23.直感
そして結城と和海も、自分たちの車のところへ行く。そこには、すでに後部座席に乗り込んで待っている晃がいた。
そこに二人が乗り込むと、晃は浮かない顔でそれを迎える。
「あの、出発直前になんなんですが、また嫌な予感が……」
「え!?」
「またなの!?」
結城も和海も、ぎょっとして晃を見つめる。
前回も、晃が『嫌な予感がする』と言ってあの事件が起こったのだ。しかも今回は、出発時に言い出した。ということは、最初の神社で何かが起こるということではないのか?
和海がエンジンをかけている間に、結城が溜め息混じりにスマホを取り出すと、通信アプリで法引に連絡を入れた。
すぐさま返事があり、『了解、充分注意します』との文面が返ってきた。
直後に出発である。
「……今回も、ろくなことにならないかもしれんな……」
「所長、今からそんなこと言わないでくださいよ」
「すみません、僕が余計なことを……」
「いや、不意打ちを喰らうほうがよほどまずい。君の予感は当たるんだ。充分に役に立つんだから、胸を張りなさい」
苦笑気味に結城に肩を叩かれ、晃も苦笑した。確かに不意打ちされたほうが大変なことになるのはわかってはいるのだが、何も出ばなをくじくように嫌な予感にさいなまれる羽目にならなくても、と自分の直感が恨めしくはなる。
(今度は何が起こるんだ? またとんでもない罠じゃないだろうな)
遼が、前途を憂いたのか、ぼやいた。
(前回は、何とか破れる罠だったからよかったけどね。相手も、徐々に力が増してきているみたいな気がするし)
(確かにそうであろうな。禍神は元々は相当に強力な神であった。力衰えておる今が、再度封じるにはいい機会ではあるのだが、どこに潜んでおるのか、土地の神々でも見つけ出せぬとあってはの。とはいえ、ここで本人が直接仕掛けてくるとも思えぬが)
(なんでもいい。またあるじ様が倒れたりしたらいやだ。そうならないよう、わたい、あるじ様、守る)
胸元にある石から、ふたりの意思が念話として流れ込んでくる。
どんな罠が待ち構えていようと、自分が万結花やその家族を護って進むことには変わりがない。そのために、全力を尽くすだけだ。
ただ、枷もはめられてはいると感じていた。和海と交わしたあの“約束”だ。
それに医師である松枝からも、説教とともに散々たしなめられた。『命は大事にしろ』と。
だから、よほどのことがない限り、“無茶”は出来ない。そもそも“無茶”をすれば、全力を出し切る形になってしまい、直後に意識を失ってしまうのだ。使える場面は限られる。
確かに、消耗していない状態で“無茶”をすれば、使える力の威力が数倍に跳ね上がる。たとえ“本気”になっていなくても、“本気”になった時に匹敵する力を瞬間的に使えるのだ。
だがそれは、たった一撃だけのもの。
使ってしまえば命を削り、意識を失って無力化してしまう両刃の剣だった。
ならば、極力それを使わないで済ませるためには、本性を現すか?
しかし、それも後々の反応を考えると恐ろしい。
人は、自分と違う異形の者を、そうやすやすと受け入れることなど難しい。本性を現わせば、やっと見つけた“居場所”を失ってしまうかもしれない。
それが怖かった。
それなら、いっそ一撃にかけて、“無茶”をするか?
晃自身としては、自分の残り寿命と天秤にかけて、最低あと二回は“無茶”を手札として切る覚悟はあった。あと二回やらかしても、七十歳前後までは生きられるだろう。
本当にそれしか手段がない状態になったなら、最後の四回目であろうと、躊躇わずにやる覚悟はすでにある。
ただ、それでも周囲からは絶対に止められるはずだ。特に、今運転席に座る和海は、“無茶”をした方が全体の被害が絶対的に少なくて済むという局面であろうと、間違いなく反対するだろう。そういうそぶりを見せた途端に止めにかかって、逆に相手に付け込まれる隙となりかねなかった。
そう考えると、やはり簡単にはこの手札も切れない。
考えがまとまり切らないまま、晃を乗せた車は、高速に乗った。
どのような形にしろ、必ず何かが起こる。自分はそれに対処しなければならない。
晃は今一度、これから行く予定の『三坂神社』に関する資料に目を通した。
この神社も由緒は古く、創建は鎌倉時代初期だというから八百年以上の歴史ある神社だ。
敢えて『七福神』などに代表される有名どころが祀られた神社を外しているため、御祭神は耳慣れない神が祀られている。
もっとも、“八百万の神”を祀る古くからの神道の伝統を受け継いでいるという意味では、国家神道の神社などより、めぐる価値は十分にある。
とはいえ、相手はもう、『“贄の巫女”は川本万結花である』と突き止めてしまっており、おそらくずっと何らかの形でマークしているはずだ。
