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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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19.動揺

 二階の病室の廊下に出て、そのままその先にある、ここだけ明かりがついている院長室まで進み、ドアをノックすると、中から応答があり、それを確認して雅人は中に入る。

 「川本くんだったか、まだ休んでいなかったのか」

 デスクの上のパソコンの電源を落としながら、松枝が振り返る。

 そして、様子がおかしいことに気が付き、怪訝な表情になった。

 「どうしたんだ? なんだか、目が赤いような気がするんだが」

 「いや、いいんです、そんなことは。それより、早見が目を覚ましました」

 雅人の報告に、松枝はわずかに安堵の色を浮かべた。

 「そうか、よかった。消灯時間は過ぎてるが、今から診に行こう」

 腰を浮かせた松枝に向かって、雅人がポツリと言った。

 「……あいつ、わかってました」

 「わかってましたって、何がわかってたんだね?」

 「自分がしたことです。あいつ、自分のしたことが自分の命を縮めるんだってことも、あと四回やったら六十年以上命が削れて、二十五歳まで生きられないだろうってこともわかってて、それを承知でやってたんです、今回のことも!」

 最後に思わず声が大きくなった雅人に、松枝はぎょっとしたように目を剥いた。

 「ま、まさか……」

 雅人は、抑えていた涙がまた零れ落ちたのにも気づかず、さらに言葉を続ける。

 「わかってて……全部わかってて……それでも『どうしてもそうしなければならないとなったら、四回目でも躊躇わない』って言い切ったんですよ、あいつ……」

 松枝は、完全に絶句した。

 しばし、その場に沈黙が落ちる。雅人の微かな嗚咽だけが、松枝の耳に届いていた。

 やがて、松枝が大きく溜め息を吐くと、雅人の肩を優しく叩いた。

 「君は、落ち着くまでここに居なさい。私は、診察に行ってくる。結城さんや、西崎の休んでいる場所はわかるね? 落ち着いたらそこに行きなさい。ランタンは、明日の朝に返してくれればいいからね」

松枝は、一応はてきぱきと診察の準備を整えると、懐中電灯を手に部屋を出ようとして、ぽつりと独り言をつぶやいた。

 「……まったく、どこまで()()()なんだ、あの子は……」

 松枝が出ていった後も、しばらく雅人は部屋で立ち尽くしていた。動揺が収まらなかったのだ。

 確かに、『どんなことになっても護る』と晃は言った。だが、まさかここまでのことをするとは、思ってもいなかった。まさか、()()()()()()()()()()()

 危険性を何も知らなかったというのなら、それを教えて踏みとどまらせるという道もあっただろう。

 だが、すべて承知のうえで、すでに覚悟が出来ている者に対して、どうすればいいのか。自分たち家族は、一人の人間の一生を、台無しにしようとしているんじゃないだろうか。

 頭の中を、考えがぐるぐる回る。

 それでも何とか涙が止まってきたところで、雅人は再度ハンカチで涙を拭うと、のろのろと院長室を出て、歩き出した。

 院長室と病室の間の短い通路を入ると、状態のいい入院患者と家族が一緒に過ごせる対面室がある。居残り組は、皆そこで休んでいるはずだった。

 部屋はやはり消灯されていたが、軽くノックをすると応答があったので中に入ると、皆起きていた。部屋の広さは、大体六畳ほどだろうか。床には絨毯が敷かれ、靴を脱いでくつろげるようになっていた。

 向かい合わせに並べられた長椅子もあり、『我が家のようにくつろいで欲しい』というコンセプトで作られたのだという。

 今は、その長椅子を壁際に並べて仮のベッドにし、そこに和海が横になっていて、男三人はスペースの空いた床に雑魚寝していた。

 「……なんで、皆さん起きてるんですか?」

 ランタンの明かりを絞って床に置き、自分も座りながら、思わず訊ねた雅人に、四人が顔を見合わせて苦笑する。

 聞けば、実は全員仮眠を取ったのだが、次々に目が覚めてしまい、ちょうど起きていた、とのことだった。

 「ところで川本くん、早見くんのところに付き添っていなくていいのか」

 結城が逆に問いかけると、雅人はどこか愁いを帯びた顔で言った。

 「……早見は目を覚ましました。今、松枝先生が診察しに行ってます」

 それを聞いた四人の顔に、安堵の色が広がるが、すぐさま法引が、雅人の様子がおかしいのに気が付いたらしく、問いかけてきた。

 「どうしたのですかな。なんだか、顔色がよくないようですが」

 「え、まさか、晃くんの状態が、悪いとか……?」

 和海が不安げに雅人のほうを見る。雅人は、首を横に振った。

 「状態が悪いなら、目を覚まさないと思います。それに、松枝先生が診てるはずですから……」

 「でしょうな。なら、別な何かがあったということですか?」

 法引の言葉に、雅人はしばし口ごもったが、やがて打ち明けた。

 晃が、すべて承知の上だったこと。すでに、覚悟が出来ていることなどを。

 四人もまた絶句し、明らかな動揺が広がる。

 「……おれ、どうしたらいいのか……。いくら……いくら妹のためだとは言っても……一人の人間の一生を、台無しにしてしまうかもしれない。本人が承知の上だったとしたって……そんなの……」

 雅人の声は震えていた。

 「……これは、わたくしたちの責任です。確かに、まともに太刀打ち出来るのは早見さんしかいないのは事実。ですが、力なきものであっても、何とか抗う方法を探す努力を怠っていた気がするのです。早見さん一人に背負わせてしまった」

 法引が唇を噛む。

 「……そうだな、早見くんなら、なんとか出来る。そういう()()が、ここまでのことを引き起こしてしまったのかもしれん。私たちだって、やれることはもっとあったはずだ」

