万結花さんだったんです。皮肉なことに……」

 遼は、すぐ隣にいる万結花と、探偵事務所の二人の後ろにいる残りの川本家の人々を順に見て、感慨深げにつぶやく。

 「だから、出会いのきっかけは“依頼人とその家族”というものであったとしても、川本家の皆さんに対して、晃がここまで親しく接するとは思ってなかった。皆さんが、気さくに接してくださったからだと思います。それは本当に感謝しています。ありがとうございます」

 遼が頭を下げると、川本家の人々が、戸惑ったようにやはり頭を下げる。

 「ねえ、前に“無茶”して命を削るなんて真似してたでしょ。あれはどうなの? まさかこの“人外”の力のカモフラージュなんじゃないでしょうね? だとしたら、本当の意味で“無茶”だわ」

 和海が問いかける。

 「……違います。あれは、本当にどうしようもなくなった時の、最後の切り札ですよ。今回表に出した力とは、まったくの別物。同時に使うことだって出来るんだから。実は、遠隔で鬼を追い払ったとき、晃は俺の力を呼び込んで先程の本性を現したあの状態になってました。遠隔だと、あの状態になってないと、あそこまでの力は出せない。それで、鬼をなんとしても追い払おうと無理をした結果、やらかしたんです」

 和海が、納得したと同時に痛々しいという表情を浮かべる。

 直後に遼が一瞬うつむいて小声でつぶやいた言葉は、質問していた結城や和海、隣にいた万結花にしか聞き取れなかった。

 「……まったく、さんざん止めたのに、やらかしやがって、馬鹿が……」

 それを聞いた三人の顔に、どこか苦いものが混じる。

 「以前、医者の松枝先生が『普通は無意識に歯止めがかかるから、こんなことにはならないはずだ』って言ってたそうですね。晃にそれがないのも、『魂の糸』が切れている弊害です。肉体と魂の繋がりが、普通の人よりずっと弱いんですよ。だから、意志の力で歯止めを乗り越えられてしまう……」

 遼は、自分のほうを見る九人の顔を順番に見つめると、土下座の姿勢で頭を下げた。

 「お願いします。晃を拒絶しないでください。あいつは、それを恐れて、今までろくに友達すら作ってこなかった。今すぐ受け入れろなんて、虫のいいことは言いません。ただ、撥ねつけないで、見守っていてくれるだけでいい。お願いします。確かに、今の晃の力は間違いなく“人外”だし、“半分物の怪”だというのもその通りとしか言えない。でも、心は間違いなく“人”で、ずっとずっと一人で苦しんできたんです。お願いです、拒絶しないでください!!」

 誰も、しばらく言葉をかけることも出来ずにいた。

 すると、死霊の気配が急に弱まり、ほとんど感じられなくなる。そしていつもの、ある意味[見慣れた]晃の気配に戻り、うつむいたままだが体を起こすと、右腕で自分の体を抱きしめた。

 「……遼さん、ごめん。……全部、遼さんに言わせてしまった……」

 晃の声だった。その声は、すでに涙声だ。

 「……早見くんか?」

 結城が話しかけるが、すすり泣きの声が漏れるばかりで、返答がない。

 「……晃くん。晃くんなんでしょ?」

 和海も声をかけたが、晃からは、まともな返事は返ってこず、誰もどう声をかけていいか思いつかずに、気まずい沈黙が流れた。

 しばらくすすり泣きの声だけが聞こえていたが、やがてうつむいたままで晃が話し始める。

 「……僕のことは……さっき、遼さんが話した通りです……。皆さんが……受け入れられないのは、当たり前だと思います……」

 時折、声を詰まらせながら、晃は告げた。

 「……それでも……どうか……川本万結花さんだけは……最後まで護らせてください。すべて終わったら……僕は……皆さんの前から……姿を消します……。もう……二度と姿を現しません……。だから、せめて……万結花さんのことだけは……最後まで護らせてください……」

 そう言って頭を下げようとした晃の両肩を、乱暴に掴んで押しとどめた者がいた。

 「馬鹿野郎!! 一人で勝手に決めるんじゃねーよ! 誰も何にも言ってねーだろうが!!」

 そう怒鳴ったのは、雅人だった。

 「おれはな、あれからずっと悩んでたんだぞ。一人の人間の一生を台無しにしてしまうかもしれないって!」

 雅人は、いいながら晃の肩を揺さぶった。

 「それで、今日のこれだ! 確かに驚いたさ! お前が“人外”の存在だったなんて。でもそれ以上に、今までそれなりに築いてたはずの居場所だとか、将来の夢だとか、そういうのを全部捨ててどこかへ行くなんて、そんなことさせるわけにいかないだろうがよ!! それだって、やっぱり『お前の一生を台無しにする』ってことになるだろうが!!」

