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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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21.誓い

 考えこむ四人の前で、晃ははっきりと告げる。

 「僕が退院したら、またふさわしそうな神社を探して、みんなで行きましょう」

 晃の言葉に、四人は気圧されたように押し黙った。

 「『神社めぐり』は、川本万結花さんを護るためのものです。禍神に付け入る隙を与えないためにも、続けるべきです。僕のことなら、心配しないでください。そうそう“無茶”はしませんから」

 晃が自分から『無茶』と口にしたことで、和海が堰を切ったように話し出す。

 「晃くん! 自分で自分が何をやってるか、自覚してるっていうならなおさら、二度とこんなことしないで! あなたが自分で自分の命を縮めてるんだとわかった時、ほんとに怖かったんだから! いくら、今引き受けている依頼者のためだとはいえ、これからだってあなたの人生は続くのよ! こういう言い方は何だとは思うけど、こんなところで人生をすり減らして、どうするのよ!!」

 これには、さすがに晃も苦い笑みを浮かべる。

 「……わかってますよ、小田切さん。昨夜(ゆうべ)、松枝先生にも、散々お説教されましたから」

 なおも何かを言おうとする和海を、結城が肩を軽く叩いて制した。

 「小田切くん、落ち着け。早見くん本人が、一番わかっていることだろうさ。ただ闇雲にやっていたのではなく、充分な覚悟を持ってやったのだ、ということだったんだろう。早見くんだって、そうそう使いたい手ではないはずだ。自分の命を削るなんて方法は」

 和海は、それでも何か言いたげに口を開きかけたが、結局それは大きな溜め息に変わり、最後に物憂げに晃を見つめると、それっきり押し黙った。

 「……小田切さん、心配してくださってありがとうございます。僕だって、望んで早死にしたいわけじゃありません。もし今度使うときがあったなら、それはどうしようもなくなった時の、本当に最後の奥の手です。なんとか出来るうちは、絶対に使いませんから」

 晃の言葉に、和海はやっと表情を緩めた。

 「約束してね。『なんとか出来るうちは絶対使わない』って」

 「約束します」

 晃が、和海の目を見ながらはっきりと口にしたことで、和海もやっと納得したようだった。

 「少なくとも、あなたが退院して体力を回復し、また神社めぐりに行けるようになるまで、少しかかることでしょう。その間に、わたくしは少し修行をすることにいたします。そして、息子の昭憲を含めて、結城さんたち三人が、何とかある程度対抗手段が持てないか、探ってまいります。そうすれば、あなた一人に負担がかかることが減るでしょうからな」

 そう言う法引は、表情は笑っていたが、その眼は真剣だった。

 どうしても戦闘力に不安がある三人に、何か対抗手段があれば、晃に過剰な負担がかからないで済むはずだ、というのは、以前から法引が考えていたことだった。

 晃が()抜けていたために、今まではあまり問題にならなかったが、今回のように物量で襲ってきたら、皆が戦えないとまずい場合が絶対に起こるはずだ。

 「……それにしても、前から散々話には聞いてたけど、本当にすさまじい力の持ち主なんだな、いろいろな意味で。驚いた」

 昭憲が、改めて感心といい意味での呆れが混ざった顔で、しみじみとつぶやく。

 どうやら、自力で結界を破ってこちらに戻ってきたことが、驚異的だという考えに至ったらしい。

 聞けば、法引ですら、『自分では破れない』と言っていたという。

 まあ、普通は“命を削る”などというとんでもない真似は無識域で歯止めがかかり、行うことなど出来ないので、そうなるのが当たり前なのだが。

 昭憲のつぶやきに、晃が何と答えようかと一瞬考えたところで、再び入り口のドアが開き、雅人が文子ととともに顔を出した。

 「はいはい、ちょっと血圧と体温だけ測りますよ。それと早見さん、そろそろ肘の血管、危なくなってるわね。まだ何とか血管に針が刺さるけど、もう少しで血管がつぶれて刺せなくなっちゃうわよ。そうなったら、手の甲の血管に刺さなくちゃいけなくなるから、大事にしなさいね」