 結城も苦しげに顔を歪める。

 「……そうよ。これ以上、晃くんの命を縮めさせるわけにはいかない。本人がそれを自覚してるなら、なおさら。どんなことしても、それを止めなきゃ。わたしたちが、止められるだけの力を持たなきゃ……」

 和海はすでに泣き出しそうだった。

 「でも、具体的にはどうやって? オレたちじゃあ、あの時の結界は全く破ることさえ出来なかった。おやじでさえ、手も足も出なかったじゃないか。どうすればいいんだよ」

 どこか途方に暮れたように、昭憲が天井を仰ぐ。

 しばらく、誰も口を利かなかった。どうすればいいのか、本当に見当もつかなかったからだ。

 やがて、法引がポツリと言った。

 「……とにかく今は、体を休めることを考えましょう。今、出来ることはないと言ってもいいですからな……」

 その言葉に、誰もがうなずいた。動き出すのは、明日、夜が明けてからでも遅くはない。

 すると、雅人がふとあることに気が付いた。

 「あの、早見の両親がいないんですけど、連絡したんですか?」

 すると、結城が首を横に振る。

 「いや、今回は敢えて連絡しなかった。川本くんは前回の入院の時、早見くんが目覚めて間もなく帰ったから知らないだろうが、実はあれからご両親、特にお父さんとひと悶着あってね……」

 詳しいことは語らなかったが、病院関係者を(わずら)わせるような事態になったらしい。

 そして、退院したそのあと、父親と親子喧嘩をして家を飛び出したという経緯があるのだ。

 「下手に連絡して、親子関係を余計にこじらせたらまずい、という判断でね。退院した後で、本人から連絡を入れてもらったほうがいいだろうということになったんだ」

 「つまり、事後承諾、ですか」

 「君の家は親子関係が良好だからよくわからないかもしれないが、早見くんの家は、ちょっと問題がある家でね。傍から見れば、別に虐待しているわけでも何でもないんだが、価値観が全然合わなかったんだよ」

 「価値観?」

 「彼の家で、霊感があるのは早見くんだけで、ご両親は良くも悪くも心霊現象を全く信じない科学的合理主義の人、と言えば、面倒さがわかるかな?」

 「あぁ……」

 両親揃ってそういうこと(心霊現象)を全く信じようともしない中で、突然変異のように生まれた霊能者である晃が、浮いてしまうのは必然だろう。

 「子供の頃からいろいろあって、心の奥に両親への不信感をずっと抱いていたらしい。それがこの間爆発して、家を飛び出すことになったみたいなんだ。だから、今両親に連絡するのは、おそらくまずいだろう、と思ってね」

 結城の言葉に、雅人は納得した。

 「……あ、そうだ。おれ、もう一つ早見にやらかしちゃったんですよ……」

 雅人は、ばつが悪そうな顔で、肩をすぼめる。

 「やらかしたって、何をやらかしたのですかな?」

 法引が尋ねると、雅人はますます肩をすぼませながら、ぼそぼそと口を開く。

 「いや……ウチの家族、すぐに顔に出る(たち)だったりするもんで、絶対隠せないな、バレるな、と思ったんで、話しちゃったんです。あいつがうわごとで、『万結花が好き』って口走ったってこと。おまけに、訊かれたもんで、それ全員が聞いてたって……」

 「おいおい!」

 「ちょっと待って!」

 思わず男三人の声が揃い、和海の声が上ずる。

 「……それ、ものすごいダメージじゃね?」

 昭憲の問いかけに、雅人は気まずそうにうつむいた。

 「……うん、目覚めて間もなかったせいか、マジで卒倒してた」

 「何してるのよ!!」

 和海が非難の声を上げる。

 「……一応本人は、後でみんなの前でバレるより、心の準備が出来るだけましだって言ってましたけど……」

 「……そういうふうにでも思わなきゃ、本人やってられんと思うよ?」

 昭憲が、右手で額を押さえながら溜め息を吐く。

 「……確かに、すっごい凹んでる感じで……」

 「当たり前だって」

 辺りに、微妙な沈黙が広がる。

 「……しかし、最初に早見くんに会う時が、気まずいな……」

 結城が、溜め息交じりに頭を掻いた。

 「……今は、松枝が診察しているはず。こちらは下手に動かないほうがいいでしょう。どちらにしろ、 一晩寝て、ゆっくり気持ちが落ち着いてから、どうするか考えても遅くはありません。早見さんも、数日は入院することになるでしょうからな」

 法引が、もはや仕方がないというように告げると、その場の誰もがうなずいた。

 「さて、川本さん、あなたも休みなさい。いろいろあって、疲れているはずです。あなたこそ、休むべきです」

 法引にそう言われ、雅人は初めて、自分の全身にまとわりつく疲労感に気が付いた。今まで、精神的にどこか張りつめていたため、それに気が付かなかったのだ。

 元々床に雑魚寝していた男三人は、雅人のために少しずつずれて場所を空け、何とか雅人が横になれるだけの広さを確保した。

 雅人はそこに横になり、ランタンの明かりを完全に消す。

 辺りは、わずかに人の姿がより深い(シルエット)として感知出来る程度の、薄闇となった。

雅人はそこで目を閉じたが、体は確かに疲れていたが、精神的には様々なことがありすぎて、とても眠れそうになかった。

 雅人の脳裏に、顔面蒼白で力なく横たわる晃の顔と、やはり青白い顔ながらその瞳に強い意志の光を宿して『そうしなければならないのなら、四回目の無茶だろうと躊躇わない』と言い切った晃の顔などが、現れては消える。

 本当に、どうすればいいのか、わからなかった……


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