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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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20.揺れる気持ち

 遮光カーテンの隙間越しに、わずかに弱い光が漏れる。

 晃が再び目を開けたとき、すでにかなり日は高くなっているようだった。どうやら今日は、雲が日差しを遮っているらしい。

 昨夜のうちに、ざっと一通りの診察は受けた。

 ここのクリニックの院長だという松枝医師は、丁寧に話を聞いてくれた。

 そして、自分が『命を削っていることに自分で気づいている』ことを改めて確認して驚くとともに、“命は大事にしろ”と思い切り説教していってくれた。

 (まあ、普通は何かおかしいと思っても、そこまでは気づかないからな。ちゃんと気づいて説教していってくれたんだから、いい先生だよ、あの先生は)

 (それはそうなんだけどね。いや、ああも真正面から説教されたのって、生まれて初めてかも)

 (……そういやお前の両親、どこか的外れな説教しかしてこなかったからなあ……)

 そこへ、ベッドの傍らに出しっぱなしになっていたパイプ椅子の座面の上から、ベッドの上へ向かってひょこっとアカネが顔を出した。傍らには、窮屈そうに笹丸も一緒に乗っている。

 (あるじ様、大丈夫?)

 (ああ。ひとまず落ち着いたよ。心配かけて、ごめんね、アカネ)

 晃は、点滴針が刺さったままの右腕をそっと伸ばして、アカネの頭をなでた。

 指先に、柔らかな毛足の流れを感じる。長毛のアカネ特有のなで心地だ。もっとも、霊感のないものは、アカネが本気で実体化しない限り、触ることさえ出来ないのだが。

 それにしても、みんなと顔を合わせづらくなった。まさか、自分が心の奥底へ押し込めていたはずの想いを、うわごとで口走ってしまっていたとは……

 あの時、ぼんやりと万結花の声が聞こえた気がした。自分に向かって、謝っているように思えた。

 だから、“自分が護るから、自分の道を進んで欲しい”と告げて、“あなたが好きだ”と、口走ってしまった。

 まさか、それを実際に口に出してしまっていたとは、思わなかった。

 しかも、医師の松枝を含む全員にそれを聞かれたという。

 本当に、『穴があったら入りたい』という例えが、とてもよくわかる心境だ。

 体がまともに動くなら、羞恥心に転げまわっているところだ。

 松枝が、特にそれには触れずに、医師として終始接してくれたのはありがたかった。そういうところは、さすがにプロだ。

 そういえば今回、直後に四人が“気”を入れてくれたそうで、その分前回よりはだいぶましで、体はやはりだるいが、まったく動けないほどひどくはない。さすがに自力で簡単に起き上がれるほどではないが、ベッドの上で、少し体を動かすことくらいは出来る。

 そのせいで、多少ベッドの上でじたばたしている現状だった。

 (しかしな、晃。今回バレても、結局諦めるっていう選択肢はないんだろ?)

 (諦めるも何も、最初から叶うわけがないんだ。だから、その代わりに全力で護るだけだよ、彼女のことを)

 遼の問いかけに、晃は当たり前のように答える。

 (お前、わかってて言ってるな。俺の言う『諦める』はそれこそ『手の届かない存在だと諦めて、護衛に徹する』という意味だ。お前のは『たとえ叶うことがなくても、想いは一生忘れず心に封じて生きていく』という意味だろうが。そんなに好きになっちまったのかよ、あの()のことが)

 (仕方あるまいて。“恋は思案の(ほか)”というであろう)

 横から、笹丸がしみじみと口を挟む。

 (あー……確かに言えてるわな、それ……)

 実際、あの結界を、遼の力を呼び込まずに破れたことは、いくら命を削るほどのことをしたとしても奇跡に近いと、遼も笹丸も感じていた。

 それをなしたのは、信じられないような意志の力だ。それを呼び起こしたのは、間違いなく万結花への想いだった。

 (“何とかの一念岩をも通す”っていうが、あれには正直俺も驚いたもんなあ……)

 (遼さん、黙って聞いてりゃなんだよ)

 (お前、恋愛ごとって、ことごとく避けてきたもんな。その分、傍から見てると、危なっかしくてしょうがないんだが)

 (……)

 確かに、恋愛下手であった自覚はある。子供の頃から“視る”力だけは今とそう変わらないほどだったせいか、人間より幽霊や物の怪のほうにシンパシーを感じる変わった子供で、そのせいか現実の人間の女の子への興味が、一般的な男の子より明らかに薄かった。

 それが成長してからも尾を引き、さらに事故で遼と同化してからは、明らかに一歩引いてしまう傾向が顕著になった。

 その結果の恋愛下手だったのだが、ここにきて事態が一気にひっくり返った。それも、ある意味悪い方へ。

 (……他にもたくさん女の子はいるだろうに、なんでよりにもよって“贄の巫女”本人に惚れるかねえ……)