 雅人は、無理矢理晃の体を起こした。そこで初めて、晃は雅人の顔を見た。

 涙に歪んだ雅人の顔は、まるで怒っているかのようだった。

 「これでも多少は、お前の人となり見てきてるんだぞ! お前が信じられる奴か、そうでないかくらい、わかるわ! お前が、おれたち家族のために、何より万結花のために、命がけで闘ってきたってことは、みんな知ってるんだ! ここに居る誰も……誰もお前のことを『“半分物の怪”だから居なくなればいい』なんて思ってやしないぞ!!」

 雅人の言葉に続くように、和海が口を開く。

 「そうよ。確かに驚きはしたけど……逆にちょっと腑に落ちたところもあるもの」

 「ああ。君は私の探偵事務所の、アルバイト所員だ。今でもね」

 そう言って、結城は笑った。

 法引も、微笑みながら大きくうなずき、昭憲は目を白黒させながらもそれでも拒絶する様子は見せなかった。

 川本家の俊之、彩弓、舞花は万結花の元へ行き、かえって晃との距離を縮めている。その表情は、多少恐る恐るという感じがうかがえるが、忌避している気配はみじんも感じられない。それどころか、晃を案じる気配さえあった。

 無論万結花自身は、心配そうな表情のまま、晃のほうに顔を向けていた。

 笹丸も、柴犬サイズに戻って万結花の側から離れて晃の元に歩いてくると、静かに語りかける。

 (晃殿、これでわかったであろう。そなたの今までの努力は、無駄ではなかった。見ている人は、きちんと見ていてくれたのだ。これが、そなた自身が勝ち取った信頼であるぞ)

 笹丸の言うとおり、この場にいる誰一人として、自分を拒絶していない。

 それに改めて気が付いた瞬間、晃は声をあげて泣き出していた。

 「大体な、お前の中にいる、その『遼さん』って幽霊(ひと)、どれだけお前のことを思ってたか。生まれたときから、見守ってくれてたんだろ? そのひとを悲しませるのか!?」

 雅人は、なおも晃の肩を掴んだまま、言い聞かせるように言葉をかける。

 晃は初めて、涙ながらにうなずいた。

 気が付くと、いつの間にかアカネが晃の膝の上に乗っていて、晃を見上げながらニャアニャア鳴いている。

 ―アルジ様、泣カナイデ―

 幼い女の子のような声が、雅人の心にも伝わってくる。

 晃の体に触れているので、念話が晃を通して伝わっているのだろう。

 ―ゴメン。ゴメンネ。ダメナアルジデゴメン……―

晃の念話も伝わってくる。晃の腕が、アカネをそっと抱き上げると、そのまま抱き締めた。

「……猫にまで心配されてんじゃんかよ。ほんとに、どこまで独りよがりの馬鹿なんだよ、お前は……」

 口調は怒っているようだが、実際は晃を案じているのがよくわかる。

 晃は、自分でもどうしていいのかわからなくなっていた。

 本性をさらけ出さざるを得なかったとき、遼がすべてを打ち明けたとき、きっとすべてを失うと思った。拒絶され、居場所を失い、自分を知る者が逆に敵になるような状況になるのだと。足元が崩れていくような絶望感に、目の前が暗くなりかけた。

 だからこそ、拒絶されなかったということが、にわかに信じられなくて、そしてそれが他に例えようもなく嬉しくて、涙が止まらない。

 アカネを抱きしめたまま、晃は嗚咽していた。

 しゃくりあげるその背中を、誰かが優しくさすってくれる。周囲で誰かが何か話しているようだったが、もうよく聞こえなかった。

 自分は拒絶されていない。姿を消さなくてもいい。

 今はもう、それだけで充分だった。

 自分は、ここに居ていいのだ。今まで通り、ここに居ていいのだ。

 もう、本性を知られることに、怯えなくてもいいのだ。

 何か、暖かいもので心が満たされてくるのを、晃は感じていた……


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