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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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13.罠

 ファミレスはすぐに見つかり、駐車場も空いていたため近い場所にそれぞれの車を止めることが出来た。

 入店して待つことしばし、ばらけた結果、割とすんなり席に案内され、グループごとに昼食となる。

 ランチタイムに入ってすぐであるため、まだ混雑というほどではない店内で、お互いがどこに座っているか見回せばわかるくらいの位置取りで、三組は食事をとった。

 「所長、午後に行く予定の『佐久良神社』ですけど、ここは御祭神が女神なんですよね」

 「うまく合うといいんだが、いきなり合うとも思えないから、ここはゆったり構えていたほうがいいな」

 和海と結城が、運ばれてきたオムライスと、ハンバーグ&ライスを食べながら次の神社なことを話していると、シーフ―ドドリアを冷ましながら、晃が浮かぬ顔で告げる。

 「……何だか、嫌な予感がするんですよね。なんか、まずいことが起きそうな……」

 それを聞いた二人が、ぎょっとした顔で晃を見る。

 「晃くん、やめてよ! そういう“嫌な予感”ってすごく当たるじゃない!」

 「まったくだ。君が『嫌な予感がする』といって、何事もなかったことはないからな」

 二人の抗議めいた言葉にも、晃は苦笑するだけだった。

 「ああ、すみません。でも、どうも何かあるような気がしてならなくて……」

 それを見て、結城も和海も諦めたように大きな溜め息を吐く。

 「警戒しながら行くしかないか。今更中止には出来んからなあ」

 「和尚さんにも、ちょっと連絡入れときますね」

 和海は通信アプリを立ち上げると、法引にこのことを連絡した。

 ほどなくして返信(レス)があり、『了解、充分警戒する』旨の内容だった。

 それにしても、川本家と別々で食事をしたのは、ある意味慧眼だったということか。

 いくら晃が勘が働くとはいえ、警戒するのは護衛側だけでいい。“贄の巫女”とその家族は、余計な緊張などせず、ゆったりと神と向き合ってほしいから。

 とにかく昼食を済ませると、それぞれ代金を結城に預けて結城がまとめて会計し、店を出ると、予め打ち合わせてあった駐車場の入り口で待機する。

 探偵事務所組が一番早く、待ち合わせ場所にやってきた。

 それからほどなくして、法引親子がやってくる。それを確認して、さっそく簡単な打ち合わせに入った。

 「早見さんが、『嫌な予感がする』というのですな」

 法引の言葉に、結城と和海もうなずく。傍らの晃は真顔だ。

 「……僕自身、こういう時に、そういう予感が働かなくとも、とは思いましたけどね。でも、どうしても何かまずいことが起きるような気がしてならないんです。それも、結構重大なことが」

 「あなたのその予感は、よく当たりますからな。こちらとしては、何かがあることを前提で、警戒を強めたまま行動していきましょう」

 「やっぱり、これ使わなくちゃ、いけないんですかねえ」

 和海が、サコッシュの中から護符を取り出して見せる。

 「使わずに済めば、いいと思っていたんだがな……」

 結城も、溜め息交じりにポケットの中の護符を確認する。

 周囲の様子に、昭憲は怪訝な顔で自分の父親に尋ねた。

 「……おやじ、その人の“予感”ってそんなに当たるのか?」

 「当たる。具体的にどうこうというところまではいかないのだが、まず間違いなく何かが起こる。だから、何が起こってもいいようにしておかないといけないのだよ」

 父であり、師でもある法引にそう言われ、昭憲は神妙な顔でうなずいた。まだ晃との付き合いが浅いため、晃の直感の鋭さがピンときていないかもしれないが。

 そこへ、川本家の五人がやってきて、これから向かう『佐久良神社』の場所などについて説明などがあり、それぞれ自分たちの車に乗り込んで、目的に向かって出発することになった。

 ファミレスから小一時間車に乗り、コインパーキングに車を止めると、一行十人は、神社に向かって歩き出す。

 すでに、いつでも護符を使えるように、それとなくフォーメーションを組み、晃を先頭に、川本家の五人を囲むように、結城と昭憲が前方の左右を、法引と和海が後方の左右を警戒している状態で、神社に近づいていく。

 都市部に戻ってきたこともあり、辺りは午前中に行った神社に比べるとだいぶ賑やかだが、神社の敷地はずっと広いそうで、境内の周辺にいわゆる“鎮守の森”と呼ばれる木々が生い茂る場所があったり、小さいが公園があったりする、かなり立派な神社だという。

 一行は試しに公園を覗いてみたが、児童公園というタイプの公園ではなく、何本かの木々と、休憩用のベンチがいくつか、日差しを避けるあずまやがあり、そこにもベンチが置かれている。それと、公衆トイレ。遊具はない。

 ほとんど、神社の参拝客の休憩用施設のようなものだ。

 改めて、数十メートルの参道を進み、境内へと向かって鳥居をくぐるが、なんとなく違和感があった。周囲を見回しても参拝客がいない。

 確かに知る人ぞ知る神社なのだから、参拝客がぞろぞろ来るようなところではない。だが、あまりにも静かすぎないか? 午前中に行った『紫穂神社』でも、一人や二人はほかに参拝客がいたように記憶していたが。

