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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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25.逆転

 晃の視界の端には、多数の物の怪に襲われながら、何とか持ちこたえている法引や結城、和海、昭憲と、彼らに守られている川本家の五人の姿が見える。

 戦っている者たちは余裕がないため、ある意味()()しているようだったが、守られている川本家の人々は、晃の様子に顔を歪めたり手で顔を覆ったりしている。

 彼らは、晃が厳鬼に殺されてしまうと思っていることだろう。そうでなかったら、命を削る“無茶”をして、何とか一矢を報いようとするのではないかと思っているのではないだろうか。

 当然だろう。この状態から、覆せるとは普通考えられない。

 実際、傷の痛みのために、まともに立ち上がることも出来ない状態だ。

 仮に『命を削った一撃』で一矢を報いたとしても、それで厳鬼を倒せる保証などない。倒せなければ、それで終わるのだ。あれを使えば、全力を出し切って意識を失い、半ば仮死状態と言ってもいい状態にまで陥るのだから。

 もはや、力を隠していては、どうしようもないところまできてしまった。出血で本当に体が動かなくなる前に、一気に決着を付けなければ……

 晃は苦渋の決断をした。今自分が倒れては、護りたいものさえ護れなくなる!

 遼の力を呼び込むと、<念動(サイコキネシス)>で体を一気に起こしてそのまま厳鬼に向かって宙に浮いたまま突進、“左腕”を振るった。

 『ぐわっ! き、貴様、その姿は!? 今の力は!?』

 慌てて晃を振りほどき、宙に逃げ去った厳鬼が見たものは、すでに地上から四、五メートルの高さにいるにもかかわらず、自分の目線の高さと同じところで身構える晃の姿だった。

 その体の周囲には、生者と死者のそれの入り混じる異様な“(オーラ)”が取り巻き、左眼は霊気の目が重なり、作り物だという左腕とは別に、霊気で出来た左腕が右腕と同じように構えられていた。

 明らかに、体に力が入らないことに、厳鬼は焦っていた。まさか……

 晃が距離を詰める。

 先程とは形勢が逆転している。晃は、どこか突き抜けてしまったのか、かえって無表情にさえ見えた。

 『ま、まさか、貴様のその力、【魂喰らい】か!? 貴様、すでに人ではなく、物の怪になりかけていやがったのか!?』

 「黙れ!」

 焦りから、滅茶苦茶に腕を振り回す厳鬼の攻撃をあっさりかわすと、晃の“左腕”が厳鬼の体に容赦なくめり込む。

 その刹那、ほとんど悲鳴にならない声を上げ、厳鬼の姿が消えていく。否、()()()()()()()

 厳鬼の姿が消えると同時に、晃を包む“(オーラ)”がより光を増した。

 晃はそのまま空中を飛んでアカネのところへ行くと、アカネの周囲の一つ目鬼に次々と襲い掛かり、一撃で“喰らい尽くす”と、アカネと笹丸を背後に下げさせ、鋭い気合の声とともに“左腕”を真横に振り抜く。

 直後、他の九人の周囲を飛び回り、這いまわっていた物の怪の類が一撃ですべて霧散し、一気に空が明るくなる。

 晃が地上に降り立った時には、すぐ近くに止めてあった車が見え、向こうには石造りの鳥居があるのが確認出来た。

 元の世界に戻ってきていたのだ。

 だが、誰もが言葉もなく呆然と立ち尽くしたまま、晃を見ていた。

 全身のあちこちが血にまみれ、今なお異形そのものの“(オーラ)”を纏ったままなのだから。

 晃の左眼には、白目の部分が青白く、黒目に当たる部分がより青みがかった霊気の眼があった。生きている人間の眼である右目との最大の違いは、虹彩の奥がまるで虚無につながっているかのように感じられることだ。それは、紛う事なき“死霊の眼”だ。

 そして霊気で出来た左腕もまた、明らかに死霊の腕だった。

 死霊の眼と腕を持つ、半ば物の怪と化した者……

 目の前の晃は、まさにそういう存在だった。

 と、晃の足元に、普通の猫と同じ大きさに戻ったアカネが駆け寄ってきた。

 晃もそれに気が付き、アカネに向かって手を伸ばしかけてそのまま体勢が崩れ、両膝を地面に付いた形でうずくまった。体に纏わる“(オーラ)”が急に薄く、弱くなる。

 出血により、そろそろ危険な状況に陥りつつある兆しがあった。

 普通の状態なら、すぐさま救急車を呼んでいるはずだろう。

 だが、晃の姿があまりにも異様で、誰もが通報をためらう状態だった。

 それでも、俊之が意を決して救急車を呼ぼうとしたその時、いまだ精悍な姿の笹丸に導かれるように、万結花が進み出る。

 (晃殿、“贄の巫女”の霊力を『魂喰らい』で喰らって怪我を一気に癒してしまうのだ。そうしなければ、そなたの身が危うい。厳鬼という鬼が言うたこと、おそらく嘘ではないぞよ。病院へ行ったところで、血は止まらぬ。一気に怪我を癒してしまえば、否応なく血は止まるからの)

