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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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22.出発

 それから、晃は何とか無事に退院した。

 入院自体は前回より短く、五日ほどで済んだ。退院して間もなく晃自身が自宅に連絡を取ったが、入院していたことなどおくびにも出さず、ただ風邪で体調を崩して大学を休んだと告げた。

 両親からは、当然案ずる声は聞かれたが、もう大丈夫だからと押し切って電話を切り、あとは体力回復に努めた。

 そして今、退院から二週間余り、再び神社めぐりの日を迎えた。

 それまでの間に、結構な出来事があった。

 大学に戻ったのは、退院してから五日ほど経った後。

 出られなかった講義の分を、授業時間外に個人的に教授を捕まえて話を聞いたりして、何とか埋め合わせをしているところで、雅人がある情報をくれた。

 『心霊研究会』が解散届を大学に提出し、正式に解散することに決まったという。

 たまたま霊視紛いのことが出来てしまったことがきっかけで、自分のことを霊能者と勘違いした青年の周りに、それを真に受けたものが取り巻きとなって形成された、出来ていくらも経たない小さなサークルだったのだが、本物の心霊現象―それも極め付きに危険度の高いもの―に遭遇して、恐ろしくなってしまったらしい。

 それと、晃に引け目というか、後ろめたさを感じたか。

 川本家はと言うと、多少家の周囲の物の怪が多くなったものの、結界を御札で強化したため、幸いなことに特に問題は起こっていないという。

 嵐の前の静けさのような気もしたが、決行の日は来てしまった。

 雲もまばらな穏やかな晴れの天候のもと、以前と同じ場所、同じ時間に集合し、前回と同じ面子(メンバー)が一堂に会した。

 さすがに、前回よりは朝夕の冷え込みが強くなってきていたため、皆一枚上に羽織っていた。晃自身、シャツの上から、パーカーを羽織っていたくらいだ。

 その時ふと、川本家の人々の自分を見る目が、なんとなく生温かいような気がして、晃の視線が思わず泳ぐ。

 それを知ってか知らずか、法引が結城と和海にあるものを渡していた。

 見たところ、それは直径五センチほど、長さ三、四十センチほどの白木の棒だった。ただ、両端の底面に何か文様のようなものが彫り込まれており、“視た”だけである種の力を感じるものだった。

 「これは、わたくしが今回の修行中に作ったものです。ある特別な方法で、中に強い力を持つ水晶の結晶を封じてあります。やり方は、我が師からの秘伝ゆえ、口に出すことは出来ません。ご容赦ください。これは、差し上げます。悪霊や物の怪と対峙した時、これが役に立つでしょう」

 手渡す法引の顔は、いやに真剣だった。それを見て、渡された二人も神妙な顔になる。

 (ふむ、珍しい。あれは、まだ神仏習合の時代に編み出されし秘術によって生み出されしものであるな。あの秘術を、まだ伝えるものがおったとはの)

 笹丸のつぶやきに、晃は思わず聞き返す。

 (え!? そんなに珍しいものなんですか?)

 (うむ。今より百年以上前、時の政府により神の信仰と仏の信仰が無理矢理分かたれてしもうてからは、それ以前の時代のものは急速に失われたのだ。しかし、まだ命脈を保っておるものがあったとは驚きよの)

 (つまり、和尚さんとそのお師匠様が、その秘術を現代まで伝えてきた伝承者のうちの一人だったと)

 (そういうことになるの)