 晃はもちろん、法引や結城、和海、昭憲でさえ、何かがおかしいと感じていた。

 それでも、“確認”は行わなければならない。それが目的でここに来たのだ。

 午前中と同じように、万結花が静かに気配を感じるよう努める。

 「……なんだか、変です。ここ、神様の気配がはっきりとしません。なんとなく感じられはしますし、ここも違うとは思うんですけど、なんだか、違う気配で蓋をされてるような、そんな感じに思えるんです」

 万結花の言葉に、晃は真顔でただちにこの場を離れるように促した。

 「やはり、一刻も早くここから離れて“人の気配がするところ”へ行くべきです。ここは、危険です」

 皆がうなずき、再度鳥居をくぐって戻りかけたその時、参道脇の木陰から、数人の一団が姿を現した。

 一瞬誰もが緊張したが、よく見るとそれは、晃と雅人にとっては見たことのある集団だった。『心霊研究会』の自称霊能者のぽっちゃり青年と、その取り巻きの男女五人。計六人の集団だったのだ。

 「……なんだよ、お前ら。こんなところで、何やってんだ?」

 思わず問いかけた雅人に、ぽっちゃり青年が不機嫌さを隠そうともせずに答える。

 「なんだとは何だ。失礼な! ボクは、霊能者としての修行の一環として、ここにあるパワースポットの『鏡池』のパワーをもらいに来ていただけだ! 君たちこそ、こんなところで、集団で何をしてるんだ?」

 もちろん、本物の霊能者である晃、法引、結城、和海、昭憲にとって、『修行の一環でパワースポットのパワーをもらう』などというのがでたらめであり、“本人が勝手にそう思い込んでいるだけ”だとすぐに気が付いた。

 それで修行になるなら、もっとたくさんの霊能者が誕生しているはずだ。

 「……『鏡池』というのは?」

 結城が、小声で和海に尋ねる。『佐久良神社』のリサーチをしたのが、和海だからだ。和海もまた、小声で答える。

 「神社の“鎮守の森”の中にある、御祭神の女神が御姿を映して身支度を整えたとされる湧き水の池で、確かにパワースポット認定されている場所です」

 だが、晃は事態が切迫しつつあることに気がついていた。徐々に、周囲に重苦しい気配が迫りつつあったのだ。

 「今は、そんなのんきなことを話している場合じゃない。一刻も早く、ここから離れないと、大変なことになる。早く、せめて公園の辺りまで離れないと危険だ」

 雅人に向かってそう言った途端、晃に向かってぽっちゃり青年が小馬鹿にしたような顔で絡んでくる。

 「なんだ、君は。危険だって? 何が危険なんだ? ここは神聖なパワースポットを有する神社だぞ。しかも、こんな明るい昼間に、何が危険だっていうんだ!」

 「君は、霊能者だというなら、迫ってくる気配を感じないのか!? 感じないというなら、今すぐ逃げろ! ここから離れろ! 悪いことは言わない。本当に危険なんだ!」

 晃は真顔で、ぽっちゃり青年に向かって警告した。そして、川本家をはじめとする一行には、睨むような目つきで早くここから離れろと促す。

 迫りくる気配に気が付いていた法引たちは、やむなく川本家の五人を連れて、その場を離れるべく移動を始めた。

 しかし、ぽっちゃり青年とその取り巻きは動こうとしない。

 「君らも離れろ! 何が起こるかわからないんだぞ! 大体、君は本当は、霊能者でも何でもないだろう! ただ、ちょっと()()()()()()だ!」

 晃の指摘に、ぽっちゃり青年は真っ赤になった。

 「し……失礼な! ボクは霊能者だ!! ちゃんと霊の存在を感じられるし、何を考えてるのかだって、なんとなくわかるんだぞ!!」

 「その程度なら、“霊感がある”で済まされる程度のものだ。本当に、この場にとどまっていたら危険なんだ。早く逃げろ!」

 晃はなおも逃げるように説得するが、今度は取り巻き連中が騒ぎ始める。

 「こいつ、オレらがパワースポットで修行してきたことが妬ましいんじゃないのか!?」

 「そうね。あ、そういえば、同じ大学の人じゃない、この人。顔が目立つから、見覚えあるもの。さっきの人もそうだったし」

 「あ、そうそう。カフェテリアで時々見かける~」

 「くだらねえなあ! 男の嫉妬ってみっともねえぞ」

 「オレたちが、森羅万象の謎を解き明かしていくのが、面白くないんだよ、きっと」

 口々に、晃を小馬鹿にするようなことを言い始めた、その時だった。

 ついに、迫っていた重苦しい気配が、一気に押し寄せる。

 その瞬間、晃はしまったと思った。その気配の正体に気づいたからだ。

 そして、なぜ参拝客がいなかったのか、その訳も見当がついた。

 あの神社には、自分たちが来ることを見越して罠が仕掛けられていたのだ。神社に参拝客がいなかったのは、何らかの術による“人払い”がされていたからで、『心霊研究会』の連中が“人払いの術”に引っかからなかったのは、術がかかった時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだったのだ。

 そしてあの気配の正体、それは、人払いされた空間をそっくり結界の中に封じ、中に異界を創り出す罠だった。

 まずいことに、晃は『心霊研究会』の六人とともに、異界に封じられてしまったのだ。


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