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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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08.二つの貌

 いつぞやの話から、晃は時折川本家を訪れ、小一時間ほど特に何をするでもなく家人とおしゃべりをし、帰っていくようになった。

 彩弓も舞花も、晃が訪れるのを心待ちにするようになってきていた。

 万結花さえも、時々話の輪に加わって、雅人がふと気づくと、ものすごい勢いで盛り上がるガールズトークに巻き込まれて、晃がついていけずにあたふたしていたこともあった。

 だが、今回はそれとは違うのだ。息抜きにやってくるのではなく、“霊能者”としてここを訪れるのだ。普段のように騒いでもらっても困る。

 「それに、前みたいにちょくちょく顔見せには来ないと思うぞ。なんか、家を出たらしいから」

 「ええ~!?」

 元々、家に居るとストレスだからここで息抜きをしたい、という話だったのだ。なら、ストレスの元だった自宅から出たのなら、ここに頻繁に来る道理はないだろう。

 そう言ったら、二人のテンションが一気に下がった。

 わかりやすすぎる。

 万結花もすでに帰宅しており、声をかけるついでに一通り説明したら、こちらは安堵したように微笑んだ。

 「家の中が、気が休まらないなんて気の毒だってずっと思っていたので、かえってよかったと思うの。きっと、これからいいことあると思う」

 「お前はお前で、のんきだなあ……」

 その時、インターホンが鳴り、晃が訪ねてきたとわかった。

 慌てて玄関へと出迎えると、晃が立っていたのだが、雅人の後ろの彩弓や舞花の勢いに押されてわずかに体がのけぞる。

 「あ、あの……こんにちは……」

 自分の後ろの二人の様子に気が付いた雅人が、二人を押しのけて道を開けさせ、晃を家に上げる。

 「……とりあえず、上がってくれ。ひとまず、こっちへ」

 雅人に手を引っ張られ、晃は居間にたどり着いた。

 「すまん、ほんとに実の親や妹ながら、あの二人はもう、すっかりただのミーハーになっちまってて。今回は霊能者としてくるんだって、言ったんだけどなぁ……」

 すっかり肩を落とす雅人に対し、晃は苦笑しつつ肩をくすめる。

 「まあ、うっかり余計なこと言ったのは僕の方だし、実際にちょっと頻繁に来過ぎたかもしれない。気休めになってたのは本当だから、気にはしてないよ」

 言い終えると、晃は目を閉じ、呼吸を整える。

 そこへ彩弓や舞花がやってきたのだが、晃の様子を見て、雅人が静かにするよう手ぶりで制した。

 晃は目を開けると、無言で周囲を見回す。その表情はすでに、気軽に話しかけられないような雰囲気のものに変わっていた。

 そして、晃はそのまま居間を出て歩き出すと、廊下の突き当り、洗面所兼脱衣所の扉の向かい側の壁の前で立ち止まった。

 ここは、ちょうど家の北東の角が内側に向かって欠けている形であり、古よりの鬼門封じの形となっている場所だった。

 晃はそこで右腕を伸ばすと、人差し指と中指を揃え、鋭い気合の声を発しながら空間に向かって何度か揃えた指を素早く動かす。まるで空間を指で切り裂くように。

 「……念のため、様子を見に来てよかった。あと少し放っておいたら、危険な状態になるところだった」

 晃のつぶやくような言葉に、雅人はごくりとつばを飲み込む。

 「……それって、どういうことだ……?」

 「お前に張り付いていた、気配がいただろう? 今日、お昼に僕が祓ったやつだよ。あれが、やはり悪さをしていた。鬼門であるここに、内側からいわば“マーキング”していたんだ」

 「それが……どう危険なんだ?」

 「マーキングするということは、わずかだが霊的な力をここに残すということだ。もちろん、霊感がある人間さえ、ほとんど気づかないほどのわずかなものだ。普通は特段気にする必要はない。だけど、[結界の内側ということが問題]なんだ」

 晃は、今この家に張られている結界は、外から中に入ることを防ぐ結界であるということをもう一度説明してから、先程のマーキングの意味を話した。

 「あのマーキングはね、ひとつひとつはとても淡く、力もないもので、あれだけなら、本当に放っておいたって大丈夫だったんだ。でも、それがいくつも重なり、なおかつピンポイントで『鬼門』という特別な方位のところにつけられると、意味が違ってくる。もう少しマーキング、つまり霊的な力が濃くなったところで、外から霊的な力を感じる地点に向かって力をかければ、ちょうど内側に張られた板を引き寄せるように、結界を破ることが容易になるんだ。そして鬼門とは、『魔が入り込む方向』だからね。どうなるか、わかるだろう?」

 「つまり……」

 雅人が、顔をこわばらせながら言いかけるのを、晃が先に答える。

 「あの気配は、家の中を探るのと同時に、結界を破るための工作をしていたということだよ。あと二、三日遅れたら、いつ結界が破られてもおかしくない状態になってただろうね。準備が整ったところで一気に結界を破り、これと見定めた“贄の巫女”に契約を迫る、というわけさ」