 「……はい」

 文子はてきぱきと、晃の血圧と体温を測ると、手帳にメモしていく。血圧は、上がギリギリ百で、下が六十三。体温は三十六度ちょうど。どちらにしろ、低めだった。

 「何かあったら、ナースコールで呼んでね。私じゃなくても、誰かしら来るから。それじゃ」

 文子は、“では、ごゆっくり”とでも言いたげに会釈すると、そのまま病室を出て行った。

 あとには、雅人が気まずさを隠そうともせずに、少し離れたところで突っ立ったままの形で取り残されている。

 「川本さん、そんなところにいないで、こちらに来たらいかがですかな」

 法引に促され、雅人はきまり悪そうにのろのろとやってきた。一寝入りしたはずの割に、顔色があまりよくない。

 「……早見、具合はどうだ?」

 おずおずと話しかける雅人に、晃もややぎこちない笑みを浮かべる。

 「……前よりは、楽だよ。“気”を補ってもらったおかげだと思う」

 それを聞き、雅人は大きく深呼吸をすると、いきなり頭を下げた。

 「ほんとにいろいろごめん! おれたち家族に関わったばっかりに、下手したら人生台無しにしかねないようなことに……」

 言葉に詰まった雅人に、晃は静かに話し始める。

 「……川本。これは、誰に強制されたわけでもない。僕自身の選択なんだ。僕が、自分で判断し、決断してやったことなんだ。お前が謝る必要はない」

 「でも……」

さらに言いかけた雅人を、法引が制した。

 「川本さん、気持ちはわからないでもないですが、これはあくまでも早見さんの決断と覚悟なのです。あなたが謝ってしまうと、逆にその覚悟に水を差すことになる。もちろん、早見さん本人も、これ以上はさすがにまずいという自覚もあるようですから、本当に危機的な状況に陥らない限り使わないと思います。それでいいでしょう」

 法引の言葉に、雅人は何も言えずにただうなずいた。

 「……それと早見、あの……」

 雅人がさらに何かを言いかけたのを、周囲が何かに気づいたか慌てて晃の側から引き離すようにして皆で割って入り、男三人で雅人を取り囲んだまま何事かを小声でぼそぼそと話し、和海は晃に向かってわざとらしい笑みを浮かべる。

 「晃くんは、気にしなくていいのよ」

 そう言われても思い切り気になるが、なんとなく予想はつく。

 おそらく雅人は、自分が万結花への想いを口走ってしまったことをばらしたことに関しても、もう一度謝罪か何かしようとして、“大人たち”に止められたのだろう。

 『傷口を広げるな』と。

 晃としても、確かにいろいろ“痛い”ので、触れてほしくはない。まあ、川本家の人に会うときに、もう一度乗り越えなければならないのだが。しかも、当時者本人(万結花)がいるため、そちらが本番ともいえる。

 (そういう時は、開き直るしかないぞ。なるようになれだ)

 (とはいってもさ、ご両親も聞いてるはずなんだよね、その場にいたし)

 (何も、本気で口説いたわけでもあるまい。朦朧とした意識の中で、うわ言で口走っただけのこと。そなたが誠実に接しておれば、よいだけのことよ。結ばれる間柄ではないと、初めからわかっているのであるからの)

 (さと)すような笹丸の言葉に、晃も内心うなずかざるを得ない。

 (……ところで、話は変わりますが、禍神はどれだけ早く川本万結花さんに手を出してくると思いますか?)

 (そうさの。今回、仕掛けられた罠はそれなりに大規模であった。それを考えるに、相手もすぐさま本格的に手を出してくるとも思えぬ。ただ、嫌がらせ的な細々としたちょっかいは、出してくるであろうな)

 (やはり、そう思いますか)

 晃は、そろそろ“話し合い”が終わった一同に、自分の考えを話してみた。

 反応は当然、『それは備えておかなくては』というものになった。

 「僕自身、そんなに長期間入院することにはならないとは思うんですが、それでもその間川本家の護りは、すでに施してある結界と、渡してあるお守りだけになります。それで、何とかなるなら、いいんですけど……」

 「それなら、わたくしが念のため作っておいた予備の御札があります。それを貼って結界を強化し、誰かが川本家に念を込めに行けば、何とか持ちこたえると思います。相手も、かなり力を使った罠が破られているので、そこから持ち直すのは少し時間がかかると思いますのでな」

 法引の返答に、晃はうなずく。

 実際は、退院してもすぐには体力が戻り切った状態になってはいないため、持久力に問題が大あり状態なのだが、それでも今の状態よりはマシだろう。

 そして、体力が戻った暁には、もう一度神社めぐりをする。

 これは、何より万結花のためだ。

 彼女が心の平静を得て、禍神の脅しに屈しないようにするためである。

 そういうことを、強要しているのではないか、という自覚もある。だが、相手が曲がりなりにも“神”と呼べる存在であるため、どんな精神的な攻撃を仕掛けてくるかわからない。

 想い人を護るため、晃は考えられる手はどんな手でも使う、と改めて心に決めた。


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