そうでなければ、前回のような事態にはならないだろう。
いつでも展開出来るよう術式をあらかじめ準備しておき、標的が一番それにかかりやすい地点に差し掛かったところで一気に展開して発動させ、罠にはめる、ということをやったのがおそらく前回の顛末だと推測されるからだ。
『心霊研究会』の連中は、それに巻き込まれただけなのだが、さっさと逃げていれば巻き込まれずに済んだのは確実なので、そういう意味では自業自得ではあった。まあ、“向こう”で足を引っ張ってくれたが。本人たちも、充分恐ろしい思いをしたはずなので、それで相殺されるだろう。
前回、標的は自分だったので、自分はどこをどう逃げてもおそらくは逃げられなかったはずだ。迫ってきたあの異様な気配は、絶対に自分では振り切れない速度で追いかけてきたに違いない。
おそらく今回も、神社の近くで待ち伏せされていることは確実なのだろうと思う。
相手も“神”だ。どこの神社をめぐるのかという情報が入手出来れば、そこに配下のモノを瞬時に手配するなど、造作もないことであり、そういう情報を霊能者である自分たちに気づかれずに入手する方法なども、いくつもあると考えたほうがいい。
そうでなければ、前回の罠の的確さの説明が出来ない。
今回も、そうやって罠が張られるとしたなら、情報はネットを通じたやり取りで事前に通知し、途中のサービスエリアなり、幹線道路沿いの広めの駐車場を持ったコンビニなりに集合したほうが、相手の追尾をかわせるかもしれない。相手は、最近まで封じられていた“古き神”。最近のIT機器を介せば、追い付けなくなるかもしれない。
晃はそれを、結城に話してみた。
「……そうか、情報漏れか……。可能性は、大いにあるな。何せ、相手は並の相手ではないからなあ」
「そうよねえ。わたしたちに気づかれないように、ああやって打ち合わせてるところで情報を抜いていく可能性ってあるわよねえ……」
その可能性を失念していたことに気づき、結城も和海も渋い顔になった。
さっそく結城が、通信アプリで追加のメッセージを法引に送る。
ほどなく帰ってきた返答は、『確かに。今回切り抜けたら、ちゃんと詰めましょう』だった。
最終確認のために、目的地に着く前にどこかで全員が一度顔を合わせておいた方がいいだろうが、その時に行先等の重要情報を口に出す必要はないわけで、それこそ事前にメールや通信アプリで打ち合わせておけばいいことだ。
「でも、なんでそんな簡単なことに、今まで気が付かなかったんだろうな」
渋い顔のままで結城がつぶやくと、晃がぼそりと言った。
「相手は“神”ですよ。気づかなかったんじゃなくて、気づかないようにさせられていた可能性もあります」
そう言われ、結城はぎょっとして晃の顔を凝視し、運転している和海でさえ、一瞬晃のほうを振り返った。
「別に、精神を操るとか、そこまで強力なものである必要はない。ただ、ほんの少し注意力を鈍らせたり、判断力を狂わせたりするだけ。それだけで、人間の行動を自分の意図する方向へと向かわせることは可能でしょう。そして、“神”ならば、それは出来る……」
結城も和海も、改めて背筋にぞっと冷たいものが走った。
自分たちは、本当にとんでもない存在に挑もうとしているのではないか……?
「……所長、小田切さん、今更ですよ。僕は初めから、“神”を相手にしているとわかったうえで、行動しているんです。そうでなければ……命なんて削りませんよ。だからこその“覚悟“です。もちろん、他に手段があればそちらを使いますが、どうしようもなくなったら、僕は躊躇いません。ちっぽけな人間が、曲がりなりにも“神”に対抗するのなら、そのぐらいのことをしなければ、“傷”さえつけられないでしょう?」
真顔で告げる晃に、二人は晃の“覚悟”が並大抵のものではないと感じた。その根底には、万結花への想いがあるだろう。
まともに触れることすら許されぬ、想い人への思慕の念の裏返しが、この“覚悟”なのだろう。
そう思うと、痛々しいとさえ思えた。
それでも晃は、真っ直ぐ前を見据えていた。
「たとえどんな存在が相手であろうと、僕は護るべき人を護る。それだけです」
とにかく、いよいよとなったらさっさと逃げ帰ることも選択肢に入れて、車は高速に乗り、目的地目指してひた走る。
今年一年、読んでいただいてありがとうございました。
今年は、新型コロナですべてが終わってしまったような一年でした。
来年が、少しでもコロナが落ち着き、より良い一年でありますように。
年明けは、相変わらず木曜日の7日に次話を投稿します。
ただし……内容は、新年にふさわしくない感じかもしれませんが……(苦笑)。
それはさておき、2020年も残りわずかです。
皆様、よいお年を。