 遼とて、なぜ晃の心が動いたのか、その訳もわかる。魂が繋がっているだけに、互いに考えていることもわかるのだ。

 気配の暖かさを言われて、無意識の一目惚れ状態だったうえに、見た目の美しさに引きずられることなく、『優しい顔』と言ってくれたあの心根に本気で惚れたのだ、と。

 そして今も、記憶の中にぼんやりと残る万結花の泣いているような声。

 『ごめんなさい』という悲しげな声だけが、今も耳の奥にこびりついている。

 夢なのか、実際に聞いたのかさえ判然としない中で、彼女にその言葉を言わせてしまったという意識がどうしてもぬぐえない。

 彼女が好きだからこそ、謝ってほしくなかった。自分は、どんなことをしても護ると誓ったのだから。

 (そりゃ、普通に付き合える相手じゃないのはわかる。だからって、刹那的になるな。今のお前の『どんなことをしても護る』っていうのは、その裏返しだろ、明らかに)

 (晃殿、別に諦めよと言っておるわけではない。ただ、思いつめるあまりに、自らの一生まで棒に振る必要まではなかろうということよ。あの娘がふさわしき神に仕え、すべてを見届けたなら、そなたには新たな人生がある。そういうことなのだ。わかるであろう)

 二人に言われ、晃は溜め息を吐いた。

 言われなくても、それくらいはわかっている。

 それでも、どうにもならないのが心の奥底に渦巻くこの気持ちなのだ。一度はっきり自覚してしまってからは、自分を偽り切れなくなった。

 そして、その気持ちを本人を含む関係者全員に一気に知られてしまったのが、何とも居たたまれない気持ちにさせていた。

 (それに関しては、ほとんど事故みたいなもんだ。不可抗力だ。諦めろ)

 (でも……。ああ、しばらく誰にも会いたくないというか、気まずすぎるというか……)

 (それは、向こうも同じであると思うぞよ。ところで晃殿、いつまでアカネの頭をなでておるのだ。アカネが空気を読んでおとなしくなでられておるゆえ、そのままになっておるが)

 (すみません、もう少しこのまま……)

 (お前、それは現実逃避だぞ)

 その時、廊下の方から、数人の気配が近づいてきたと笹丸が告げる。

 (時間的には、もうクリニックは外来が開いておる時間のはず。大方、見舞いというか、様子見であろう。霊能者である四人は、そなたに気を分け与えたためにかなり疲労しておってな、ここに泊まっておったはずであるからの)

 (あ……来ちゃったか……)

 (そんなに情けない声出すな。大体みんな、こういうことに関しては、お前より大人だ)

 晃が渋々腕を引っ込め、アカネと笹丸が床に降りたところでほどなくドアが開き、中の様子をうかがう気配があり、晃が目覚めているのに気が付くと、四人が病室に入ってきた。

 なんとなく、ぎこちない雰囲気が漂う。

 「……早見さん、目が覚めておりましたか。どうですかな。以前よりは、顔色は良さそうに見えますが」

 法引が、最初に口を開く。

 「……はい。何をしてもらったかは聞きました。おかげで前回よりは、体が楽です。無理をさせてしまったみたいで、本当にすみません……」

 晃がそう言って目を伏せると、和海が慌てたように首を横に振る。

 「わたしたちは大丈夫だから! 気にしないで! 気にしなくていいのよ、晃くん!」

 続いて結城もやや苦笑気味ながら、手を振って気にするなという仕草を見せる。

 「私たちが、自分たちの判断で勝手にやったことだ。松枝先生からは『よくそんなことやったな』と呆れられたが」

 もちろんその意味は、『“気”を与えるものが逆に危険にさらされることになるから』という意味だが、さすがに誰も口にしない。

 それでも晃は、うすうすそれを察した。命まで削る状態となって意識を失っていた自分に対し、“気”を補うために周囲の者がそれを与えるとなったら、体は下手をしたら際限なく吸い込もうとしたはずだ。よく持ちこたえたものだ、と逆に感心する。

 それからは、ほぼ当たり障りのない会話と、現状報告のような内容の話が入り混じったが、誰も晃の“うわ言”に関しての話は欠片も振っては来なかった。

 「しかし早見くん、こんな調子じゃ、神社めぐりはやめた方がいいんじゃないか?」

 結城が問いかけるが、晃は否定した。

 「妨害があるからこそ、ですよ。妨害してくるということは、相手にとっても、その行為は“都合が悪い”ということのはずですから」

 「そういう考え方もあるか……」


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