 (……で、でも……この力、生きている者には使わないと決めたんです。自分で決めた禁忌を、自分で破るなんて……)

 躊躇う晃に、遼が怒鳴る。

 (そんなこと言ってる場合か! 緊急事態だろうが!!)

 (“贄の巫女”の霊力ならば、そなたの怪我を癒す程度、どうということもない。今それを行わねば、本当にそなたの命に関わる!)

 (晃、実際に寒気がしてきてるんだろ!? 冷や汗が出てきてるんだろ!? それ、マジでヤバいぞ!! 早く使え! 使ってくれ!!)

 笹丸と遼に説得されても、晃は踏ん切りがつかなかった。“本気の『魂喰らい』を生きている人間に使わない”と、自分で自分に誓った禁忌に加え、これ以上、自分が異様な力の持ち主であることをさらけ出したくないという気持ちが重なり、どうしても“使いたくない”という気持ちのほうが勝ってしまっていた。

 だが、出血は確実に体を蝕んでいた。自分でもわかる。厳鬼の言ったことは本当だ。この出血は、止まらない。

 苦痛をこらえているが(ゆえ)に起きていること以上の異変が、自分の体に起こっていることは、嫌でも実感出来た。

 側に寄りそうアカネが、今にも泣きだしそうな顔で晃を見上げている。

 その時だった。

 「早見さん、笹丸さんの念話を聞きました。『魂喰らい』の力、あたしに使ってください。それで傷が癒せて、あなたが助かるなら、あたしは平気です」

 晃はぎょっとして笹丸のほうを見た。

 (笹丸さん、さっきの念話……彼女にも聞かせたんですか!?)

 (聞かせた。そもそも万結花殿には、『晃殿を救うには、そなたの力が必要』というてここまで来てもろうたからの)

 笹丸が、晃を案じてそういう行動をとったのだということはよくわかる。だが、彼女を巻き込んで欲しくはなかった。それが晃の正直な気持ちだった。

 ところが、万結花が思いがけないことを言い出した。

 「あたし、確かに目は見えません。でも、気配はとてもよくわかるんです。今のあなたの気配は、確かにあり得ない気配です。生きている人の気配と、死霊の気配が混ざっている。でも、ひとつだけはっきりしていることがあるんです。最初に感じた“暖かさ”は変わらないって。だから、傷ついたり喪われたりするのがいやなんです」

 万結花が、さらに一歩晃に近づく。

 「偶然だったとはいえ、あなたに突然告白されて、本当に驚きました。あたし自身は、好きとか嫌いとか、まだよくわかりません。でも、あなたのことは、とても信じられる人と思っています。家族と変わらないくらいに。今はこのくらいしか言えません。ずっと考えてたんですけど」

 万結花は真剣な顔で、呆然とする晃に向かってさらに告げた。

 「……ひどい血の匂いがします。血が止まっていないんでしょう? あたしに向かって、力を使ってください。そして、生きてください! 晃さん!!」

 晃の顔が、今にも泣きそうに歪み、うつむいたかと思うと、霊気の左腕が伸びて前方にわずかに伸ばされていた万結花の右手を掴んだ。

 すると、晃の傷の部分が青白い光を帯びる。その光は三十秒ほど続き、やがて体の中に吸い込まれるように消えた。

 晃の左手が万結花から離れ、晃は地面に座り込んだような形でうつむいたまま、じっと身じろぎもしなくなった。

 傷はというと、今だに血の跡が残っていてわかりづらいが、おそらくすっかり治っているだろうということは、今の出来事を見ていた者にはわかった。

 しかし、今の晃はどういう状態なのか。どうも様子がおかしい。

 さすがに心配になった結城や和海が近づいた時、急に死霊の気配のほうが濃くなった。

 全員が思わず身構える中、晃が顔を上げる。誰もが息を飲んだ。

 顔つきが違う。

 見慣れた晃の雰囲気ではない。他人の空似だと言われたら、納得してしまいそうなほど、雰囲気が違う。

 晃の左眼が、死霊の眼が、より一層強い気配を放っている。

 何かを直感した結城が、思わず訊ねた。

 「君は誰だ?」


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