 笹丸によると、あの白木の棒は相当な力を秘めた霊具であり、あれを使えば、結城や昭憲であろうとも、法引並みの除霊能力を発揮することが出来るだろうとのこと。

 しかし、当の法引はと言うと、心なしか痩せたようだ。引き締まったのかやつれたのかは定かではないが、どうやら修行中に体重が落ちたことは間違いなさそうだった。

 「……和尚さん、痩せました?」

 晃が尋ねると、法引は笑みを浮かべる。

 「無駄な肉がそぎ落とされました。体が軽くなりましたよ」

 それならいいのだが。

 「ああ、心配しなくて大丈夫。おやじ、下腹が出てきてるの気にしてたから、それが少し引っ込んだって胸張ってた」

 昭憲が苦笑気味に付け加えた。

 そんなやり取りをしていると、俊之と彩弓が進み出て、晃に向かって頭を下げる。

 「いろいろ迷惑をかけて申し訳ない。これからも、よろしくお願いします」

 「い、いえ。こちらこそ、お騒がせしてしまって申し訳ありません。精一杯頑張りますので」

 いきなり頭を下げられて、晃は焦った。自分も慌てて頭を下げ、双方がしばらく頭を下げたままになる。

 「……もういいじゃないですか。お互い頭を上げて。川本さん、そんなに恐縮することはありませんよ。早見くんも、ほら、頭を上げて深呼吸」

 結城が、三人をなだめるように頭を上げさせ、まだなんとなくぎこちなさが残るのを見越して晃を少し離れたところに止めてある車の近くまで引っ張っていく。

 「先に、車に乗っていてくれていい。その方が、落ち着くだろう。私は、向こうでちょっと打ち合わせをしてくるから。結果はすぐに知らせるよ」

 「……はい、すみません。よろしくお願いします」

 やはり動揺がまだ収まっていない晃は、車に乗らないにしても、この場で少し気持ちを落ち着かせることにした。

 それを見た結城は、ひとまずその場を離れ、元の場所に戻った。

 「……すみません、本人を動揺させてしまったみたいで」

 俊之が溜め息を吐くのを、結城が軽く首を横に振って否定した。

 「本人も、変に意識していたのは同じだと思いますから、それはお気になさらないほうがいいでしょう」

 「しかし……彼の、早見さんのあの『命を削る行為』が、うちの()への思慕の代償行為だというのは……」

 いろいろな意味での憂い顔の彩弓の問いかけに、法引が答える。

 「おそらくは、間違いないでしょうな。“贄の巫女”であれば、普通の娘さんのようにお付き合いなどすることは出来ない。だから、その代わりにどんなことをしても護ろうとする。それこそ代償行為で、それの行きつく先が『命を削る』ということなのでしょうな」

 その言葉に、川本夫妻は揃って困り果てたというかのように肩を落とす。

 実は、結界を強化するためにやってきた結城と和海の口から、『晃の行為が実は代償行為なのではないか』と聞かされていたからだ。

 その後の川本家の様子が、目に見えるようではある。

 「でも、それじゃあ……あまりに重大すぎる。彼だって、これからいくらでも未来があるだろうに……」

 俊之が思わずつぶやくと、結城がポツリと言った。

 「……不器用で不慣れなんですよ。早見くん、あの派手な見た目で勘違いされるけど、実はものすごい奥手で、恋愛ごとにはどうやら不器用な子みたいなんです」

 最近事務所の二階に移り住んだことで、話す機会が増えて、それでだんだんプライベートなこともわかるようになったのだ、と結城は溜め息を吐く。

 「霊能者として目覚めたのは、高校二年生の事故がきっかけのようですが、それ以前でも、“視る”力だけは強かったらしくて、それで少し浮いていたらしい。そのせいで、女の子が寄って来ても結局離れて行って、女の子とまともに付き合えないというか、そういう経験がなかったみたいなんです……」

 それで、大学に入ったときに、特に女子学生の先輩たちからのサークル活動への勧誘のすごさに引いてしまい、結局サークルにも入らず、ただコツコツと司法試験のための勉強をしていたらしい。

 「正直に言って、いわゆる“恋愛偏差値”ってやつは最低ランクでしょうね。私が父親だったら、もう少ししっかりしろと檄を飛ばしたくなるほどのひどさですよ。その早見くんが、本気で好きになったんです。突っ走ってもおかしくはありません。もちろん我々も、いざとなったら『無茶するな』と止めるつもりではいます」

 結城の言葉に、俊之はこれも大きく溜め息を吐きながらうなずいた。

 「ほんとに、ああいう見た目なだけで、実際は不器用な子なんですね。性格も生真面目だし、どちらかと言うと地味だし……」

 大の大人が顔を突き合わせて一斉に溜め息を吐くさまは、見ていてあまり気持ちのいい光景ではないが、前回が前回だけに、どこかやりきれないものがあった。

 「とにかく、今回行く神社の説明をざっとしますね。今回も二ヶ所回ります」

 なんとなく暗くなった雰囲気を吹っ切るように、和海が神社めぐりのコース説明を始める。

 前回は二ヶ所ともどちらかといえば街中だったが、今回はちょっと郊外の神社だという。

 「といっても、そんなに遠出するわけじゃありませんけど。一ヶ所目は『三坂(みさか)神社』で、高速使って一時間半くらいです。もう一ヶ所はそこから車で下道四十分くらいのところにある『真山(まやま)神社』です。そこから戻ってくるのに、やはり高速で一時間半くらいでしょうか」

 渋滞があればもう少しかかるが、今日は特に渋滞もひどくないはずなので、二時間はかからないはずだ、という。

 「一応、前回同様結界を張るための護符も用意はしてきましたので、持っておいてください。では、出発いたしましょう」

 結城と和海に護符を渡すと、法引は昭憲とともに車のほうへ向かう。俊之と彩弓も、もう一度頭を下げてから子供たちのところへ戻っていく。子供たちは、雅人も含め、全員神妙な面持ちだった。全員が合流したところで、車に乗り込む。


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