 雅人の顔色が、一気に悪くなった。しかし晃は、右手で雅人の肩をポンポンと叩く。

 「そんな顔をするなよ。相手だって、すんなり成功すると思って立てた作戦じゃないだろうさ。こんなの小手調べだよ」

 「なんでそんなこと言いきれるんだ」

 「僕がいるからだよ。相手だって、“僕”という存在は認識している。おそらく邪魔されるだろうが、気づかれなければ儲けもの、くらいの感じで仕掛けてきたんだと思う」

 自分と雅人が、頻繁(ひんぱん)に連絡を取り合っているようだということは、気づいていなければおかしいはずだから、と晃は告げた。

 それから晃は、他のところに異常はないか、一通り見て回ったが、特に異常なところは見当たらなかった。

 晃は改めて、一連の経緯と結果を結城にメールで報告すると、雅人に誘われたこともあって、一旦居間に戻って一息つくことにした。

 その頃には、居間にはお茶を入れた彩弓と、姉の万結花を引っ張ってきた舞花が早々に陣取り、晃が来るのを待ち構えていた。

 晃が雅人とともに居間のテーブルの脇に座ると、舞花が明るく声をかけながら湯飲みを差し出す。

 「お疲れさま! やっぱ、霊能者としての早見さん、かっこいい!」

 「舞花、お前ホントにいい加減にしとけよ」

 雅人が呆れたように舞花を叱ると、晃がそれを制した。

 「僕は気にしないよ。せっかくのお茶だし、いただきます」

 晃が湯飲みに口を付けると、彩弓も舞花も少しほっとしたように笑みを浮かべた。

 「兄さん。兄さんが気にするほど、早見さんは気にしていないみたいよ。早見さん、兄さんはちょっと取り越し苦労なところがあって、空回りすることがあるんだけど、気にしないでくださいね」

 「おい、万結花! それ、どういう意味だ!?」

 「え、あ、はい。それは大丈夫ですよ。川本とは……あー……お兄さんとは仲良くやってますから」

 「お前に『お兄さん』と呼ばれる筋合いはない!」

 「言葉の綾だろうが!」

 お互いに軽くにらみ合ったところで、どちらからともなく噴き出して、その場は収まった。

 もちろん、本気でにらみ合ったわけではない。友人同士の、ふざけ合いのようなものだ。

 そして、そんなやり取りを傍で聞いていて、にこにこと笑っている万結花の顔に、晃は一瞬視線を走らせる。長く見ていると、切なくてたまらなくなるから、ほんの一瞬見つめるだけ。

 この人の、この笑顔を護るためなら、自分は……

 「あ、そうだ。ちょっと提案があるんですが」

 晃は、昼に雅人に話した神社めぐりの話を、ここで提案してみた。

 もちろん、今すぐ仕える神を決める必要はなくて、あくまでも、心の支えを作るためのもの。万結花自 身の夢を叶えるためにも、少しでもリスクを下げられるなら、何でも試してみるつもりだった。

 「……そうですね。やってみてもいいかな、って思います。早見さんも、付き添ってくれるんでしょう?」

 「それはもちろんです。何かあっても、僕が必ず盾になりますから」

 それを聞き、自分も行くと言い出したのは舞花だった。

 「やっぱり、お姉ちゃんが仕える神様を決めるのに、家でじっとしてられないもん」

 「お前な、足手まといが増えるだけだぞ。守る人間の負担増やしてどうすんだ!?」

 すかさず雅人が突っ込むが、今度は彩弓が口を開いた。

 「でも、親としても娘の“進路”は見ておきたいんだけど……」

 「何言ってんだよ! かぁちゃんも舞花も!! ただ、早見と一緒に行動したいだけだろ!!」

 晃は内心で溜め息を吐くと、おそらく一家総出で神社めぐりについてくることになるんだろうな、と直感した。川本家はきっと、今夜は家族会議だ。

 それが目に見えるから、それならあらかじめ結城や和海、法引に相談を持ち掛けた方が無難だろう。

 (アカネ。神社めぐりに行くときには、お前の力も、場合によっては借りることになるかも。その時には、よろしく頼むね)

 (うん、わかった。わたい、あるじ様のためなら、いくらでも頑張る)

 (ここの家族は、仲良いからの。この調子では、まず一家総出の神社めぐりになるであろうよ。そなたの本性を現してもよいなら別であるが、現状のままでは応援を頼んだ方がよかろう)

 (やっぱり、そう思いますか……)

 (俺ですら、そう思うぞ……)

 (最低限の人数で、そっと行くつもりだったんだけどな……)

 本当は、自分と万結花の二人が理想だったのだが、さすがにそれは、いろいろと都合が悪い(主に晃の精神衛生上)ため、雅人に立会人としてついてきてもらい、三人で回るつもりだったのだが。

 一家総出の“遠足”になりそうな予感に、頭痛を覚える晃だった。


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